【天体観測】

 死んで地上と天上との間の世界にやってきたオレは、いろいろな手続きを経て正式に死神になった。煩雑な手続きは、地上の役所を思い起こさせた。


 死神の詰所を出るとその奥には死神たちが生活をする街が広がっていた。詰所は街よりも高い位置にあるので、広大な街並が見渡せた。


「取り敢えず、一樹の服とかを調達しないとね」 

 真琴は嬉々としてオレを店が立ち並ぶ通りに連れて行った。

 ここでこれから死神として働くのに必要なものを準備するのだ。

「とりあえずの服は用意しておいたのだけど、少し小さかったね。上から見ただけだと、サイズがわかりにくくて」

 オレの全身を見て、申し訳なさそうにする真琴に、オレは首を横に振る。

「これでも十分助かるよ。さっきまでの格好で外を歩くのは流石に辛いし」


 今のオレの格好は無難な黒のスウェットの上下だ。これは真琴がオレが来た時用にと買っておいてくれていたものだった。思いきり普段着だし、少し丈が短いが、始めに着ていた白いピロピロよりは断然良い。足にはサンダルを履いている。靴のサイズは服より余計にわからないだろうから仕方がない。元は裸足だった。

 死者の集まるこの世界の入り口は、白く柔らかい地面で裸足で歩いても違和感がなかったが、死神の街は地上と変わらない舗装された道だった。


 真琴が言うには、死神の街は地上を模して作られているということだった。

 元来、死神は食事も必要なければ、風呂なども必要ない。死んで魂になっているからだ。

 だが、死神の任務と必要な休息とだけで何もせずに長らく過ごしていると、やがて精神が不安定になって任務がこなせなくなるものらしい。

 そこで、死神たちは食事など生前と同じように生活し、趣味など余暇時間も充足させることが推奨されているとのこと。

 街には死神たちの住居の他に、いろいろな店や娯楽施設があり、人が行き交っていた。


 そして、この世界には地上と決定的に違うことがあった。


「真琴。この世界って、太陽ないよな」

 オレはずっと疑問に思っていたことを口にする。

 この世界の空は地上と同じで青かった。澄みきった晴れた日の空のようだ。けれども太陽がなく、雲もない。青いスクリーンが果てしなく広がっていた。

「そうそう。ここの空はずっと青空。だからずっと昼間なんだ。太陽がないのになんで明るいんだろうね。」

 真琴はオレの隣で不思議そうに空を仰いだ。


「だから、この世界には夜がないんだよ。残念ながら、天体観測はここではできないんだ。一樹は星が好きなのにね」

「オレ、星が好きだったっけ?」

 心当たりがなくてオレは問い返す。

「え〜。昔よく誘ってくれたじゃない。夜に公園の秘密基地で望遠鏡を覗かせてくれたよね」 

「あ〜」 

 確かに中学生の頃、親に強請って買ってもらった望遠鏡で、真琴と天体観測をしていた。

 でも、あれは星が好きだったのではなく、真琴を夜に家から連れ出したい口実だった。

 生前の真琴は家族と折り合いが悪く、家に居場所がなかった。オレは真琴に少しでも楽になってもらいたくて、笑っていて欲しくて何回も天体観測に誘ったのだ。

 あの時の、望遠鏡を無邪気に覗き込む真琴の姿が今の真琴の姿に重なる。


「一樹?」

 真琴が黙り込んだオレを訝しむようにこちらを見上げる。

「そんなに落ち込まなくても、夜の任務で地上に降りたときなんかに星は見れるし、探せばこの世界にもプラネタリウムなんかもあるかも。今度一緒に探そう?」

 考え込んだオレが星が見られなくて落胆したと思ったのか、オレを元気づけるように明るく言った。そんな真琴を見て、何とも言えず心が微かに温かくなる。

「そうだな。また一緒に探そうか」

 オレが同意すると、真琴は嬉しそうに頷いた。


 それから、オレたちは適当な服屋に入り、服を物色した。色は死神の仕事着である黒がほとんどだが、下に着るシャツなどは白があった。

 ああでもないこうでもないと話ししながら、オレは黒のジャケットとパンツに白いスタンドカラーのシャツを合わせた。

「お〜。一樹、シュッとしたね!」

「シュッとってなんだよ」

「シュッとはシュッとだよ〜」

 オレが眉をひそめると、真琴は笑う。

 そんな他愛もないやり取りをしていると、数十年前に2人で過ごしていた時の感覚がよみがえり、オレも自然と笑っていた。

 

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