第32話 分離派

ソフィア・ニコラウスは悩んでいた。


「…はぁ。」


深く溜息をつく彼女。その理由は明確だ。

来る″守護者″様の式典にあたって、彼女は大役を任されていたからだ。


「…どうして私が…」


それは、非常に彼女らしからぬ——自信家のソフィアにとっては、重要な役割を負うことほ、誇らしいことだ。″本来″の彼女ならば、それを喜んでいただろう。


「別に、私じゃなくったって…」


なぜなら、この数日のソフィアは、かなりナイーブになっていたからだ。

その原因は、ルーク・パーシヴァルにある。



(権威にすがる者は結局…自分より大きな権威に出くわすと、何も出来ない。)



数日前、ルークに言われた言葉。

その言葉が、彼女の胸に刺々しく突き刺さっている。



「私は……」


″ガルド騎士団″の団長、スペンサー卿に侮辱的な言葉をかけられた時、彼女はスペンサーに畏怖して、何も言い返せなかった。


…都市部の浮浪者には、″怒って″魔法の技を浴びせたのに、自分より地位が上の者に対しては、萎縮してしまう自分の矮小さ。

それをルークに見透かされ、自分自身でも痛感した。


「…私は、ちっぽけな人間なの?」


王室付きの魔道士であるソフィアは、若くしてその高級職に就いた自らに、自信を持っていた。その″地位″を傘にして、彼女自身が横暴な振る舞いをしたことも多かった。

そんな彼女を責める者も、まわりにはいなかった。これまでは。


…しかし。


ルークにはっきりと、非難された。



シャーロット王女の客人ではあるが、どこの誰かもわからない人物に、ソフィアのプライドは酷く傷つけられた。



いや、プライドだけならまだ良い。


今のソフィアは、自分に対する自信も、喪失しかけていた。


「……はぁ」


そんな彼女に任せられた、大役。


それは″守護者″様の式典の中、守護者が掲げる錫杖にリングを掛ける、という内容だった。


これが何を意味するかと言うと——


いわば神の″化身″たる守護者が掲げる錫杖に、″永遠なる安寧″を示す″円環″……すなはちリングを掛ける。これはつまり、″神″への信任と忠誠。そして魂を捧げるという意味合いを持つ、式典における極めて重要な儀式なのである。


この″大役″を任されるのは、7人。

エストリア王国の国家元首たるシャーロット王女。

青の教団の最高指導者たる″大司教″。

″騎士団″の中から代表として一人。

″貴族″の中から代表として一人。

魔法院の長官。

司法院の長官。


そして残る一人は…″魔道士″の中から、代表として一人、ということだった。


この″魔道士″の代表として、ソフィアが″選ばれてしまった″のだ。



(どうして私が…)



平時ならば、ソフィアはこの大役を喜んだかもしれない。しかし、精神的にかなり沈滞していた今のソフィアにとっては、プレッシャーでしかなかった。


…それも無理はない。″守護者″様に直接相対するこの″大役″を行うのは、王女をはじめとしたエストリア王国でも最高位にあたる人物ばかりだ。そんな人間達の中に、自分が放りこまれるわけなのだから。


「…ゲーデリッツ長官は、どうして私なんかにこの大役を…」


″魔道士″からの代表者は、魔法院の長官たるゲーデリッツが選出することになっている。


いよいよ明日となる″守護者″の式典。この役割を言い渡されたのは、つい昨日のことだ。

 


(…長官…私には、無理です…)


(……どうしたのだね?ソフィア。このような栄誉ある仕事を嫌がるなど、君らしくもない)


(…それは…私よりももっと、相応しい魔道士がいるはずです。…そのような大役、私にはとても…)


(…ソフィア。お前さんが何を恐れているのか、私にはわからん。だが、お前にやってほしいことなのだ。…お前は王室付き魔道士の中で一番若い。

…若くして魔道士の″一線″で活躍している者にこそ、この大役を果たしてほしいのだ。


守護者様の錫杖に″誓い″の円環を掛ける…


若く優秀な魔道士が、この役を果たすことに意味がある… 魔道士を目指す多くの若者たちが、それを見ることによって勇気づけられるからだ。)




「……………」


最もらしい理由で説得され、結局私は嫌々ながらも、承諾をしてしまった。…ゲーデリッツ長官の顔を潰したくない、というのもある。だけど…


だけどソフィアは、自分が多くの——衛士をはじめ、王室に仕えるあらゆる人々から嫌われていることを知っている。それは言うまでもなく、自らの横暴な振る舞いによる、自業自得なものではあるのだが。

…だからこそ、「皆から嫌われている自分」が、守護者様の式典で、そのような″大役″を果たすことを、望む人間などいないだろう。…それどころか、忌々しく思うはずだ。


(私…本当に今、精神的に参っちゃってるのかも。…本来の私なら、喜んでるはず、なのにね…)


栄誉をひけらかし、自らを″特別視″する。それはソフィアの本来の姿のはずなのだ。


″自信家で傲慢″。


…でも本当は、打たれ弱いのが自分の本質なのかもしれない。…だからこそ、今こんな複雑な気分になっているのだ。


「…でも、今更断るわけにもいかない…」


自分は、何を恐れているんだろう。

いつも通りに、尊大に振る舞えばいい。格下の者達にどう言われようが、怯える必要はない。


そう、格下の者達に……


「……うっ…」



でも今は、恐れている。


自分が本当は、「たいしたことのない弱い人間」だと、わかってしまったから。…いや、そう思いたくはない。思いたくはないが…こうやって思いつめている事実が、自分の″弱さ″を証明している。


…だから、今の私は多分…格上だろうが格下だろうが関係ない。今の私はきっと、「誰にも」打ち勝てない。これは心の問題。  


私の心は、本当は弱い。


その事実に気づかず、目下の者には偉そうに振る舞って、見下していた。

…そんな態度でやってきたから、私には…


誰も…


誰も相談する相手がいない。


自らの不安を、吐露する相手がいない。


自分の心を、正直に打ち明ける相手がいない。


私の苦しみを、受け入れる人間などいない。



でも、それは仕方のないことだ。


だって私は今まで… 他人を見下して、親切にしてこなかった。地位が下の人間には、無礼な態度を取ってきた。他人を省みずに、自分のことばかりだった。

他人を助けてこなかった。


…そんな人間を、誰も助けてなどくれない。


…どころか私は…


自らの″魔法″の力で、他人をも傷つけた。



(ソフィアさん!なぜあんな酷いことを…!)


ルークの言葉が、頭の中で反芻される。打ち消そうとしても、それは再び現れては、ソフィアの心を支配する。


彼女は、立ち退き要求に反対した市民を、魔法の力で傷つけた。


自分の感情を、制御できていなかった。


…そんな私が、″魔道士″?


魔道士の称号を持つ者は、感情に流されて魔法を使ってはいけない。

そんな当たり前のことも実行できていなかった自分が、魔道士の代表として、守護者様への大役を果たす?


そんなこと…



「そんな資格…私には…」


″私なんか″がそんな役をつとめたら、どれほど非難されるだろう。…それは辛いことだ。


それとも…



…これは、私への罰なのだろうか?










—————



首都アルベールは、かつてないほど賑わっていた。



「…いよいよ、か。」


レンバルト校長達一同は、王国中から集った人々の熱気を前に、これから始まる″大イベント″の始まりを実感する。



″守護者様″生誕20周年の記念式典。


ついにその日が、やって来たのだ。


「…凄い人だかりです。この人々はみんな、

″守護者″様を観に来たのでしょうか?」


ビアンカ・ラスカーが、騒然たる人の″群れ″に驚きながら、校長に尋ねた。


「…式典の前に、まずはパレードが執り行われる。一般民衆はそのパレードの時でしか、守護者様のお姿を拝見することができない。」


「…では校長、式典に参加できるのは?」


「…エストリア王国の要人と、一部の招待賓客のみだ。」


メインとなる式典は、アルベール中央広場で設営された式典会場で行われる。式典前に行われるパレードの末尾に、″守護者″の台座が登場する予定となっているのだ。


ともかく人が多いので、パレード中に″守護者″への危害が及んではならない。

なので、街中や通りの至るところに、衛士達や″騎士団″の人間と思しき人間が、目を光らせているようであった。


「…凄い警備態勢のようですね」


ラスカーが周囲を見渡しながら、言う。


「…うむ。守護者様に″万が一″のことがあってはならないからな。都市の衛士達だけではない。騎士団の人間達も、警備に駆り出されているようだ。」


騎士団が警備に当たっているとは言っても、

″大神院″に敵対的な″ガルド騎士団″などの騎士達は、″守護者″の警護任務からは除外されているようだった。

″大神院″を敵視している騎士団内″強硬派″が、大神院のトップたる″守護者″を、まともに警護するとは思えない、という考えからかもしれない。


とはいえ、騎士団を実質的に掌握しているのは″強硬派″メンバーであるため、″式典″においてまで、彼らを排除することは出来ないようだが…


「…もっとも、一番警戒しなければならないのは、″分離主義者″達かもしれんがな…」


レンバルト校長が、小声で呟く。



「ラスカーさぁん!!」


ふと、ラスカーを呼ぶ女性の声。彼女は声のほうに振り向くと、手を振りながらこちらにやって来るメアリー・ヒルと、マーカス・ジョンストンを発見した。


「…メアリーさん。マーカスさん。お久しぶりです。」


ラスカーが2人に挨拶する。

正確に言うと、ラスカーはしばらく意識昏迷状態にあっただけで、メアリー達と再会するのは、厳密に言うと数日ぶりくらいだろうか。


「…ラスカー先生。意識を取り戻したようで何よりです。」


マーカスが、ラスカーを気遣うように声をかける。


「…はい。私が気を失っていた間、いつのまにか首都まだ辿り着いていたようで、驚きましたが…」


ラスカーは、今の自分の命があるのは、ルークが守ってくれたからだと改めて認識し、心の中でルークに感謝した。


「お二方とも、無事でよかったです」


レンバルト校長が、マーカスとメアリーに声を掛ける。


「これはこれはレンバルト校長。…あなたがたも、首都に来ていたのですね。」


マーカスは、当然のようにラスカーに同行していた校長達一同を見て、驚いていた。


「…ええ。我々はもっぱら、守護者様への式典に参加するためですが…」


「…なるほど、それで。」


理由を聞いて、マーカスは納得した。



「…ところで、2人とも今までどこにいたんですか?」


ラスカーに尋ねられ、マーカスが返答する。


「…私は、しばらく宿にいました。…メアリーは、ちょっとした用事があったようで…」


その、メアリーのちょっとした用事とは。

「青の教団」ナンバー2であるシスター・マーラからの誘いで、エストリア王国随一の大富豪、ゴールドスミスのパーティに参加していたことだ。


…そのパーティでメアリーは、酷い目にも遭ったが、収穫もあった。


ペネロペという″新聞社″をやっている女性と出会い、自らが苦心していた″違法薬物″の取引に関するリスト…その暗号文字の解読に、彼女が協力してくれる″かもしれない″のだ。


とはいえ、シスター・マーラには申し訳ないことをしてしまった。

「青の教団」に資金提供してくれている、教団の″お得意様″たるゴールドスミス。彼に無礼な行為を働いたからだ。


元はと言えば、ゴールドスミスがメアリーに

″性的″な行為をしたのだから、おあいこ。メアリーはそう思っているが、少なくともあの後、シスター・マーラはゴールドスミスにひどく責め立てられたらしい。…なので私は、シスター・マーラに謝罪した。ゴールドスミスがいかに最低な男であろうと、「教団」が運営する病院のパトロンであることは、変えようのない事実。


…もっともシスター・マーラは、私のことを責めはしなかったが…


だからこそ、彼女への申し訳なさは、余計に感じる。


「…パーティ?」


メアリーから事の顛末の説明を受け、ラスカーは驚いたように声を上擦らせる。


「…はい。青の教団の″支援者″である、ゴールドスミス氏のパーティです。」


メアリーにとっては、ゴールドスミスの下劣さが、鮮明に記憶に残っていた。


「…あのゴールドスミスって男、最低なんですよ!…私の胸やお尻を触ってきて、いやらしいことを…」


そしてメアリーは、自らを救ってくれた男性のことも、同時に思い出す。


「…でも、助けてくれた人がいたんですよ。

確か名前は…」


メアリーは記憶を辿り、自らを救ってくれた男性の名前を思い出す。


「…そう!ベルナールって人です。シュテファン・ベルナール…」


その名前を聞いてラスカーは仰天し、目を見開いた。


「…ベルナール?」


「…はい。私をゴールドスミスから助けてくれたんです。魔法学校で働いていると。すごく…良い人でしたよ。」


その名は紛れもなく、レンバルト魔法学校の副校長。ビアンカ・ラスカーの天敵。



「…嘘……」


「……え?」


ラスカーが小声で呟く。



「…ベルナールが、人助けなんかするはずはない… だってあいつは…」


ラスカーは、かつて自分がルークの魔法の暴走を止めて、彼を救った時——ベルナール副校長が冷たく言い放った言葉を思い出す。



(死なせればよかった)



その言葉はラスカーにとって、許し難かった。


守るべき生徒を、容易に切り捨てようとするベルナールを、彼女は許せなかった。


あの男は、非道な男なんだ。


…そうで、″あるはず″なんだ。



「…何かの、間違いよ。ベルナール副校長が、あなたを助けるなんて真似…そんなこと、するはずはない。」


あからさまなラスカーの言葉に、メアリーは即座に理解する。


「もしかして…ベルナールさんって、ルークが通っていた魔法学校の…」


横にいたレンバルト校長が、無言で頷く。


「…あいつは、財界などいろいろな方面に顔が広いからな。魔法学校の副校長業務以外にも、何かと多忙なのだ…」


…つまり、実業家のパーティに顔を出すのも、仕事の一環、ということか。


「だって、ベルナール校長はルークを見殺しにしようと…!」


なおも暗澹とした表情で話し続けるラスカーを、レンバルト校長が制止する。


「…もうそこまでにしておけ、ラスカー。お前がベルナールを嫌っているのはわかる。…だが、ベルナールだって″人助け″をすることもあるさ。」


「でも…!」


納得できないといった様子のラスカーを、諭すようにレンバルトは声をかける。


「…ラスカー。お前の知っているベルナールが、あいつの″全て″ではない。…人には、いろいろな″側面″があるのだ。…私だって、お前だってそうだ。…あるいは、ルークだってな…」


別にベルナールを庇っているわけではない。しかし、他人に″レッテル″を貼ることが、いかにその者を盲目にさせるか。それは時として、適切な判断をも誤らせる原因となる。


だからこそレンバルトは、教え子を正しく導くかの如く…ラスカーを諭す。


もちろんレンバルトだって、完璧な人間ではない。自分だって、ルークを激しく追求した時に、ラスカーに諫められた。


人は、他人のことはよく見えるが、自分のことになると冷静さを欠いてしまう。だからこそ、近しい者同士がお互いを修正し、バランスを取っていくしかないのだ。


「…すみません、校長。私も少し、冷静になります…」


校長の言ってることは最もではあった。だからラスカーは、自らの周章さを恥じて、荒立つ感情を押し留める。


少なくともラスカーは、その点においてまだ

″修正″が出来るほうだ。絶対に譲らないものは、譲らない。そういう頑固さも備えては、いるが。



「…さて、ラスカー。私たちはもう行くよ。パレードが始まる前に、式典会場に出席せねばならんのでな」


レンバルト校長ほか、ベルナール副校長、フィッシャー館長、リーベルト先生、そして卒業生代表として、ローラとモーフィアスが式典への参加に招待されていた。


「…なんだか、すごい緊張する…」


ローラは身震いしていた。

式典への出席が許されるということは、少なくとも一般民衆よりは、″守護者″様を間近で見ることが出来る、ということだ。緊張するのも、仕方ないことだった。


そもそも″守護者″は、こういう特別なイベントでもない限り、表舞台に姿を現すことは、ほとんどない。…なので、守護者がどのような容姿なのか知っている者も、ほとんどいない。守護者への面談は、″大神院″の許可がなければ不可能。王女ですら、そう簡単に会うことは出来ないのだ。


「…ではラスカー、またしばしの別れだ。」


「…はい、レンバルト校長。また後日…」


ラスカー達に別れを告げ、レンバルト校長達は式典会場へと向かって行った…



「…私たち、どうしましょうか?」


メアリーがラスカーとマーカスに尋ねる。取り残された3人達は、メインの式典には参加できずとも、せっかくパレードがあるのだから、そちらのほうは観ていこうという結論で一致した。



「やっぱり、凄い人だかり…」


ラスカーは、鬱陶しそうに人混みの中を歩く。通りは、守護者のパレードにそなえて、エストリア王国旗やら、見事な装飾やらが施されており、一大イベントが始まるのだという予感を、否応なく感じさせる。


特にイベントごとに興味のないラスカーではあるが、「首都における一大行事」ということで、僅かばかり意気が上がっていた。


「…見てください!とっても美味しそうなアップルパイがありますよ!」


… 一番陽気だったのは、おそらくメアリーだろう。彼女は露店の食べ物に引き寄せられ、観光気分を満喫していた。


「…ずいぶんと、呑気な…」

ラスカーが呆れたような声を出す。


「…まあ、たまにはいいじゃありませんか。ここ数日、いろいろありましたから。…良いストレスの発散になるでしょう。」

マーカスも苦笑しながら、メアリーを擁護する。



…その温和な空気も一変する。


通りの中心で突然——

白髪の年老いた男が、大声をあげ出したのだ。



「こんなパレードは、やめにしろぉ!!」



突然叫び出した老人に、周囲の視線が集まる。老人は、自分に視線が集まったことを、計画通り、とばかりにほくそ笑んで、さらに言葉を続ける。



「青の教団は、嘘をついている!!」


なんだなんだと訝しんだ人々が、老人の周りに野次馬のごとく集まってくる。



「…青の教団は、″守護者″のことを″神″の化身などと言って崇めているが、奴らの言っていることは、その全てが嘘っぱちだ!!」


老人は勢いづいたように、演説を続ける。



「教団の″聖典″は嘘だらけだ! 


″神″の化身など存在しない!


だが、神の声を聞くことが出来る者がいた!それは守護者などではないが…神の声を聞くことが出来た、聖なる存在…


それこそが、青の教団が本来崇めるべき存在なのだ!!」


老人は、実に恐ろしい発言をしていた。


この国の「最高権威」たる″守護者″を侮辱し、守護者を崇める「青の教団」の教義。その存在を全否定するような言葉だった。そして紛れもなく、あのような発言をしたこの老人には、「不敬罪」が適用される。



「…貴様!そこで何をしている!!」


「…ちっ!ここまでか…!」


当然ながら、巡回中の衛士に目をつけられた老人は、舌打ちしながらその場を逃げようとする。


「どけぇ!!」


老人は、服の中に銃を隠し持っていた。

銃を民衆に向けながら、老人は人で埋まった道を開けようとする。


「止まれぇ!!」


老人の背後に、衛士が迫った。



「…ちっ。″守護者″を崇めるクズどもめ。天罰を受けろ」


老人は躊躇なく、衛士に発砲する。



撃たれた衛士は、声をあげてその場に倒れ込んだ。


「お前らぁ!死にたくなければ道を開けろ!!」


民衆に銃口を向けて、怒鳴り散らす老人。


しかし老人の後頭部に、強い衝撃が走った。


「ぐぁっ……!」


何かで殴られたような強い衝撃。…衛士がやったのではない。

…老人の後頭部に打撃を与えたのは、騎士団の人間だった。


剣の″柄″の部分で頭を殴られた老人は、そのまま地面に昏倒した。


…実に迅速な制圧。老人を無力化した騎士団の人物…

ラスカーは、その人物に見覚えがあった。



「…あれは、グレンヴィル騎士団長?」


ルークの移送任務中、行動を共にしたランスロット騎士団の団長だ。



「…では、この男を頼みますよ。」

グレンヴィルは、衛士に男の身柄を渡す。



「…グレンヴィル騎士団長」


「…ああ。ビアンカ・ラスカーではありませんか。それに、マーカス殿にメアリー殿も」


ラスカーに声をかけられ、グレンヴィルは反応する。


「…ラスカー、体のほうは大丈夫ですか?」


グレンヴィルは、まだ本調子でないとは言え…快復したラスカーを見て、胸を撫で下ろす。


「…はい、私は何とか。目が覚めたら、病院にいましたので。…ルークは、エストリア城で王女に会ったとか…」


「…ええ。詳しいことは不明ですが、シャーロット王女の任務遂行に、″ルーク″が必要なようですね。″大神院″の目もあるため、詳細は、一部の者にしか知らされてないようですが…」


…今のところグレンヴィル騎士団長も、王女がルークに頼んだことの詳細を知らないようだ。大神院に知られるとまずい内容だろうか… そもそも、お尋ね者のルークを隠匿している時点で、ある意味大神院への離反行為かもしれないが。


「…騎士団長は、ここの警護にあたっているのですか?」


マーカスが尋ねる。


「ええ。衛士達だけでは、とてもカバーしきれない。我々騎士団も、″守護者″様の行事が無事終わるように、市街を警備、監視しております」



「…グレンヴィル騎士団長、さっきの男は…」


ラスカーは、さきほど通りで叫んでいた老人のことが気がかりだった。


「…あの男。おそらく、分離主義勢力の者でしょう…」


「…分離主義勢力?」


「…ええ。″青の教団″の教えに反対する者たちです…彼らは、教団の信者達と同じく、″神″を信仰してはいますが、″守護者″様を神の″化身″として崇める、教団の教義を認めていないのです。…故に彼らは、分離派、あるいは分離主義勢力と言われております。」


「…勢力ということは、かなりの人数がいる、ということでしょうか…」


ラスカーの質問に、グレンヴィルは重々しい口調で答える。


「…そうですね。彼らの活動は、小規模なものから大規模なものまで…時に、危険な破壊行為を行うこともあります。

…司法院からは、″要警戒″されている集団ですよ。″守護者″様を侮辱しているのですからね。それは問答無用で″不敬罪″が適用されます。


これまでも大勢が逮捕されていますが、彼らの数や規模など…はっきりしたことは不透明です。」


時に、危険な破壊行為も行う…

さっきの老人のように、突如現れて演説を始める、といったこと以外にも、過激なことをする連中…


「…なら、街中に分離主義者が紛れ込んでいたのは、まずいのでは?」


「ラスカー、あなたの言う通りです。…何人かの分離主義者達は、アルベールに侵入する前に拘束されたようですが…こうやって、実際に市街まで入り込まれている。

…ひょっとしたら、誰か手引きした人間がいるのかもしれません。」


分離主義者を、都市へ入れるのに協力した人間…

それは間違いなく、″守護者″と、守護者を擁する″大神院″を快く思っていない人間。確証はないが、グレンヴィルには心当たりがある。


「…とにかく今は、守護者様に害を及ぼすような要素は、全て排除します。」


騎士団内は、大神院に対して融和的な「穏健派」と、大神院に敵対的な「強硬派」で勢力が二分されているが、グレンヴィル騎士団長は、そのどちらでもない「中立派」を保っている。…彼は、騎士団内での対立を望んでいない。


中立派といえども、「守護者」への忠誠心はあるし、大神院に対しても協力的ではある。しかし「穏健派」のように、過度に傾倒してもいない。「強硬派」メンバーのように、明確に大神院と敵視してる連中と、距離を置いているわけでもない。その彼の姿勢は、時に両勢力から、中途半端な位置付けと見られることがある。

だからと言って、どちらの味方でもないし、敵でもない。その絶妙なバランスが、彼を「中立派」たらしめている。騎士団で「中立」を保っているのは、シャーロット王女も同様だが。


(…パレードや式典で、何も起きなければいいが…)


グレンヴィルは、この大行事が無事に終わることを、祈る。





————





「あらぁ、お久しぶりですー、シャーロット王女」


エストリア城にて。ひどく締まりのない、耽溺とした声をあげていたのは、エストリア騎士団の副団長、キーラ・ハーヴィーだ。



「…久しぶりね、キーラ。ルークの移送任務、無事に完遂してくれたこと…感謝します」


「当ったり前じゃないですかー

王女のためならば、何だってしますよぉ…」


キーラの声は、王女との再会に歓喜し、上擦っていた。


キーラは、シャーロット王女に心酔している。

おおよそ全騎士団の中でも、最強クラスの戦闘能力を誇るキーラ・ハーヴィーに逆らえる者は、騎士団内ではほぼ存在せず。


…シャーロット王女という例外を除いて。


「騎士団」の中でも最高位たる″エストリア騎士団″… シャーロット王女は、このエストリア騎士団の団長も兼任している。 


シャーロット王女はその清廉な容姿とは裏腹に、戦闘において、騎士団の中で誰も敵わないほどの強さなのだ。

…それは、キーラ・ハーヴィーですら。


「強さ」と「戦い」に信条を置くキーラにとって、自らが敵わないほどの実力を兼ね備えた——シャーロット王女の強さに、彼女は惚れ込んでいた。


「…くすくす。ルークには会ったんですよねぇ、王女?

シャーロット王女の大切な″客人″…」


キーラの言葉に、シャーロットは僅かに微笑する。



「…お久しぶりです、王女。…息災で何より。

…まもなく、″守護者″の式典が始まります。

我々も、式典場へ向かいましょう」


丁寧な言葉遣いで王女に一礼したのは、騎士団内「強硬派」の先鋒、スペンサー卿だ。


騎士団内では、毒蛇のように恐れられている彼も、シャーロット王女の前にあっては、その″棘″はなりを潜める。



「…そうですね。向かいましょう」


王女は、その優雅な立ち振る舞いで歩を進める。



(式典が終わったら、また会いましょう…)


城を後にする際、王女は名残惜しそうに…

ルークがいるであろう部屋の方角に、目を配る。


(私には、あなたが必要…)



王女は、僅かに恍惚とした表情を浮かべていた。






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