最終決戦、開幕!

 キュートな瞳を向けて、テルルはシチサブローの指示を待つ。


「テルル、テメエの本当のうまさを知らしめるときが来た!」

「わかった!」


 テルルが、天に向かって吠える。



『さて、伝説のドラゴンへと変貌を遂げたテルル審査員! どのような戦いを見せてくれるのか!』



 こんな状況下にあっても、実況はアナウンスをやめなかった。


「あんたも逃げていいんだぜ?」


 シチサブローが避難を促しても、アナウンサーはマイクを離さない。


『いいえ、私もジャーナリストのはしくれです。最後まで見届ける義務があります!』


 プロ根性を見せているが、アナウンサーの顔からは本音が漏れ出ている。「こんな見世物を、見逃す手はない」と。


 実況の上空には、飛空艇や撮影用のガーゴイルも絶えず飛んでいた。戦闘の行く末を見守っている。


「フン、料理などを作って我が墜ちるとでも思っているのか? 召喚士の試験と違うと言うに」

「それは、料理を見てから言うんだな!」


 挑発してくる魔王を見上げながら、シチサブローは焚き火台を蹴り飛ばす。


 リングが、勢いよく燃え上がる。


 続いて、会場の外に生えている木を切り倒した。


 丸太をテルルが担いで、炭火の上に重ねていく。


「テルル、火力追加」

「おー。ぶほおー」


 大きく息を吸い込んでから、テルルが炭火に向かってブレスを吐いた。

 紅蓮の炎が、難なく丸太を燃やす。


「さて、あとは鉄板なんだがなぁ」


 二刀流に構えた包丁を、シチサブローは胸元で打ち合う。


「シチサブロー、これを!」


 黒魔術協会のリーダーである姉が、多数の部下を引き連れて会場入りした。姉含め全員で、大型の盾を担いでいる。実際に使用するもではない。会場の看板を持ってきたのだ。


「料理をするのだろう? これを使え!」


 黒魔術協会の面々が、燃える丸太を取り囲む。呪文を唱えると、コロシアム周辺の石材が火の周りに集結する。調理台のような形へと。


「おう、ちょうど鉄板が欲しいと思っていたんだ! テルル、調理台の上に乗せてくれ。頼めるか」

「お安いご用」


 テルルが、巨大な盾をリング型調理台の上に置く。


「それと、こいつも必要だろう?」


 さらに姉がよこしたのは、極上のワイン……いや、こいつは。


 これなら、最高の肉が焼ける。


「気が利くじゃねえか、姉貴! こいつで最高の料理を作ってやるぜ!」


 片方の包丁を腰のホルダーにしまって、シチサブローは酒瓶を掴む。


「頼むぞ!」

「応援なんていいから、とっとと市民を避難させろ!」


 姉が引っ込んだところで、シチサブローは一本の包丁を両手に構えた。マグロの解体ショーに使うような、刀タイプの包丁である。テルルにシッポで弾き飛ばしてもらいながら、空高く飛ぶ。


 思わずと言った形で、魔王も構える。


「アホが! 狙いはこっちだ!」


 前転しながら回転をかけていき、シチサブローは降下していった。


「どらぁ!」


 テルルの硬いシッポを切り落とす。


「もういっちょ……っとおっ!」


 返す刀で、ドラゴンのシッポを切り上げた。分厚いステーキの下ごしらえ、完成である。


「これを盾にドーンッ!」


 ドラゴンステーキを、火の通ったシールドへ乗せた。


 ジュワっと、最高の音を立てる。


「あいよあいよ、コショウをファサーっとねぇ!」


 シチサブローが、ドラゴン肉にコショウを撒く。通常は上から専用の容器でふりかける。だが、ステーキのサイズが大きいので風魔法の補助を与えて撒き散らした。


 コショウが、まんべんなく巨大ステーキに降り注ぐ。


 ステーキから油が滴り、シールドの斜面を伝って炭火へと流れていった。またさらにジュワッと音が鳴り響く。


 魔王の喉が鳴る。魔王でさえ、この肉がいかに危険かを理解したようだ。


 盾は実用にも耐えうるよう、緩やかな山型になっていた。本来は、攻撃を受け流すための細工である。この山のおかげで、余分な油分が下に流れてくれるのだ。姉のナイスな判断である。


「姉ちゃん、ありがたく使わせてもらうぜ!」


 シチサブローは、瓶のコルクを開けた。飲めないシチサブローでさえ、高級だとわかる芳醇な香りが漂う。これなら、テルルのシッポ肉をさらにおいしく焼ける!


「それは、神の酒ソーマ!」


 神々しか飲むことを許されない酒の種類全般を、「ソーマ」という。


「大正解だ。しかもこいつはその黒魔術版、蜂蜜酒ミードだぜ!」


 魔王でさえ、このソーマなら欲しがるはずだ。太古の邪神が愛飲していたミード、「黄金の蜂蜜酒」なのだから。


「ただのソーマを飲ませれば、てめえは浄化されて終わりだ。しかし、かつて魔界を作り上げた邪神の好物っとありゃあなぁ!」


 狂おしいほどに、手を伸ばしたくなるに違いない。


「ぬう、よこせその酒をぉ!」


 半狂乱になった魔王が、シチサブローへと手を伸ばす。


「やなこった!」


 ためらいもなく、シチサブローはステーキに残さずブチ込んだ。


「オラオラ、名付けて『邪神フランベ』だぜ! ギャハハハハハ!」

「この罰当たりめ! それがどれだけの価値があると!?」

「知るかボケェ! オレサマの手にかかれば、どんなもんでも料理に使われるんだ! 極上のミードだろうが超える、ミードよりうまい飯を作るまでなんだよっ!」


 ミードの価値など、シチサブローの料理に比べたら屁でもない。

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