【矛盾】する心

 真琴に手を引かれて辿り着いた先は、白い雲の上のような世界。上には青い空が広がっている。暑さや寒さは感じない。


 これが死後の世界か。オレはキョロキョロ辺りを見渡す。

 数百メートルほど離れた前方には石でできた巨大な門がそびえ立っていた。

 真琴はそれを指差す。

「あれが地上との境の門だよ」 

 門の辺りには黒い服を着た人と白い服を着た人とのセットが列をなしていた。

 黒い服が死神で、白い服が死んだ人なのだろう。オレも気が付いたらぶかっとした白い服を着ていた。なにかしらの配慮が働いているらしい。


 オレたちも列に並ぶと思っていたら、真琴が「私たちはこっち」と門の一番端の、人が並んでいない方へ進んで、すんなりと門をくぐることができた。


「これから死神の詰所に行って、長官に報告に行くから」

 真琴はそう言って、さっさと歩いていく。

 門を入ってしばらく進んだ先に、四角い豆腐のような形で、窓が規則正しく並んでいる建物があり、その中に入っていく。

 玄関を入ると真っ直ぐに広い廊下がずっと伸びていて、左右に部屋が並んでいる。部屋を覗いてみると、味気のない事務机が並び、仕事をしている人がいる。

まるで役所のようだ。

 廊下を行き交う人は皆、黒いスーツやらジャケットやら、カッチリした服を着ており、白いピラピラの服を着たオレは目立った。すれ違う度にジロジロ見られるのがすごく恥ずかしい。


 真琴は何も言わずにズンズン歩いていく。オレはそれに違和感を覚え、真琴に問い掛けようとした。

「あのさ……」

 その時、大きな声が廊下に響いた。

「あ〜!真琴姉ちゃんだぁ!」

 バタバタと走ってきたのは小学生くらいの少年だった。

太一たいちくん。こんにちは」

「この人が真琴姉ちゃんがいつも話してた人?」

「そうよ。この人が一樹よ」 

 真琴の紹介で、太一少年はオレをジッと見つめる。

「この人、真琴姉ちゃんのパートナーになる人でしょ? おじさんだぁ! 真琴姉ちゃんに似合わないよ!」

 少年の容赦ない言葉がグサリと胸に刺さる。オレはもう30半ば。おじさん。確かにそうなのだが……


「こら。何てこというんだ!」

 太一の背後にやって来たのは20代半ばくらいの青年だった。青年はオレの方を向く。

「いきなり失礼なこと言ってすみません」

 頭を下げる青年に太一が文句を言う。

「なんだよ。本当のことじゃん!」 

「また、そんなこと言って」

 叱る青年に太一はそっぽを向いた。

 すみません、と重ねて謝る譲にオレはいいですよ、と手を振る。


「……一樹は私のパートナーだもの」

 今まで何も反応がなかった真琴がボソッと言う。

「えっ?」

 オレは真琴を振り返る。

「私のパートナーは一樹しかいないんだから!」

 そう叫んで、真琴は廊下の奥に向かって走っていった。

「真琴!?」

 オレは反射的に真琴を追いかけた。

 奇異なものを見るような周りの目も気にせず全速力で走る。


 真琴は廊下途中の階段を駆け上り、テラスのような場所に出て止まった。

 追いついたオレはできるだけ穏やかな声で問いかける。

「なぁ。真琴。どうしたんだ? ここに着いてから、ほとんど喋らなくなったじゃないか」

「それは、一樹もじゃない。ずっと喋らず、

私の方も見ないで」

「そりゃあ、初めての来る所なんだ。キョロキョロするだろ。ていうか、いつも真琴の方が8割方喋って、オレはほぼ聞き役だろ?」

「そんなの知らない。黙ってるから私と一緒にいるのが嫌なんじゃないかって」

「そんなこと言っても、オレはここで死神になるしかないんだろ?」

 真琴は押し黙る。もしや……

「違うのか?」

「……本当は、一樹は選べるの。あの世で転生の道を行くか、ここに留まるか。でも、一樹にあの世に行ってほしくなくて嘘ついてた。ごめんなさい」

 オレは言葉が発せないでいた。

「一樹を自由にしなきゃいけないって、縛っちゃいけないって思うけど、やっぱり私には一樹しかいないんだ。ずっと一緒にいたいの」 

 そう言って、真琴はしゃがみ込んで腕で顔を隠す。

 

 「真琴」

 オレは名前を呼ぶ。真琴の肩がピクリと跳ねた。

「オレは、ずっと真琴のことを考えてきた。正直、死神になって永遠に過ごすなんて荷が重かったし、今の自分から解放されたいと思う気持ちもある。でも、真琴がもういいって思うくらいまでずっと側にいてあげたいのも本当なんだ。」


 真琴が顔を上げる。

「本当に私がもういいって言うまで一緒にいてくれるの?」 

「ここまで来たら、どこまでも付き合うよ。今更、好きにしていいと言われても逆に困る」

 オレは真琴に手を差し出す。真琴はその手を掴んで立ち上がった。

「一樹。ありがとう」 

 オレと真琴とは2人顔をて笑い合った。


 真琴は、オレを自由にしてあげなきゃならないと思う心と、ずっと離したくない心を。オレは、自由を求める心と、縛られたい心を。矛盾した2つの心を抱えて、オレたちはこれから何度も揺らぐだろう。

 先のことはわからない。けれども、オレは今、これからの時を二人でいたいと強く思ったのだった。

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