~第二章・ケバブが美味しい季節ですね。~

窓から差し込んだ一筋の光が

まぶたを強烈に刺激する。

不愉快の閾値に達し、ゆっくりと目を開くと

外はスッカリと明るくなっていて、時計の針は既に十二時を回っていた。


ヤべッ!大学遅れる…!


…って今日、日曜か。

危ね…


目を覚まし、いったん今の状況を把握する為

僕は生まれたままの姿でベッドの上にあぐらをかきながら、昨夜の出来事を振り返る。


確か昨日は付き合って以来、彼女と初めての喧嘩をして…

その後、無事に仲直り。

からの朝までR18組体操…

そんで寝落ちしちゃったみたいだな。


…て、あれ?

軽子ちゃんは?


彼女の姿が見当たらない。


洗面所の歯ブラシも無ければ靴も無い。


それどころか、僕の部屋にあった彼女の私物も全て無くなっている。


ん?あれ?

もしかして出ていきました?

昨日、仲直りしたのは夢でしたっけ?


焦りながら部屋中を探し回ると、枕元に2つ折りになったA4サイズの置き手紙を発見。

僕は恐る恐る中を開いた。



《有くんへ


改めて、昨日は少し感情的になっちゃってゴメンね。

私、有くんの正直な気持ちを聞けて凄く嬉しかったよ。


でもね、一つ思ったの。

もしかしたら、私との この同棲生活自体が

有くんにストレスを与えてるんじゃないか、って。


やましいことは一切無いって分かっていても、私が家に帰ってくるのが遅くなるだけで

有くんは また心配になっちゃうよね?


私も、そんな有くんが家で待ってるって思うと罪悪感が生まれちゃうし…

正直、友達と お酒飲んでても全然 楽しくない…

だから、なんというか

やっぱり同棲っていうのは、私達には まだ早かったんじゃないのかな?って思ったの。


だからね…いったん同じオウチに住むのは、やめにしよ?》




…おや?

もしかしてこれ、俺フラれてません?



ガーーーーーーーーーーン!


うわああ゛ああ゛ああ゛ああ!

最悪だああ゛ああ゛あああ!


せっかくあんなに可愛い女の子と付き合えたのに…!

真剣に結婚まで考えていたのに…!


僕が昨日 余計な事を言わなければ…!

もっと彼女の事を信頼して我慢していれば…!


全文を読み終えた僕は

左手で置き手紙をクシャクシャに握り締めながら、すぐさま彼女の携帯に電話をかけた。


別れて欲しくないよぉ…

捨てないでくれぇ…


僕はまるで命乞いでもしているかような か細い声で

男のプライドをゴミ箱ダンクし、彼女を引き止めた。


「え?有くん何言ってんの…?


私、“別れる”なんて一言も言ってないよ!(笑)

だって私、有くんの事

まだ大好きだもん!」



よ、よかったぁ…

僕の早とちりだったぁ…


彼女からの申し出は、置き手紙に書かれていた内容通り

これまで同様、“カップル”という関係は続けながらも

“同棲生活は一旦止め”にしようというもの。


少し寂しい気持ちはあったが

“まだ軽子ちゃんの彼氏でいてもよい”

という目に見えない文字の書かれた透明の権利書を握り締めるかのようにガッツポーズをしながら、僕は安堵の涙を流していた。


「ちょっと、何 泣いてんの~?

もう、有くんったら…(笑)


まぁ、そんな訳で

これからもデートとかは普通にしよ!


それと…何か有くんの寂しそうな声聞いてたら、少し可哀想になってきちゃったから

たま~には

有くんの家へ お泊りに行ってあげよっかな?」


そうして僕達は約一年間に渡る同棲生活に終止符を打ち

これからは しばらくの間


『予定が合う日はデート

たまにウチでお泊り』


という契約で やっていくこととなった。


そして電話を切り、いつもよりどこか広く感じる1Kの室内で

僕は床に大の字になりながら これからの事を考えていた。


きっと僕達は またいつか一緒に住める日がやって来る。

それにもし、僕達がこのまま結婚して夫婦になれば

当たり前の様に同棲をすることになるであろう。


僕は

“彼女を独り占めしたい”

という気持ちが強すぎて

少し焦り過ぎていたのかもしれない。


“自分”

そして

“彼女との これから”

について

僕は少し、一人で見つめ直してみることにした。



「グゥゥ、ギュルルルルルル…」


あ、そういえば昼飯まだだったな…


時刻は既に午後の三時。色々なことが ありすぎたせいか

僕は“食欲”という欲が人間の中には備わっている という事をスッカリ忘れていた。


何か適当に喰いに行くか…


ようやく重い腰を上げ、外に出ようと服を着替えていると「ピンポーン」とチャイムが鳴った。


ん?誰だ?

…もしかして軽子ちゃん!?


僕は彼女が さっそく遊びに来てくれたのではないかと

少しだけ期待に胸を踊らせながら ゆっくりとドアを開ける。


すると そこにはドコか見覚えのある小柄で とても可愛らしい女性が

大きめのタッパーを重たそうに両手で持ちながら立っていた。


「あ、あの、初めまして…!

私、204号室の須藤という者です…!」


204号室…?

あぁ、隣に住んでいる女の人か。


たまにゴミ出しへ行く時などに すれ違ったら会釈するくらいの関係で

名前までは知らなかったな…


「あ、隣の…!

ちゃんとこうして お話しするのは初めてですよね?

僕は205号室の渡壁っていいます!


…で、どうかしました…?」


「あ、あの!これ、お昼ご飯に作ったんですけど…少し作り過ぎてしまったので

よかったら お隣の有さんに

と思いまして…」


そう言って彼女が差し出してきたタッパーの中には

見るからに食べ応えのありそうな“特大ケバブ”が丸々一つ入っていた。


えぇ!?

け、ケバブ!?


ご近所さんが

「作り過ぎちゃったんで よかったら…」

つって持ってくる物の定番って

普通 “肉じゃが”みたいな“煮物”とかじゃないの…!?


僕は少し戸惑いながらも、空腹に負け

ナイス過ぎるタイミングでやって来た貴重な食料を素直に受け取ることにした。


「頂いちゃって いいんですか…?

ちょうど お腹空いてたんですよね…!

ありがとうございます!」


「よかったぁ…!

有さんのお口に合うと良いのですが…


あ、よかったら今度会った時にでも

味の感想教えてください…!」


「もちろんです!食べたら すぐにでも…!

ありがとうございます!」


そして僕は一人、自室へと戻りタッパーを開けた。


…て、あれ?

そういえば“渡壁”と

名字しか名乗っていないのに

何で“有さん”って

僕の名前知ってたんだ…?


…まぁいいか。そんなことより、今は腹ごしらえだ。


多少の疑問は残りつつも

僕は蓋を開けた瞬間 部屋中に広がったスパイシーな香りによって

食欲が勝り、無心で特大ケバブに かぶりついていた。


…!?

う、う、美味っ…!

こんがりと焼けた薄切りのラム肉とシャキシャキの千切りレタスが薄橙色の濃厚なソースに絡み合い絶妙なハーモニーを奏でている…!

ナ、ナニコレ!?

店とかで普通に買うよりも全然 美味しいんですけど…!


僕は飲むようにケバブを完食し

興奮した勢いで すぐさま204号室のチャイムを鳴らした。


「あ、あの!

めっちゃ美味しかったです…!」


「本当ですか!?

お口に合って良かったです…!」


「はい!久しぶりにあんな美味しいもの食べましたよ!

須藤さん、お料理上手なんですね!」


料理を褒められ、とても嬉しそうに微笑む彼女は

何だか小動物の様に とても愛らしく

その笑顔から、僕は食欲以外の“何か”も同時に満たされたような気がした。


今まで関わることが ほぼ無く、こうして まじまじと顔を見ながら話すのは初めてだったが

こんな おしとやかな べっぴんさんが薄い壁一枚を隔てただけの隣に住んでいたなんて…

僕は部屋に戻った後、急に何だか少しソワソワするようになってしまった。


それから彼女は定期的に作り過ぎてしまった食べ物を

僕におすそ分けしてくれるようになった。


「あの…

“バーニャカウダ”

を作り過ぎてしまったので よかったら…」


「あの…

“シェフの気まぐれサラダ”

を作り過ぎてしまったので よかったら…」


「あの…

“国産牛フィレ肉のポワレ 濃厚 粗挽きマスタードと若摘みオリーブのソース、 季節の温野菜を添えて”

を作り過ぎてしまったので よかったら…」


軽子ちゃんという料理上手な彼女が家からいなくなってしまった今の僕にとって

隣人からの差し入れは非常に ありがたいものだった。


…まぁ、作り過ぎちゃうもののクセは謎に強かったけれど。


それから僕達はアパートの玄関ですれ違ったり、借りていた食器やタッパーを返すタイミングで

たまにだが、少しだけ立ち話をするような関係になり

ゆっくりと時間をかけながら、お互いの事を段々と知っていった。


彼女の名前は

須藤 華彩(すとう かあや)

近くの大学に通う大学一年生で、僕の一つ歳下。

地元は東北の方だが、東京の大学へ通う為

春からコッチで一人暮らしを始めたそうだ。


彼女は とても聞き上手で、僕の目をしっかりと見つめながら

丁寧な相づちを打ち、優しい言葉をかけてくれる。

そんな彼女に僕は少しづつ心を開いていき

いつしか軽子ちゃんの事などのプライベートな相談話もするようになっていた。





「今日も彼女さん、飲みに行っているんですか…

確かに、そんな男の子ばっかりの飲み会なんて

彼氏としては不安になるのも無理ないですよね。」


「うん…でも実際は

僕が無駄に心配性なだけなんだけどね…(笑)」


「いや、私がもし有さんの立場でも

きっと同じような感情になると思います。


…でも、どうして有さんはそんな彼女さんの事…

まだ好きなのですか?」


「…え?」


須藤さんは突然、いつになく どこか寂しそうな表情で僕に尋ねてきた。


「有さんのように

誰よりも自分の事を考えてくれる素敵な彼氏さんを大事にしてあげられないなんて

その軽子っていう彼女さん、ちょっとヒドいなって思っちゃいます。」


「い、いや、ヒドいなんて

軽子ちゃんは別にそんな… 」


須藤さんの口調が変わった。

いつもの優しい表情も消え

まるで人が変わったかのように、彼女は僕の話を遮って喋り出すようになった。


「お付き合いしている人がいるのに、その相手の気持ちを完全に無視して

性欲のままに男と夜中まで遊び回って…

そんなの、ただのクソビッ〇じゃないですか!」


「いやいや、〇ッチだなんて そんな…

別に浮気してる訳じゃないんだし…」


「い~や、そんなの もう浮気みたいなものじゃないですか!

こんなに優しい有さんを悲しませたり、不安にさせるなんて本当にヒドい!

軽子さんは最低です!」


その時、僕はまだ結婚している訳でもないのに

何だか身内を けなされているような気がして

知り合ってまだ一ヵ月も経っていない彼女に対し

少し強い言葉を返してしまった。


「…アンタに軽子ちゃんの何が分かんだよ。」


「え?」


「須藤さんに、軽子ちゃんの何が分かんだよ…!


軽子ちゃんは可愛くて優しくて…ちょっと軽いところもあるけど

絶対に浮気なんてしないし、常に俺の事を考えてくれているんだ!

だからビ〇チなんかじゃない!最低なんかでも無い!」


「ゆ、有さん…?

ご、ごめんなさい…

私ったら つい言葉が悪くなってしまいました…


で、でも、彼女が有さんの事を不安な気持ちに させているのは事実じゃないですか…」


「違う…!勝手に心配しているのは僕の方なんだ!

だから軽子ちゃんは なにも悪くない…!」


「…有さん、彼女さんの事になると ちょっとおかしいです。

悪いところも全部、無理に受け入れようとして


…そんな自分自身に嘘をついて無理をするほど

本当に好きな相手なのですか?」


「む、無理なんかしてない…!

分かったような口をきくなよ!


…それに、好きだよ!

あぁ、大好きだ!

僕、渡壁 有は池尻 軽子を愛しています!世界中の誰よりも…!」


野球のルールなんか0、02ミリも知らないくせに、僕は

まるで弟の代わりにエースとして甲子園に出場し、初出場でいきなり優勝でも成し遂げたかのような口調で声を荒げた。


その後、いつもの冷静さを取り戻した須藤さんは

感情的になってしまったこと

そして僕の彼女の悪口を言ってしまったことを謝ってきた。


しかし、その日から僕はアパートですれ違っても目を合わせず

作り過ぎた食べ物を おすそ分けに来ても居留守を使い

彼女の事を自然と避けるようになってしまった。


彼女の言い分も

分からないことは無い。


でも、こんな冴えない僕なんかと お付き合いをしてくれて

平凡で退屈だった僕の人生を、一気に華やかなものへと変えてくれた女神のような彼女のことを

何も知らない他人に“ビッ〇”とまで罵られたことが

僕にとっては心底腹立たしかったのだ。


…しかし、須藤さんは尋常でないほどに しつこかった。


無視しても無視しても懲りずに挨拶をしてくるし

いらないと言っても定期的に食べ物を持ってきては

高橋名人を彷彿させる巧みな高速連打で

チャイムを鬼の様に鳴らし続ける。


その“しつこさ”は

“迷惑”から

いつしか“恐怖”へと変わっていた。


…その頃からだった。

僕の身の回りで“異変”が起き始めたのは…



「あれ、おかしいな…

やっぱ少ない…」


僕はベランダから取り込んだ洗濯物を丁寧に畳みながら、リビングの床で首を傾げていた。


実はここ最近、気のせいかもしれないが

パンツや靴下などといった僕の下着類の数が

日に日に減ってきているのだ。


まさか、下着泥棒…!?


…なんて おこがまし過ぎる自意識過剰な被害妄想はさておき

僕は仕方なく残されたパンツの中から

朝の情報番組の占いで言っていたラッキーカラーに一番近い色のものを履いて

いつものように大学へと向かうことにした。


大家さんが庭で飼っている柴犬の柴山さんに

いってきます。の挨拶し

スクールゾーンにある横断歩道を手を上げながら無邪気に渡る小学生達を横目に

朝ご飯替わりのチョコレートバーを頬張りながら ゆっくりと歩く。


いつも通りの風景。何も変わらない日常。


…二十メートル後方から、謎の全身黒ずくめの不審者に

後をつけられている事を除けば…


あぁ、今日もいるよ…

最近マジで何なんだ…?


黒いズボンに黒いパーカー。

フードを深く被っていて、顔はイマイチ認識できない。


奴は最近、大学へ行く時も帰る時も毎日のように姿を現し

僕の歩行速度に合わせ、一定の距離を保ちつつ後をつけてくる。


なんで職質されないんだよ…!

もう見るからに不審者of不審者じゃん…!


下着の件といい、この黒ずくめ といい

ここ最近、身の回りで不気味な現象が立て続けに起きている。


僕は背後から襲い掛かる えげつない不気味な圧を

イヤホンから流れる爆音のアニソンで かき消しながら先を急いだ。



「不審者に後をつけられてる…?

お前が…?


いやいや…(笑)

さすがに気のせいだろ~


彼女の軽子ちゃんなら まだしも

お前なんかストーキングしたって何のメリットもねぇじゃん…(笑)」


講義と講義の間の昼休み、僕は

中学時代から仲の良かった友人で、今は同じ学部の同級生である

中吉 悠仁(なかよし ゆうじん)に

大学構内の食堂にて、日替わりBランチを食べながら悩みを打ち明けていた。


「いや、それはそうなんだけどさ…

ホントなんだって!

もうここ数日ずっとなんだよ!

それに最近、なぜか外に干してたパンツとか靴下の数も明らかに減ってて…」


「ブーッッ!」


悠仁は飲んでいた緑茶を霧状に吹き出した。


(※そこには綺麗な虹が かかりました。)


「あははははは…!(笑)

え?なになに?

ストーカーに、下着泥棒も…??(笑)


…なにが嬉しくて お前のパンツなんか盗むんだよ(笑)

気のせいだろ気のせい!


あ~おもしれ。

有、やっぱお前おもしれー奴だな…(笑)」


「お、おい! 笑うな!

ったく、人が真剣に悩んでるってのに…」


悠仁は昔から“ゲラ”という病を抱えていて、一度ツボに入ると

抜け出すのに最低五分は要する。


僕は彼の笑いが止まるのを

まるで頬袋にえげつない量のヒマワリの種を詰め込んだジャンガリアンハムスターかのように頬を膨らませながら

ムスーっとした表情で待っていた。


「わりぃわりぃ…(笑)


…でも そんなに心配なら

今日 俺、お前と一緒に帰ってやるよ!

一人じゃ怖いだろ?」


「え…?いいの?

悠仁の家って確か

ウチと真逆の方向じゃなかったっけ?」


「いいって、気にすんな!

俺らは昔からの親友だろ?


それに…本当にそのストーカー?とやらが現れるのか

この目で実際に確かめてみたいしな…」


悠仁は若干のお調子者ではあるが、昔から とても優しい奴で

僕が困っている時はいつも

なんやかんやで力になってくれる。


「悠仁、お前…

やっぱり良い奴だn…」


「あ、でもお前んちから ウチまでのタクシー代は出してね。」


「なんでだよ!!」


…そして午後の講義が終わった後、僕は悠仁と待ち合わせをし、共に自宅へと向かった。


大学を出るとすぐ、どこからともなく

いつものように黒ずくめの“奴”は僕の後ろに現れる。


コンビニや本屋に寄り道をしても、いつもと違う道を通って遠回りをしても

奴はどこまでもピタッと後ろについてきた。


勘違いだと最初は笑っていた悠仁も、どこまでもついてくる奴を目の当たりにして

次第に真面目な表情になっていき、ようやく僕の悩みを信じてくれたようだった。


「有、お前…

家の場所は

アイツにバレてんのか…?」


「いや、いつも家に近づくと

いつのまにか いなくなってて…

家まで ついてきたことは

さすがにまだ無いかな…」


僕達は奴に聞こえないように目を合わせず

互いに前を向きながら小声で会話をした。


「家の場所だけは絶対にバレない方がいい…

目的は分かんないけど

なんかアイツ、ヤバそうな匂いがプンプンする。


…よし、一旦 俺んちに避難しよう。」


「え?避難?」


「こっから少し歩くけど、俺んちで時間を潰そう。


実家で親も妹もいるし、泊まりとかは無理だけど

夜までゲームでもして時間が経てば

さすがにアイツも諦めて帰るんじゃないか?」


「な、なるほど…」


「根本的な解決にはならないけど…とりあえず今日は俺んちに来い。

そこで今後の事を考えよう。最悪、警察に通報を…」


その後、僕は悠仁の家へ お邪魔し

家に入ると同時に部屋中の窓のカーテンを閉め

カーテンの隙間から外を覗く。


奴は家の近くで立ち止まり

ただひたすら玄関の方を凝視しながら

僕が再び家から出てくるのを

今か今かと待っているようだった。


それから僕達は数分おきに外の様子を確認したが

いつまで経っても奴は その場から微動だにしない。

そして一、二時間ほど経過した頃

外では天気予報通り、強い雨が降り始めていた。


「おい…アイツ、まだいんぞ…」


傘もささずビショ濡れになりながら

その場に立ち尽くしている姿を見て

僕は恐怖に怯えながらも、何だか奴が可哀想になってきてしまった。


それから数時間、ゲームや雑談で時間を潰しているうちに

外の雨も止み、気づくと時刻は夜の九時を回っていた。


そろそろ帰らなければ悠仁の家族にも迷惑になってしまう。

僕は帰る支度だけは済ませ、恐る恐る また窓の外を覗いた。


「あ、いない…!」


悠仁の読み通り、奴の姿はそこには無く

さすがに諦めて帰っていったようだった。


「ったく、ようやく諦めたか…


…でも、油断は禁物だからな。

一応 気を付けて帰れよ?

なんかヤバいことあったら

すぐ警察か俺に電話しろよ?」


そうして僕は心配してくれる悠仁を背に一人、帰路につく。





…しかし、いなくなったはずの“黒い影”は

家を出てすぐ、再び

どこからともなく現れたのであった…

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