ふふふーん

 中一の娘が、滝沢くんの話ばっかりするんである。

「もうね、滝沢、ほんっとムカつく。私のイチゴ・オレ、『ちょっとちょうだい』って、全部飲んじゃったんだよ? 私、一口しか飲んでなかったのに」

 ブフッ。それって……。

「『悪い悪い』てお金返してくれたんだけどさ、だったら自分で買えばいいじゃん? なにがやりたいんだろうね?」

「ねぇ?」 

 ふふ〜ん。

「五時限目なんかさ、私に借りた消しゴム、窓からヒューンって投げちゃったんだよ」

「え? それはさすがにやり過ぎ……」

「でしょ? だからさ、私もキレて『拾って来て!』って言ったの」

 おお、娘、強いな。

「それで?」

「だから、拾いに行ったよ、校庭まで」

「返してくれたの?」

「あったりまえじゃん。『悪い悪い』って返してくれたけどさ。ほんっとバカだよね。小学生じゃあるまいし。なに考えてるんだろうね?」

 ね? 

 ふふ〜ん。


*


 娘が中二になるタイミングで、滝沢くんは引っ越してしまった。

「ほら、九時になったよ。スマホちょうだい」

「え〜。夜九時以降はスマホ没収とか、ウチだけだよ」

「嫌なら解約するわよ」

「む。……はい」

「いっつも、誰とこんなにLINEしてんの?」

「いろいろ。友達だよ」

「彼氏は?」

「いないってば」

 ふ〜ん。


*


 娘の十五歳の誕生日は日曜日。朝からドタバタさわがしい。

「お母さん、このネックレスとトップ、合ってる?」

「うーん。首回りのカットとネックレスの長さが微妙に合ってないかも」

「えー! 時間ないのにぃ」

 時間がないなら、服じゃなくてアクセサリーを変えればいいのに。

 ガタンガタンとタンスを開け閉めする音がする。部屋はそれはすごい散らかりように違いない。

「これは?」と着替えた娘。

「あ、いいじゃない。でも、それだったら、髪下ろしたほうがかわいいかも」

「えー!? ママ、今それ言う?」

「ほら、手伝ったげる」 

 娘の髪をブラッシングしながら、バスルームの鏡に写った娘の顔を見る。

 透明マスカラに色付きリップとな。

 ふふ〜ん。


*


 高校三年の春、娘が三日間、学校を休んだ。失恋したらしい。

「そろそろ、学校に行ったほうがいいと思うんだけど」

「……うん」

「明日から、行けそう?」

「……がんばる」

「滝沢くんだけが、男じゃないよ」

「……は? 滝沢くん?」

「……え?」

「むちゃくちゃ懐かしい名前なんだけど」

「ええ?」

「とっくに別れたよ。高一のとき」

「えええ? じゃあ、失恋の相手は?」

「ママ……、滝沢くんだけが、男じゃないよ」

 ふ、ふ〜ん。


*


 あれから十年、家を出て自立した娘は二十七歳の社会人。

 今日は、久々に帰省してくる。

「パパ、あんまりウロウロされると、こっちまで落ち着かないんだけど」

「やっぱり、鰻でも取ればよかったな」

「えー!? パパ、今それ言う?」

 せっかくちらし寿司作ったのに。イクラも乗っけた豪華版なのに。

「若い男性は、やっぱり鰻とか、肉とか、カロリー高いもんが食べたいんじゃないかなぁ」

「だから、がんばって唐揚げも作ったじゃん!?」

「そ、そうだったな。ママの唐揚げとちらし寿司で満足できんような男は、こっちから願い下げだ! 俺が殴ってやる」

「ま、待って。今、壊れないで。落ち着いて」


 ピンポーン。

 おお、来た〜!

 玄関で靴を脱ぐ娘、いつになくキレイにしてるな。

 あれ? あのネックレス、見覚えが。

「あ、パパ、ママ、ただいま」


 娘の背後に、若い男性が立っている。

 短い髪に紺色のスーツ。

 普段からスーツ着る仕事じゃないのかも。

 なんとなく着慣れてない感じだし、たぶん、髪も切ったばかり。

 今日この日のために、気合い入れてきたのかな。顔がこわばっていて、緊張しているのがひと目でわかる。


「まあまあ、上がって上がって」

 男性が会釈する。娘が後ろを振り返った。

 男性が娘の顔を見て、ふに、と笑う。

 緊張で固まっていた顔が、一瞬、柔らかくなった。

 愛しいものに向ける、優しい笑顔。

 へえ。こんな顔して娘を見るのかぁ。

「初めまして、滝沢です」

 低くハリのある声で、男性が自己紹介した。


 ふふ。ふふふ。ふふふふ〜ん。

 


レビュレーション

①3分後にスカッと!またはじんわり。(スカッとした、またはじんわりと来るラストシーンが楽しめる作品)

②秋の季語を必ず1つ入れる。

③キーワード【スマホ】。【スマホ】というワードを入れる。


秋の季語は「イクラ」にしました☆

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