第34話 ″円環″の誓い

「…かくして、この大地に安寧と平和をもたらさん存在として——」


″守護者″様の生誕20年記念式典。

パレードを終え、行事はいよいよメインへと移る。


「…守護者様がこの世に″生″を授かりました。

我々″青の教団″は、この物質世界において神が生み出した、具象化された″神と等しき″存在として…」


アルベール中央広場。そこに設営された式典会場。

王室や行政機関の長…貴族から財界の重鎮、地方有力者など、数多のエストリア王国中の要人達が、その場に会していた。


「——神と等しき存在として、″守護者″様を崇め、この肉体と精神を以って…

全身全霊で″守護者″様をお守りすることを、至上の役割としてきました。


…青の教団だけではありません。

全てのエストリア王国民…いや、この世界に安住する全ての人間が、″守護者″様の″血″の恩恵を受けているのです。

…それは、″天変地異″をおさめ、人々に″悠久なる″安寧と平穏を授けることに、他なりません…」


荘厳だが透き通るような声で、高らかと演説を続ける老人。全身を覆う長大な白服。頭部には、「青の教団」の紋様である″救いと癒し″の青い8つ線が施された、五角形の帽子。丸みを帯びた顔に、丸眼鏡。そしてその中に覗かせる、清涼な青い瞳。


「…あの人は…」


式典会場の招待席にいた——レンバルト魔法学校卒業生、ローラ・インガーラが、演説している老人を見て、呟く。


「…あのお方は、″青の教団″のトップ

″クラディウス″大司教だ…」


守護者を″神の化身″として崇める「青の教団」。…クラディウス大司教は、教団内ナンバー2たる大主教シスター・マーラよりも最高位にあたる人物で、「青の教団」の最高指導者である。


「…見てみろよ、ローラ。青の教団の指導者だけじゃない。司法院の長官に、貴族や財界のお偉方や…シャーロット王女もいるぜ」


ローラの横にいた…同じく卒業生代表である

″式典″の招待者、モーフィアスが言う。


「…シャーロット王女って、あの金髪の女性?」

ローラが、演説者の付近で待機している女性を指し示す。


「…ああ。あのお方だ。…王女っていうより、出立ちだけ見れば…″騎士″みたいだよな」

モーフィアスがローラに説明する。


優雅にマントをはためかせ、体の部分部分を覆う軽装の鎧。そして腰に携えた剣。

はたからみれば、″王女″というより、″護衛″の騎士に見える。

しかしその凛々しい出立ちは、図らずともモーフィアスを魅了させた。


「…エストリア王国の国家元首。あれで、騎士団の団長も務めてるっていうんだから、なかなかに魅力的な…」


「なあに?モーフィアス。王女に見惚れてるの?」

嫉妬めいた口調で、ローラがモーフィアスに詰め寄った。


「いや!そういうことじゃない!かっこいいなーって思ってただけさ!

俺にとっては、ローラが一番魅力的だよ!」


必死に取り繕うモーフィアス。

痴話なやりとりをする、モーフィアスとローラに、側にいたアルヴァン・リーベルト先生がため息をつく。


「…君たち。今更隠し通すことでもないだろうが、付き合っているのだろう?なら、早く婚姻を結んではどうか?

ローラ、男というものはな。自由にしておいたら、すぐ他の女のところへフラフラと行ってしまうぞ。所帯を持つ事で、男というものは責任感を持つものだ。」


「リ、リーベルト先生!?

そ、そんなすぐに結婚しなくても、モーフィアスが他の女のところに行ったりなんて、しませんよ!」


リーベルトの助言に、ローラは赤面しながら言葉を返す。


「…あなた方。式典の最中です。お静かに、お願いします」


騒がしいローラ達を、同じく招待席に座していたフィッシャー館長が、注意する。さすがは魔法学校の図書館館長、というところだろう。


「——2つの大きな戦争を、″守護者″様と″大神院″の指導力で、この国は乗り越えました。そして今後は、かのような悲惨な争いがないように——」


粛々と演説を続けるクラディウス大司教。招待席にいた「青の教団」の信者達は、両手を合わせながら大司教の話に聞き入っている。

レンバルト校長はその様子を見て、教団員たたの信心深さを理解する。



「…すみません、少し遅れました」


そんな中。レンバルト校長の隣席に、遅れてやって来た招待客が、席についた。



「…遅れるとは、お前らしくもない。

ベルナール…」


校長の隣に座った男は、レンバルト魔法学校の副校長、シュテファン・ベルナールだった。


「…少々忙しくて。式典が始まる前には、来るつもりだったのですが…」


「…まったく、″守護者″様の式典に遅れるとは、お前もなかなかに″不敬″なやつだな…」


レンバルトの言葉に、ベルナールは軽く鼻笑いする。


「…式典が終わった後も、予定が詰まってまして。…しばらく、学園には戻れそうもありません…」


特別追求したこともないが、魔法学校以外にもなにかと仕事をしているらしいベルナール。″出張″やら何やらで、一定期間学園内に顔を出さないことも、多々あった。

無論、それはベルナール副校長だけではなく、レンバルト校長自身もそうなのであるわけだが。


「そうか…」


ならば当分、ベルナールと会う事はないのかもしれない。…″ならばなおさら″。


レンバルト校長は、ベルナールに追及しなければならないことがあった。


″この場″で言うことではないだろう。


しかしベルナールとは当分会うことはないかもしれない。だからこそ、″今″追及しなければならない…


「…ベルナール……」


大司教が演説している最中だろうが関係なしに、レンバルトは副校長に尋ねる。



「…単刀直入に聞くが。

…ルークの″黒き魔法″について、司法院に密告したのは……お前か?」


至極唐突なレンバルトの″追及″に、ベルナールは若干驚いたような顔を見せるが、すぐに言葉をつなげる。


「…ふむ。なるほど。

そんなことを私に聞くということは…ルークは司法院に追われている、ということですかな?」


ベルナールはにやつきながら、言葉を続ける。


「…はは。それでルークは?捕まったのですか?…私としても、ルークは危険だと思いますよ。…なんせ″魔法抑止法″に明記されていない魔法を使ったのですからね…」


レンバルトは、このまどろっこしいベルナールの口上に…半ば確信した。



ベルナール副校長が、密告したのではない。


レンバルトの経験上、もしベルナールが密告者だったら…彼の言葉から発せられていた言葉…


(なぜ、そんなことを聞くのです?)


こう言ったはずだからだ。


…どころか、殊更煽り立てるような口上で、多弁に語り出している今は…おそらく、ベルナールは″シロ″だ。


そしてその事実に、レンバルトは心底がっかりした。



密告者が、ベルナールであってほしかった。

…そう、願っていた。


他の人間を疑いたくは、なかったからだ。


レンバルトは、ベルナール副校長のことを信用していない。信用していないからこそ、ベルナールが犯人であって欲しかったのだ。


…でなければ、″信用している″他の教員達が、密告者である可能性が高い。

それはレンバルトにとって、受け入れたくはないことだ。


「…そうですよレンバルト校長。私が密告者です……

と言いたいところですが。残念ながら初耳ですよ。ゲーデリッツ長官の箝口令を破った者が、学園内にいるなんてね…」


「お前でないなら、一体誰が…皆目見当もつかん」


「校長は人を見る目が、ないのかもしれませんな」


「…はは、たしかにな」


馬鹿にするようなベルナールの言葉に、レンバルト校長は自嘲気味に笑う。


その時だった——


「……?」



他の連中は気付いていないようだが…

レンバルトは″ほんの僅かな″地表の揺れを感じたのだ。


「…ベルナール。今、揺れたか?」


「…揺れましたね。″地震″、というほどでもないようですが」










「…では、私からの話はここまで。

…いよいよ、″守護者″様がこちらへお見えになりました。」


クラディウス大司教が言葉を締める。

市街でのパレードを終えた″守護者″の御輿が、式典場へと到着した。







——————


「…やっぱり私、出来ません…!」


「…ソフィア。今更言ってもしようがないだろう。もう守護者様は、こちらへ到着したのだ…」


「だって私は……」


守護者の式典において執り行われる儀式…

″守護者への誓い″…

その大役を行う7人の中の一人に、″魔道士″の代表としてソフィア・ニコラウスが選ばれていた。

…しかし、最初から乗り気でなかったソフィアは、″儀式″の直前になって…


その不安が爆発した。


「…私じゃなくてもいいはずです。ほかに相応しい人間が…ごまんといるではありませんか……!」


「ソフィア」


なおも拒否の言葉を出し続けるソフィアを、魔法院長官のゲーデリッツが宥めようとする。


「…長官。私はみんなから嫌われています。…こんな嫌われ者が、″守護者″様へ何を誓えというのです?″分不相応″な役割を背負って…民衆の面前に″晒されて″、私は更に嫌われ…ヘイトを集めるだけです」


「ソフィア…」


「…申し訳ありません。やっぱり私、出来ません。辞退させて頂きます…」


そう言いながら、式典場から立ち去ろうとするソフィアの腕を、ゲーデリッツが掴んだ。



「…放してください、長官」


「…そうやって、″逃げ出す″のか?」


「…………」



「…自分が″嫌われ者″だと言ったな?

今ここで逃げ出しても、お前が″嫌われ者″であるという事実は、変わらんぞ?」



「何を…?」



「…お前が衛士達や他の魔道士から嫌われているのは、お前自身の行動の結果だ。

…横柄な振る舞いを続け、″自ら″嫌われる道を選んでおきながら……

なぜ、″勇気″すら持とうとしない?

なぜ、受け止めようとしない?」


ゲーデリッツの言葉に、ソフィアは弱々しい声で、返すことしかできなかった。


「…それは…私が弱い人間だからです…!

今まで″目下″の者には横暴な態度をとっておきながら私は… 立場が上の人間には、何も出来ない…それを、思い知らされたのです…」


ルークという少年に、自らの″弱さ″を突かれた。

その″弱さ″を自覚した時、プライドすら失った。


「…もういいんです長官。私は″仕事″からも逃げ出す弱い人間です。…でも、もういいんです。″弱い″ままの私で…」


「…だが、お前さんは″気付いた″ではないか…」


「え…?」



「…いかに自分が″小さく″弱い存在であるか…気付くことが出来た。それはお前さんが、

″変わること″が出来るかもしれない、ということだ。」


「変わることなんて…出来ません。だって私は、こんなにうじうじと悩んで、苦しんでいるだけ…」


「苦しむからこそ、人は変わることが出来るのだ。」


なおも悲しい表情で顔を下に向けるソフィアに、ゲーデリッツは語り続ける。


「逃げてしまえば、″苦しみ″から逃れることは出来る。だが、一生″変わる″ことは出来ないのだ。そして一度″逃げる″ことを覚えてしまった人間は、同じことを繰り返す。


また同じ苦しみが襲ってきた時…逃げ続けるだけだ。

そんな人間は、成長することなど出来ん」


「…………」



「ソフィア。お前は今、逃げ出すか、苦しんで成長するか…その分岐路にいるのだ。

…どちらを選ぶかは、お前が決めることだ。」


(逃げ出せば、同じことを繰り返す)


ゲーデリッツのこの言葉が、ソフィアの脳裏に深く刻まれた。



(…そうだ。私はあの時も…)



市街地で浮浪者の男に魔法をかけた時…ルークに激しく責め立てられた。

あの時も私は、逃げるようにその場を去っていった。

…自分がしでかしたことの重さも、理解せずに。


「ソフィア。だがやはり…お前さんに強要することは出来ん… 」


しかし、ソフィアでも違和感を感じるほどに、突如としてゲーデリッツの語調は変わっていった。


「長官…?」


「…この大役を、お前に任せるのはやはり…荷が重かろう。…それでお前が苦しむというのなら、今すぐここから立ち去るがいい…」



どうして、そんなことを言うの?



「誰にも強要されず…お前さんが″選択″することだ。″逃げる″ことがお前の選択なら…私には、それを止めることは出来んよ…」



…苦しみから逃げないことが大事なんだって…今、長官が言ったんじゃない…



「…ソフィア。プライドも自信も…勇気さえも失くしたお前さんが、最後に守るべきものは、自分の心の安寧だ。…″それだけ″を、守ると良い…

ならば逃げ出したお前を、守護者様も責めはしないだろう…」


その突き放すようなゲーデリッツの言葉は、逆にソフィアに心に灯火を宿した。


「…馬鹿にしないで…」


今乗り越えなければ、同じことの繰り返し。逃げ続けたら、苦しみを乗り越えることは出来ない。


「…長官。まだ失ってなんかいません。

″勝手に″決めつけないでください。

…そこまで言われて、逃げ出せるわけ…ないじゃありませんか…!」


「…では、どうするね?」


「…守護者様への″誓いの儀式″を…させてください。私は、逃げません…」


焚き付けられた、のかもしれない。

しかし少なくともソフィアは、先刻のような弱気でナイーブな感情は消退していた。


「その意気だ、ソフィアよ。お前はまたひとつ、成長できる」

ゲーデリッツはソフィアでもわからないほどの…僅かな笑みを浮かべていた。









「…見ろ。守護者がお見えだ」


会場の主賓席で、式典の進行を観覧していたスペンサー卿。


彼の言葉の通り、式典場に到達した御輿から、″守護者″本人が姿を現した。


エストリアの衛兵達が、式典場本殿まで″道″を作るかのように、守護者の左右に列をなしていた。

ゆっくりとした足取りで、本殿へと向かう守護者。


優美な装飾の施された…全身を包み込むような長大な礼服は、首や胴体、裾の先までを覆い隠し、顔以外の一才の肌を露出させない。顔面のほうも、白の薄い面紗で覆われているため、やはり遠目からは守護者の顔をうかがい知ることは出来なかった。


ついぞ姿を現した、エストリア王国の″最高権威″。″大神院″の幹部を除き、守護者に会うことが出来る人間は、ごくわずかである。

なので、多くのエストリア国民は…国家の重要人物達でさえ、守護者に会うことはおろか、その姿すら″直に″見るのは初めて、という人間ばかりなのだ。


「あれが、″守護者″様…」


ローラ・インガーラが、感動とも緊張ともつかない声を漏らす。



「初めて見た…あれが、守護者様…」


守護者が現れるやいなや、式典場は厳守な緊張感で包まれた。それは人々の…国家をあらわす″権威の象徴″に対する感動や崇敬の心か、あるいは″恐れ″か。

おそらくは、その両方なのだろう。


「…ん?あの隣の人物は…」


モーフィアスが、守護者の右隣……″僅かに″右隣後ろに歩いていた男の存在が、気になっていた。


「守護者様の隣に歩いている人物は…誰だ?」


「あれは、″大神院″の長官だ。ルワン・アルモウデス…

いわば″守護者″様に次ぐ、大神院の最高権力者…」

レンバルト校長が、モーフィアスに説明する。


″守護者″の右隣を歩く男…

大神院のアルモウデス長官。


全身を包む白服は、さながら″神官″のこどく荘厳な印象を与える。

おおよそ顔の半分を覆うほどの白髭は、まるで″神話″に出てくる神のようだ。しかし、ひどく落ち窪んだ目は、その者のいっさいの″表情″をわからなくさせていた。



″神秘で不気味″


多くの人間が、アルモウデスに対してこのような印象を抱いた。


無論、大神院はエストリア王国における「法の番人」であり、″守護者の養育者″だ。

民衆にとっては、彼らも″守護者″と同様に…

″天上人″のような存在。


しかし大神院と対立関係にある騎士団″強硬派″は、満を辞した大神院長官の登場に、あからさまな不快感を示していた。 


「…ふん。″守護者″の権威を笠に、自らの惰弱さを覆い隠す″大神院″めが…」


主賓先から″守護者″一向を見ていたスペンサー卿が、彼らに対しあからさまな嫌悪を示す。



「…くすくす。今なら、やつら全員始末するの、造作もないわよぉ?」


キーラ・ハーヴィーが、相変わらず不穏な発言をする。

冗談だとはわかっていても、彼女が″暴走″しないよう、ジェイコブは戦々恐々としていた。


「…ハーヴィー副騎士団長。なにごとも″好機″というものがある。…今は、戦うべき時では—」

「そーんなこと、わかってるわよぉ。ほんっと貴方って、心配性なんだからぁ」


みなまで言わせまいと、キーラがジェイコブの言葉を遮った。







式典場の中央部に造られた本殿。

そこで、″誓い″の式が行われる。


「…緊張、しているかね?ソフィア」


やや身震いしているソフィアを気遣い、ゲーデリッツ長官が声をかける。


「…していない、と言えば嘘になります。やっぱり…そわそわして落ち着きません…」


「はは、無理もなかろう。だが緊張して、当然だ。守護者様と直接相対するのだから」 

優しい声かけで、ゲーデリッツはソフィアの肩をぽんと叩く。


「…そうそうお会いすることはできん。」

ゲーデリッツ長官はそう言いながら、ポケットから手紙のようなものを取り出した。


「…長官。それは何でしょう…」


気になったソフィアが、彼に尋ねる。

  

「…ああ、これはな。″守護者″様にお渡しする″祝意″の手紙だよ。…通常守護者様への書簡は、″大神院″の幹部の目を通ってから、送られる。…だが私からの手紙など、守護者様に届くまでに、大神院の連中に破棄されてしまうだろうな…」


「そ、そうですか…」


深くため息をつくゲーデリッツは突然、思いついたように手を叩き、ソフィアのほうへ振り向く。


「ああ、そうだ!ソフィア、お前がいたではないか!」

「え?」


「…ソフィア。お前さんに頼みたいのだ。

…お前の″風術魔法″を使って、この手紙を守護者様の懐に忍ばせてくれないか?」


唐突な頼み事に、ソフィアは面食らった。


「そ、そんなことをしていいんですか?」


「…かまわんよ。これは″祝い″の手紙なのだからな。″正規″のやり方で送付すると、大神院は″祝いの手紙″なぞ破棄してしまう。…守護者様の目に届く前にな…


だから、私の″祝意″も守護者様には伝わらないのだ…


ソフィア…器用なお前さんなら…私のこの手紙を、″誰にも″気付かれずに…風術魔法の力で守護者様の懐に忍ばせることは、可能であろう?」


「はあ…それは、そうかもしれませんが…」


ソフィアは、ゲーデリッツの期待に沿いたかったが…もし守護者様に勝手に手紙を渡したことがばれたら、″大神院″の官僚達から、どのような目に遭わされるか…それが恐ろしかった。


「…ああ、ソフィア。さすがに、私の勝手にお前を巻き込むわけには行かないな…

すまない。こんな無茶を言ってしまって…

″お前にしか″出来ないこと、ではあるのだが…」


「お前にしか」という言葉に、ソフィアは沈滞しかけていた自尊心を、僅かにくすぐられた。


「…ソフィア。お前にそんなリスクを負わせるわけにはいかんな…

他の者に頼むとしよう…」


「…し、しかしゲーデリッツ長官?

誰にも気付かれず…守護者様の懐に手紙を入れる、なんて器用な芸当、他の魔道士に出来るんですか?」


ソフィアの問いに、ゲーデリッツは悲嘆したような声を出す。


「いや、おらぬよ… だからお前に頼んだのだが…お前が嫌なら仕方のないことだ。無理強いは出来ん。″他の魔道士″に頼むことにするよ。


…たしかに、バレたらバレたで、私もただでは済まないだろうが…


私は、″守護者″様と直接対話することは出来ん。せめてこの″機会″だけでも私は…守護者様への感謝と祝いの言葉を、伝えたいのだ…手紙という形でもな…」


そう言いながら立ち去ろうとするゲーデリッツ。


…ソフィアは心苦しかった。


″私にしか″出来ないとゲーデリッツ長官が信頼してくれたのに…私は、その頼み事を断ろうとしている。


そして他の魔道士に、頼もうとしている。


でも風術魔法に器用な″私″がやらなければ、おそらく失敗する。

そして″失敗″すれば、間違いなく長官は大神院に責め立てられるのだ。


…そうだ。たかだか、″祝いの手紙″じゃないか。さんざん″逃げない″と決意しておいて、今頃″この程度″のことで、何を物怖じしているのか…


「…長官。わかりました、守護者様にその手紙を、渡せばいいのですね?」


「…まさか、やってくれるのか?ソフィア」


「…はい。私でなければ、失敗する可能性がありますからね…」


ゲーデリッツは申し訳のなさそうな声で、ソフィアに感謝する。


「…本当にすまないな。こんな無理をさせてしまって…

さすがソフィア・ニコラウスだ。頼りになるのは、やはりお前だよ…」


ゲーデリッツ長官に感謝され、ソフィアは内心嬉しかった。やはり、自分の力を頼られるのは、悪い気分ではないからだ。

…だからといって、驕り高ぶってはいけないが。そうすればまた、同じことの繰り返しになる…


「あとなソフィア…

″渡す″のではなく、″忍ばせる″のだぞ?誰にも…″守護者″様にも気付かれんようにな…」


「あ、はい…」



それでもソフィアは、ゲーデリッツの頼み事に、底知れない″違和感″を感じてはいたが。











「…では、″守護者″様への″誓い″を…」


儀式の進行を司る…「青の教団」大主教のシスター・マーラが、厳かに言う。



″誓いの儀式″は、守護者が本殿へやってくると、すぐに始められた。


円形状の台座には、″守護者″を前方から取り囲むように、ソフィアを含めた″7名″の人物が待機している。


儀式といっても、それほど複雑な類のものではない。

守護者様が掲げる錫杖に、その選ばれた7名の者達が一人ずつ…″信任と忠誠″の言葉を捧げながら、その″証″としてのリング(円環)を掛けるのだ。


当然ながら、この選ばれた7人というのは、シャーロット王女をはじめとしたエストリア王国の枢要を占める者達である。


その中に…″王室付き″とは言え。いち魔道士でしかないソフィアも入っているのだから…彼女が重荷に感じるのも、ある意味無理からぬことかもしれない。

式典場にいるのは7人だけではない。本殿に上がれるのはこの7名のみだが…

式典場を囲う主賓席では、エストリア王国中の要人達が、固唾を呑んで儀式の始まりを見守っているのだ。



(始まった…)



その静謐で、″最も″緊張感の張り詰めた儀式の前に、式典場にいる人間達は静まり返り、誰一人として言葉を発さなかった。

それがなおさら、ソフィアを緊張させた。



「守護者様…

泰平を司る、黄金の錫杖をお持ちください…」


シスター・マーラに言われ″守護者″は、用意されたその錫杖——黄金に美しく輝く″それ″を手に取った。



(守護者様が今…すぐ目の前に…)


高位の者ですら、そうそう会うことの出来ない人物——神と同等の存在…

その存在を前に、緊張しているのはソフィアだけではないだろう。


気丈なシャーロット王女にすら、緊張の色が見える。

しかし、いかに眼前に″守護者″様が立っていようと…その顔面を覆っている面紗のせいで、守護者様の表情はいっさい見えない。

それもまた、守護者様の″神秘性″に一役買っている、と言えるかもしれないが。



「…では、″誓い″の証を。王女シャーロット・ウィンザー・エストリア…」


式には順番がある。まずはエストリア王国の国家元首に当たる、シャーロット王女から守護者への″誓い″が行われる。



シャーロット王女は優雅な足取りで、その右手に″円環″を携える。

そして守護者の眼前まで歩き、片膝をついた。


「…この不屈の魂と肉体にかけて、守護者様への忠誠を尽くします。…そして私の心は、常に守護者様と共にあります… 永遠なる献身を、貴方様に捧げることを…ここに誓います…」


王女は、守護者に″誓い″の言葉をかける。そして彼女は、守護者の持つ錫杖に、誓いの証としての″円環″をかけた。


その円環(リング)は、螺旋のごとく巡りめく—永遠の安寧を願うシンボルなのか…あるいは

″何も変わらぬ″永遠を暗示するものなのか…

いずれにせよ、それを見たものにとっては…その両方を連想させたものだった。



「誓いの証を…

フィオリナ騎士団団長、ティルダ・レストフィールド…」


シャーロット王女の次に呼ばれたのが、騎士団内″穏健派″の騎士団長、レストフィールドだった。

″誓い″の儀式には騎士団からも一人選出されることになっているが、それを選ぶのは″大神院″である。当然ながら、大神院に敵対的な騎士団″強硬派″メンバーが選ばれるはずはなく、大神院に融和的な″穏健派″の騎士団長から選ばれた。


「…我が明瞭なる忠誠の証を、ここに示します。この刃と共に、全身全霊で″守護者″様をお支えし、天下泰平を体現する″血″に応えられるように……この命と魂を捧げることを誓います…」


レストフィールド騎士団長は、おおよそ壮年と思われる年齢に、優しい瞳をした女性だった。長いホワイトカラーの頭髪は、後ろで綺麗にまとめられている。

騎士団長の名に違わず…その長躯で流麗な立ち振る舞いは、この特別な式典に十分すぎるほど″相応しい″存在感を放っていた。


「…ふん、大神院め。スタンフォードではなく、レストフィールドを式典に出してくるとは…

まあ、スタンフォードはあれだけ拷問したからな。…しばらくは復帰も難しかろう…」


騎士団″強硬派″メンバーのスペンサー卿は、主賓席から式の様子を眺めていたが、レストフィールドの姿を見て小声で呟いた。


″穏健派″騎士団から儀式の参加者を選ぶならば、穏健派の中心的人物たる″セルニウス騎士団″のスタンフォード団長を選ぶのが筋であるはずだった。

しかし先日の″襲撃″によって、スタンフォードはスペンサー卿に拷問され、復帰も難しい状態。故に消去法的に、レストフィールドが選ばれた、ということだ。



「……………」


自分の″順番″が近づくにつれ、ソフィアは更に、緊張で胸が張り詰めていた。


「クラディウス大司教より、″誓いの証″を…」


レストフィールド騎士団長の次に、「青の教団」のトップが″誓い″の言葉をかける。


「神の眷属たる守護者様…その使いとして、この血と肉体と魂を、貴方に捧げます…


我が身に誓った″信仰″と″契約″を忘れることなく……来(きた)る″終末の時″を迎えた後、この

″魂″が、安寧と平穏を司る″黄泉″の世界にて迎えられるよう…貴方を信じる悠久の″誓い″を守り続けます。


″青の教団″の信徒達も、同じ思いです。


私は…彼ら、彼女ら。全ての父と母と子。兄弟姉妹たちを導き、あらゆる″罪″が洗い流された後の″救済″の道標となり…神の教えを説き…彼らが誤った道を進まぬようこの身を捧げます。


…そして″今″は、″守護者″様の″血″が作り出す安寧と平和の時代を、享受いたします。


永遠の″誓い″を、貴方に…

決して″壊れることなき″悠久の誓いを、貴方に…」


さすがは、守護者を″神と同等″の存在として崇める「青の教団」のトップだ。

誓いの言葉。その長々しとた口上も、思いの

″重さ″が違う。

事実、招待席にいた青の教団信徒達は、クラディウス大司教の言葉に″涙″していた。両手を組んで、まるで祈るような動作をしながら涙を流していたのだ。


スペンサー卿は、その教団員達の姿を見て、心底侮蔑するような声を漏らす。


「連中を見てみろキーラ。大司教の″中身のない″言葉の羅列で、おいおいと泣いているぞ。

…まったく気色が悪い。まるで宗教だな。」


「まるで、というより。そもそも宗教なんだけどねぇー」

キーラ・ハーヴィーが笑って返す。


″大神院″や″守護者″への忠誠心がない騎士団″強硬派″の連中は…守護者を崇拝する教団の「狂信」っぷりを、軽蔑する。



「セオドア・バークレイ公爵…″誓いの証″を…」


クラディウス大司教が終わり、″4人目″が呼ばれた。


(次は、私だ……)


順番としては、ソフィアはバークレイ公爵の次に呼ばれる手筈だ。


…はっきり言って、自分では″役不足″なのは、今でも思う。王室や貴族、行政機関の長…などなどの他の面々に比べて、自分はいち″魔道士″でしかないのだ。魔道士の中で一番″偉い″わけでもない。


……でも。


″偉い″って何なんだろう?


″守護者″様への誓いは、″偉い″人しか出来ないのか?″地位の高い″人間しか、してはいけないのか?

平民じゃ駄目なのか?

貧乏人じゃ駄目なのか?


守護者様が「全ての人間」を幸福にするのなら、″どんな人間″であっても、守護者様へ″誓って″いいはずなんだ。″守護者″様のことを、

「本心」から思っている人間ならば…


そんな疑問が、ふとソフィアの頭の中をよぎった。


それを考えた時、ソフィアは少し気が楽になっていたのだ。


…そうだ、関係ない。


その人が″何者″か、なんて関係ないんだ。


…どれだけ「偉い」かで、守護者様は人を判断しない。…してはいけない。




「…魔道士ソフィア・ニコラウス。″誓い″の言葉を」



そしてとうとう、自分の番が来た。


「……………」


ソフィアは唾を飲み込んで、その足を踏み出す。



一歩一歩歩くごとに、この国の「最高権威」たる″守護者″様に近付いていく。



今まで…「一歩」踏み出すことに、これほど緊張したことはなかった。



「はぁ…はぁ…」


やはり緊張感を消すことは出来ず、ソフィアの鼓動は早まり、呼吸数も早くなっていた。



「…おやおや。まさか″魔道士″の代表として、ソフィア・ニコラウスが選ばれるとはな…

″傲慢″で″嫌われ者″の、ソフィアを選出するなど…ゲーデリッツもヤキがまわったか…」


スペンサー卿はソフィアの姿を見て、馬鹿にしたような声を漏らす。




「はぁ…はぁ…」



呼吸を整えないと。



ソフィアは、″緊張″と″重圧″が重くのしかかる足を、半ば精神力で無理やり動かしていた。


その″重たい″足を動かし、ようやくソフィアは守護者様の眼前へと立つ。



(誓いの言葉を、言わないと)


ゲーデリッツ長官と散々練習した、″誓いの言葉″…


それを言って、守護者様の持つ錫杖に円環を掛ける。

…それだけだ。

それだけでやれば、私の出番はそれで終わる。

この緊張から解放されるために、早く終わらせないと。


…でも、どうしてだろう。



……″誓い″の言葉、忘れちゃった。



(ああ、やってしまった)



ソフィアは頭の中が真っ白になる。



彼女は極度の緊張から、″言わなければ″ならない言葉を、忘れてしまっていたのだ。


(これだけは、絶対に失敗してはいけない行事なのに…)


「ソフィア・ニコラウス。″誓いの言葉″を…」


シスター・マーラに促されるが、″誓いの言葉″を忘れてしまったのだから、ソフィアにはどうしようも出来なかった。


もう、どうにもならない。


…やっぱり私は、駄目な人間だ。

プレッシャーに弱い。緊張に弱い。打たれ弱い。ゲーデリッツ長官の顔も潰してしまう。


…こんな人間が、″王室付き″魔道士なんて、恥さらしもいいとこだ。



…もう、駄目。


謝っても、誰も許してはくれない。

…どころか、みんな私を嘲笑うだろう。

私は″嫌われ者″だから…


そう、これは自らが招いたことなんだ。


きっとこれは、私への″罰″なんだろう。


″神様″は、私のこれまでの横暴な振る舞いを全てわかっていて、私に″罰″を与えた。



そっか…″罰″か…


なら私は、この″罰″を受け入れなければならない。


それが運命なら…



その時——


ソフィアに″助け舟″を出した者がいた。


それは、あまりに意外な人物だった。



「……忘れた、のか?」



「……え…?」


ソフィアは一瞬、その言葉がどこから来たものなのか、理解できなかった。



「…言葉を、忘れたんだな…?」



そしてソフィアは、ようやく理解した。


その言葉は紛れもなく…目の前にいる″守護者″から発せられたものだったのだ。


「守護者、様……?」


まさか、守護者様から声をかけられるなど、全く予期していなかったソフィアは、驚きのあまり…別の意味で言葉を失っていた。



「…ソフィア・ニコラウスといったか?

その茫然とした様子は、私に言うはずであった″誓いの言葉″を忘れたのだろう。…違うか?」


「は、はい…」


守護者の言葉にどうしていいかわからなかったソフィアは、つい正直に…反射的に返事をしてしまった。



「そうか…」


しかし″守護者″は、それを咎めるでもなく、責めるでもなく、ごく冷静な口調で返すだけだった。



「ならば、だ。ソフィア・ニコラウス。

……お前の″真実″の言葉を、聞かせてほしい。」


「真実の、言葉……?」


「…そうだ。″用意された″中身のない言葉ではなく…お前の″心から″の言葉だ。」


″守護者″からの要求は、あまりに意外なものであったが…

しかし、それは″守護者″自身が求めているものに、他ならない。



「私の言葉… ″私自身″の言葉…」



「そうだ… お前は私に、何を語る?

″何を″……誓うのだ?」



ソフィアは考える。


(私が、誓うもの…)



だがソフィアの頭の中にあったのは、守護者への″誓い″ではなかった。


「私は……ソフィア・ニコラウスは、貴方には誓えません。」


その唐突な言葉に——口を挟まず、一部始終を黙って見ていた周囲が騒ついた。

当然だろう。″誓いの儀式″なのに、この娘は守護者に…″誓えません″と言っているのだから。



「ソフィア・ニコラウス。あなた何を…」


ソフィアの言葉を止めようとする、大主教シスター・マーラ。

しかし″守護者″本人は、マーラを制止した。


「よい、大主教マーラ。…ソフィアに話を続けさせよ。」


守護者に言われ、シスター・マーラは一礼し口を閉ざす。



邪魔する者がいなくなったところで、再びソフィアは口を開いた。


「″守護者″様…私は、貴方には誓えません。

なぜなら私は…貴方と初対面だからです。

あなたのことをよく知らない。あなたのことがわからない。…知りもしない相手のために…″誓う″ことなど出来ません…」


それは、いっさいを包み隠すことがない…ソフィア・ニコラウスのありのままの言葉。


「その代わり私は…自分自身に誓わなければなりません。」


ソフィアは、ルークの言葉を思い出す。



(″地位″を維持して、優越感に浸って…あなたはそれで、幸せなんですか?)



「…私は、間違っていました。

″地位″を手に入れることが、正しいことなのだと、信じていました。これまでは…


でも結局…それで心が強くなるわけではありません。…地位に縋る者は、自分より地位の高い者に対面した時…何も出来ないからです。地位を手に入れても、″勇気″まで手に入れることは出来ない…」


そしてソフィアの頭の中には、ゲーデリッツ長官の言葉が木霊する。



(お前が衛士達や他の魔道士から嫌われているのは、お前自身の行動の結果だ。


横柄な振る舞いを続け、″自ら″嫌われる道を選んでおきながら……


なぜ、″勇気″すら持とうとしない?

なぜ、受け止めようとしない?)



「…私は、自分の行動の結果を受け止めなければならない。自分の弱さも…

本当に強い人間とは、自分の弱さも間違いも、省みれることの出来る人間です。

私は……」


今まで散々、好き勝手してきたのだ。

″王室付き″であることを盾に、立場の弱い者に強気だった。


そして……



市民を傷つけてしまった。



一番してはいけないことを、してしまったのだ。



「守護者様、私は……


自分の傲慢さに気付かず、その過ちを犯し続けてきたのです。

だから私は…″自分自身″に、誓わなければならないのです。

自分自身を見つめて、間違った行いをしてしまわないように…」


ソフィアは、右手に握っていた——本来なら ″守護者″の錫杖にかけるはずの″円環″を、ぎゅっと握りしめる。


「…お前の言いたいことはよくわかった、ソフィア。」


ソフィアの話を最後まで聴いていた守護者は、その若くて清涼な——優しい声を、彼女へと掛ける。


「…守護者様。かような場での無礼な発言を、お許しください…」


謝意し膝をつくソフィアに、しかし守護者は優しく言葉をかける。


「…いや。私も、嬉しかったよ。

人民の心の内をのぞくことができて…


…そうだ、ソフィア。お前の言う通りなのだ。

私がどんなに″高位″なる者であろうと、私とお前は″初対面″だ。

…お互いに、どんな人間かも知らない。


…ならば″誓い″とは、お互いのことを知って、信頼を深めて… それで初めて、成立するものだ。」


ソフィアの言葉をなぞった守護者の言葉は、言ってみれば…この場で執り行われている″誓いの儀式″そのものの否定…

それに等しかった。


守護者の言葉に、「青の教団」の関係者、クラディウス大司教やシスター・マーラ…だけではなく、式典にいた全員が絶句しているようだった。


「ソフィアが言うように…″地位″を持っている者が、特別なのではない。

その人間が″特別″かどうかなんて、誰かが決められるものでもない。

真に高位なる者とは…万人に称えられるべき素晴らしい行為を成し遂げた者のことだと、私は思う。


その点、私は……″守護者″などと呼ばれてはいるが、私自身は何も成し遂げられていない。

ただ、″血″が特別だからという理由で、私は特別なのだと…そう教えられた。


だが、そんな理由では…私は納得などしていない。 

″地位″が人を作るのではなく、その人物が″何をしたか″。それこそが重要なのだと思う。


この言葉は嘘偽りない、私の真実の思いだ…」



式典場本殿の端——守護者より少し距離の離れたところで、儀式を見守っていた、「大神院」の長官アルモウデス。


彼の表情は伺い知れなかったが、おそらく彼の腹の中は煮えくりかえっていたかもしれない。

″守護者″を「絶対的権威」として利用したい大神院にとって…今のソフィアと守護者の発言は、絶対に許されるものではなかったからだ。



「…ソフィア。

お前が持っているその金の″円環″は、世界が

″まわりまわる″永遠の平和と安寧が訪れるように…そういう意味を込めて作られたものだ。


お前も、その″円環″に誓いなさい。


その円環のように決して″途切れる″ことなく、″自分自身″という存在を作っていけるように…」


「守護者様…」


「お前の″誓い″の円環を、私が受け止めよう…」


面紗に隠れて、守護者の顔を伺い知ることは、ソフィアには出来なかったが…

それでも、その表情はきっと…優しさに包まれたものであることは、彼女にわかった。


不安や焦燥、傷心に苛まれた彼女の感情は、

″すっと″するような清爽な心によって、はじき出された。


そしてソフィアは守護者の″受容″に応じ…その右手に持たれた″円環″を、守護者が掲げる錫杖に、掛けようとした。


「…守護者様。この″誓い″の円環を、貴方に捧げます…」


彼女自身、特に意識したわけではなかったが…その耽溺したような甘い声色は、まるで

″契り″を結ぶかのような甘美さを孕んでいた。

無論そんなものは、杞憂な印象論でしかないが、少なくとも…周囲の者達は、″それ″を連想させたのだ。




(やれやれまったく。…これは完全に予想外な展開だな…

…だがソフィア。私が頼んだ″仕事″だけは、忘れんようにな…)


至極複雑な心境で、ゲーデリッツ長官はその様子をうかがっていた。

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