4:妖怪

「開始は四限終了後、おおよそ十六時過ぎごろ」


 アウトライナー・アプリへの入力速度はやはり高校生が一番である。

 駆馬かけまのタイピング速度は仕事にできるレベルで、普段スマートフォンしか使っていないはずなのになぜそんなにも早いのか疑問は尽きない。以前ぼんやり聞いた話だと自宅のパソコンで小学生時代からチャレンジしていたタイピングゲームが礎にあるのだとかなんとか。


「現場は……三一一教室……ってどこ?」

「第三号館、一階、一番講義室。西グラウンドに一番近い建物トコ

「ああ。ほとんど行ったことないんだよなァ」


 伊川いかわさんにはおいとまいただいて、ひとまず全体の確認。

 スコーンはもう少し残っているので新しい紅茶とともに堪能し、俺は口をはさむだけの簡単なお仕事だ。


「使ってるのはエヌ社製の七ミリ罫線けいせんA4サイズルーズリーフ、同社製2B鉛筆」

「道具は普通だったね。十字書いて、イエス・ノーを書いて……」

「線に沿って鉛筆重ねて、召喚呪文コール

「参加者もきっちり書いとけよ?」


 ぱたぱたとキーボードの音は小気味良い。

 俺は改めて伊川さんが残したメモをのぞきこんだ。

 教室番号と部屋のレイアウト、参加者は男子三人・女子三人の計六人。


「依頼者の伊川さん、発案者の秋坂あきさか万希まき、被害者の吉野よしのあゆと富岡とみおか礼音れおん、残りの参加者は飯原いいはら将彦まさひこ鳥羽とばめぐみ

「鳥羽ってひと、名前の字面で女の子と勘違いしちゃいそう……」

「おっと、偏見は良くないぜ? 結構男女どっちでもありえる名前だ」

「この時代、性別云々自体がもうナンセンスだな」


 伊川さんを含めたこの六人は、普段から行動を共にしているメンバーだという。講義のない間、時間の合うもの同士で集まってはおしゃべりをしているそうだ。

 残念ながら学年も学科も違う相手を知る機会がオカルト部に限られる俺には、全員心当たりのない相手である。

 次未は黙って考え事をしている。

 つんと閉じられた唇がかわいくてキスしたくなる。まあ、俺は自他ともに認める腰抜けなのでファーストキスもまだなのだが。


「はあかわいい。キスしたい」

「まだしてねえのかよヘタレ」

「ちょっ、ここでするのやめてよ粕谷かすや先輩。目のやり場に困っちゃう」

「はいおこちゃまァ。多感多感!」

「うっさいなあ。青葉あおばとはちょっとずつ進めていくつもりで──じゃなくて! えーっと次は席順ね!」


 真っ赤になった高校生である。おお、十代のかわいげよ。

 駆馬は新しいルーズリーフを用意した。最近は写真を撮るだけでデータ化できる便利な紙がある。レポート作成にもありがたいやつである。

 テーブルをデフォルメした長方形スクエアと、それを囲むように名前を書き込んでいく。


「北から順番に、富岡、秋坂、吉野、飯原、伊川先輩、鳥羽……うーん、どういう順番?」

「適当に座ったんじゃねーの? そこまで深く考えなくね?」

「そこに答えがあるかもしれねえから書き残してるんだよ」


 些細なことから事情を把握するのが推理の鉄則だとか。

 こういうところは君平きみひらに任せるのが一番いい。提出先が求めることをきちんと把握しているのだ。

 俺は前線部隊なのでお菓子をつまむだけである。


「全然わかんねえ」

「けっこうバラバラな座り方だよね。ぱっと見てわかることとかある?」

「うーん……吉野あゆって子は男嫌いかもしれない、くらいか」

「え、なんで?」

「秋坂万希とは離れてないのに、飯原将彦とはひとりぶん以上のすきまをけてるように見える」


 君平がルーズリーフを指さした。吉野と飯原の空白をつん、とつつく。


「単に飯原個人が嫌いなのかもしれねえけど」


 ぽっかり空いたすきま。

 最北の富岡を起点に左右へ座った、と解釈すればそこまでの違和感はないが、確かに少しばかり妙な空きである。


「同じグループ内で個人に差をつけたらかなりヤなひとになっちゃうよ」

「だよなあ。次未にやられたら死にそう」

「そんなことしない」

「はい天使」

「要。あんまりふざけるなら怒る」

「ふざけてない、本気で思ってる。いつも言ってるだろ」

「もう……」

「あーあーやめようこの雰囲気! どこもかしこもカップルばっか! リア充はそと、オカルトはうちー!」


 駆馬がばたばた暴れるので雰囲気ぶち壊れである。恨みはしないが、うーん残念。

 残念なのでお茶を飲む次未に癒されておく。白い手首がカーディガンからすらりとあらわれると、ティーカップの向こう側で可愛らしく曲がる。良い。


「逆に。吉野あゆが秋坂万希にべったりとも解釈できるな」

「特別仲がいいとそんな感じだよな。同性同士だからそこまで気にならんのかもしれんが」

「それがこの件にどう関係するの?」

「わからん」


 うん、お手上げである。


「手順に妙なところもほとんどないんだよねえ。強いて言うなら、六人でやってることくらい?」


 チャーリー・ゲームは基本的に四人でやるものだ。とはいえ、ネット上にはそのルールを守らないものも多い。とにかくやってみることが目的であることが大半だからだ。

 そしてたいていルールを守らなければ儀式は失敗に終わる。ここでいう失敗は、何事も起こらないことだ。

 伊川さんたちの儀式は何かがおりてきて『NO』を示したのだから、これは成功の類になる――本当に何者かがおりてきているのなら、の話だが。


「そもそも伊川先輩には何も憑いてなかったんだよね?」

「うん。何も」


 そう。次未が視たかぎりでは伊川さんに霊的な影響は起きていないのだ。今朝見えたという何かは、少なくとも今の時点で彼女に憑りついているわけではない。

 となるとやはり吉野あゆが一番の特記事項になるだろう。


「富岡ってひとの症状はストレス発作っぽい。それ以外にめぼしいものと言えばその黒い影なんだけど……触られる上に伊川先輩にも見えたっていうなら、普通ほかのひとにも見えるものだと思うんだよねえ」

「どういうことが考えられる? ある条件がそろったときにしか見えない、とか?」

「あるいは、常にそばにいるわけじゃない、とか」

「『NO』を示したものと黒い影がイコールとは限らない」


 次未の言葉によって静寂が下りた。

 少しして、なるほど、と月並みな感嘆が洩れる。


「ふたつのものが一度に呼ばれた可能性があるってことか」

「その可能性もある。それに、呼ばれたものが集めたという可能性も」

「呼び合うっていうもんなあ」


 霊的なものは呼び合う。

 次未いわく霊だけとは限らないらしいが、ともあれ多くの場合、意思のあるものはらしい。ちからのためであったり、寂しさを埋めるためであったり、理由は様々ながら──そこにひとつとひとつがあれば、ふたつになりたがるものだ、と。

 俺が次未がいないと生きていけないのと同じように。

 しかし、俺が死んだら次未にべったりになるんだろうか。もしそうなったとして、もし嫌がられたら、うん、死んでしまう。その時にはもう死んでるはずだが、メンタル的に。


「なあ、次未はどう思ってる? まず危険があるか、ないか」

「当事者たちに危険はないと思う。三日も経っているのに黒い影の行動がエスカレートしていないから」

「でもすこしずつ影響が出るパターンだってあるよ?」

「その場合、標的が変わるのはずっと後のこと。それに、もっとべったりくっついていることがほとんど」

「じゃあ、どうすればこの現象は解決できると思う?」

「妖怪を」


 頬にまつげの影が落ちる。


「妖怪を見つければ、すぐ終わる……」

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