詫び石

「本当に申し訳ない」


 会食のテーブルにて、巨乳のダークエルフが協会長に頭を下げた。その様は土下座に近い。彼女は、黒魔術協会側の会長である。この美貌で白髪だらけの協会長と同い年というのだから、世界はよくわからない。


 今夜は、黒魔術界のトップが一席設けてくれた。この店の会計も持ってくれるという。


「この不手際は、我々黒魔術側の責任だ。これで、勘弁願いたい」


 召喚士協会長の前には、大量の魔力石が。それも、レア度の高い品質ばかり。いわゆる「詫び石」というものだ。 もっとも、テルルは目の前に置かれた豪華料理に目を奪われているが。


「食べていい? 黒魔術長」

「うむ、好きなだけ頼むがよい」

「いただきます」


 黒魔術長の了承を得て、テルルが料理に手を付け始めた。ローストビーフが秒でなくなる。


「悪いな姉さん、アンタの顔に泥を塗った」

「よいよい。落ちこぼれといえど、お前はたった一人の弟だ」


 シチサブローも、春巻きをいただく。今後の料理の参考になりそうだ。


「お前の作る料理とは、天と地ほどの差だろうが」

「いや、うまいよ。ありがとう姉さん」

「そう言ってもらえるとありがたいな」


 魔力に特化した種族であるダークエルフの中で、シチサブローは一際才能がなかった。おまけに料理人になると言って、勘当される。


 周りは「料理しか能のないダメエルフ」と、シチサブローをバカにした。

 が、黒魔術の協会長である姉だけは認めてくれている。


「味わっている場合じゃない。早くしないとなくなる」

「まあちょっと堪能させてくれ。味を覚えて帰りたい。お前は自分のペースで食ってろ」

「はーい」


 タワーハンバークを数秒で崩し、テルルは舟盛りを攻めに掛かった。

 まるで街を襲う怪獣さながらである。


 七面鳥の丸焼きを切り分けてもらい、シチサブローは舌鼓を打つ。七面鳥の人生や感情まで、頭に入ってきそうな風味だ。感動すら覚えた。


「それにしても、これだけの価値ある魔法石、我々召喚士協会でいただいても?」


 魔力石は、レア度によって値段もグレードも変わってくる。


 これだけの品々で、目の前にあるワインを何本買えるか。

 シチサブローは、頭の中で勘定してみた。しかし、不毛と考えてやめる。ここまでいくと、農園を数個は持てる値段だ。


 シチサブローの包丁も、鉱石の他に魔法石も粉末状にして練り込んであった。刃の部分に描かれている模様も、魔法石で施してある。


 眼前の石は、最高品質の魔法石で間違いない。金貨で買えるような代物ではなかった。何万体ものイケニエか、島ひとつ明け渡すレベルである。


「構わん。それだけのことをしたからな。それに、この石はすべて、あの貴族から没収したモノだ」

「なんと。これだけの逸品を独占していたと?」

「研究と称して、どこかの秘密結社へ横流しをしようとしていたらしい」


 こってり絞り上げて、情報を吐かせたという。


 悪党ココに極まれり……か。テルルに食われる刺身のように、彼らには死んでもらいたい。その方が、世界のためになるだろう。


「彼らの処置は? あのようなダニがいては、協会にとって不利益を被るじゃろう」

「もちろん除名にした。あの手合いは少々やりすぎだ。あれでも貴族の称号はまだ持っているから厄介だが」


 黒魔術長が、腕を組む。


「ここ最近、貴族共の腐敗が著しい」

「それは、ワシも感じておった。そもそも、規律正しい貴族こそが少ないのじゃが」


 人は権力を持つと、下々の意見を低く認識するモノだ。貴族たちの行いは、普通に思える。だが、ここ数年は顕著だった。


 まるで、わざと貴族たちを弱らせようとしている勢力があるかのように。


 とはいえ、テルルが平らげている料理の材料を管理しているのも、また貴族である。すべての貴族が悪いわけではないのだが、本音を言えばイマイチ信用できない。


「なんらかの意志が、貴族の腐敗に関わっているのではないか。我々も、そう思えてならなかった。そこで、探りを入れているのだが」


 明日は、試験の最終日だ。

 無事で済むに越したことはない。


「して、なにかわかったのかのう?」



「それが、魔王の復活が近いとか」



「なんじゃと!?」




 個室とはいえ、協会長の声は店中に響き渡った。


「ここでは、ほかの客もいる。すまんが静かに頼む」

「ふむ。すまぬ」


 興奮していた協会長が、着席する。


「あくまでも、ウワサのレベルでしかない。だが、くれぐれも用心を」

「うむむぅ」


 食後のデザートもそこそこに、シチサブローたちは解散した。


「姉さん、今度オレの店にも来てくれ」

「感謝する」


 姉と別れ、シチサブローは宿へ向かおうとする。



 宿の前に、一人の少年が立っていた。中年の男性を従えて。

 隣にいるのは、彼の父親だろうか。



 少年の顔に、シチサブローは見覚えがあった。たしか、試験に出ていた召喚士である。サイクロプスにヘッドセットのような拘束具を付けて、反感を買った生徒だ。


「なんだテメエ?」


 ここまで出向くということは、異議申し立てだろうか? 


 少年の側にいた男が、前に出る。手には、試験で使ったモノと同じようなヘッドセットが。


 男が、少年の代わりに口を開く。


「納得できません」

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