生者の哀悼

(知っているよ最初から)

『彼女』は死んで戻らない。星が巡れど現実は覆らない。聖女の血縁は絶えた。尊い女は死にすぎた。それらはもう、取り返しの付かないことだった。

記憶の減衰は先代が峠。二度と生まれないはずの『彼女』は、完全に近い姿で現われた。最初は驚いた。しかし奇跡は起き得ない。聖女は偽物だった。

当代聖女は政略のためだけに存在した。エーデルワイスは貢ぎ物だ。恐ろしくなる程に、あらゆる所作がそのものだ。出来すぎた偽物。それに尽きた。


差し込む光は炸裂の瞬間に似る。『彼女』と娶された日のことを思い出す。休戦の時期に訪れた出会い。結婚の日。花嫁は和平をもたらすはずだった。

聖女は業火を退けた。攻勢に転じない奇跡の力が危ぶまれた所以は不明だ。だが事実諍いは起こった。聖女は転生し、そのたび男が来て奪っていった。

存在は次第に歴史へ影を落とし始めた。周囲は聖女を狙い、探した。入手か根絶か。家系には時代ごと女が生まれ、力を持たぬものだけが見逃された。

最初の一人は事故だった。優しい彼女が戦禍を見逃せるはずもない。なぜ行かせたのかと今でも思う。あの頃に戻れたら。詮無い想像に空しさが募る。


皆、あの男に怯えていた。世代を重ねる毎に酷くなった。用意された供物は献上される。ただ星の命のために。星のもつ領空を維持しつづけるために。

戦いは緩慢に続く。華々しい戦果も、穏やかな破滅もない。出口のない繰り返しは不透明な終わりへと向かう。その先に何があるのかを誰も知らない。

あの父親も酷いことをする。事の次第は知らないが、この丘と家系には未だ聖女の名が必要と見えた。あるいは男への目眩ましか。疑問に答えはない。

ワイスを差し出せば、男はまた次を求めるだろう。白く光る雪道を歩く。冷えたそれはまき散らされた灰だ。熱を忘れた古代の灰が丘を静かに埋めた。

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いちぞく、いとしのいもうとよ 佳原雪 @setsu_yosihara

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