第40話 新天地へ




 ギルドから指定された日の早朝、ニャウたち四人は、まだ夜が明ぬうちに街の北門までやってきた。

 彼らの後ろに並んでいるのは、四頭の虎魔獣だ。そして、その虎の背中にはそれぞれ一匹ずつ子猫がちょこんと乗っていた。

 ミャンたちは、前足と後ろ足を折りまげ、お腹を虎の背中にぴたりと着けている。朝がまだ冷えるこの時期、虎の背が暖かいからか、そこに乗るミャンたちは目を細めている。


 一方、ニャウたちはといえば、昨夜遅くまでパーティ名について議論しいたうえ、初めての指名依頼にテトルが興奮してしまい、予定されていた時刻より早く仲間をたたき起こしたため、ニャウ、バックス、タウネの三人は睡眠が足りないのか、しきりにあくびをしている。


「ううう、寒い! ほら、北門まで来たはいいけど、まだ誰もいないじゃない! やっぱり早すぎたんじゃない! こんなに眠くて、護衛の最中に居眠りしちゃったらどうするのよ!」


 朝には強いタウネだが、テトルの起こし方が悪かったらしく、ひたすら機嫌が悪い。

 

「俺たちが護衛する人って誰なんだろうなあ」


 そんなことを言うバックスは、元々細い目がまだ半分しか開いていない。

 大盾を北門の扉に立てかけると、おおきなあくびをした。


「おい、そんなところに盾を置くんじゃ――ひっ、と、虎っ!」


 門の脇にある番小屋から出てきた中年の衛士がバックス少年をとがめようとしたが、途中で少年の後ろに並んだ虎魔獣に気づき、腰を抜かしてしまった。


「ご、ごめんなさい」


 叱られたバックスは厳つい顔をしょげかえらせ、大楯を手にとり謝ったが、魔獣が怖くてぶるぶる震えている衛士は、彼の言葉など聞いてなどいなかった。

 

「あのう、この子たち、私たちが飼ってる従魔なんです」


 慌てて駆けよったニャウが、強ばった顔の衛士に頭を下げる。 


「と、虎が従魔……ホントに従魔なのか?」


 衛士はニャウの言葉を聞いても、まだ信じられないのだろう。おびえた顔で虎の方を見ている。


「ええ、この赤い首輪が従魔の印なんです。冒険者ギルドで着けてもらいました」


「そんなら最初っからそう言えよ、まったく! 驚いちまったじゃねえか! お、なんだ、このちっこいのは?」


 虎の背から降りた子猫ミャンに前足で膝をぽんぽんとされ、ようやく緊張が解けた衛士がニャウを叱る。彼女が説明する間もなく、この男が勝手に腰を抜かしたのだが、まだ若い四人に恥ずかしいところを見られたのが、よほど恥ずかしかったのだろう。


「ラムダ士長、どうされたのです?」


 番小屋から顔を出した若い衛士が、石畳に腰を下ろした形の先輩衛士に声をかけた。


「ちょ、ちょっとつまづいただけだ。それより、お前は開門にとりかかれ」


「はっ!」


 若い衛士は、門の脇に設置された大きな十字型のハンドルに両手を添えると、腰を落としそれを押しはじめた。

 組みあわされた歯車が、ぎちちと鳴る。

 軋むような音を立て、北門の大きな扉がゆっくり左右に開きはじめた。

 扉が半ばまで開いたところで、教会の鐘が聞こえてくる。

 夜明けを告げる一の鐘いちのかねだ。 


 門の扉が大きく開き、鐘の音が鳴りやむと、今度はひづめの音が石畳を打つ音が聞こえてきた。

 トナカイに似た四つ足の魔獣が二頭、幌つきのの荷車をひき近づいてくる。

 御者台には、革鎧を身につけた小柄な男性が座っていた。その頭には平べったい緑色の帽子がのっていた。


「「「ダカットさん!」」」


 荷車を門の前に停めた男が御者台から降りてくる。  

 見知った先輩冒険者の登場に、ニャウたちが驚きの声を上げた。

 

「おはよう、みんな。王都までの護衛任務、僕も同行するからね」


「「「えっ!?」」」


 少年少女の驚きは、目的地が王都であったこと、そして自分たちだけだと思っていた任務にベテラン冒険者が加わることによるものだった。


「実はね、今回の護衛対象、ちょっと訳ありなんですよ。ギルドから指示されましてね」


「ダカットさんも指名依頼なんですか?」


「いや、ちょっと違いますよ、タウネ君。それより、君たちの護衛対象が来たみたいだよ」


 通りに姿を現したのは、四頭立ての立派な客車だった。

 この世界の「馬車」は、トナカイに似た魔獣がひいている。白い客車に描かれた紋章は、貴族であることを意味している。

 御者である初老の男も、銀髪を短く整え、小ざっぱりした身なりをしていた。

 客車の周囲には騎乗した騎士が五人いて、そのうちの一騎が門の前まで進むと大きな声を上げた。

 

「開門!」


 門はすでに開いてるわけだから、騎士が発した号令は形式的なものに過ぎなかった。

 街並みの向こうから差してきた朝の光に、騎士の鎧が銀色に輝く。

 テトルとバックスは、そんな騎士の姿を憧れの目で見つめていた。

 さて、その騎士だが、ニャウたちの前まで来るとピタリと騎獣を停めた。

 兜のおもてを上げているから、驚いた顔が見えていた。

 

「おい、なんだそれは!? 虎の魔獣ではないか!」


「トーラスさん、こいつらがギルドから派遣された護衛パーティですよ。四頭の虎とその背に乗った小さな魔獣は、彼らの従魔なんです」


 騎士の質問には、ダカットが答えてくれた。

 どうやら、騎士と面識があるらしい。


「騎士様、護衛任務を任されたパーティ『あらぶる』です。よろしくお願いいたします」


 タウネは、決まったばかりのパーティ名を誇らしげに告げた。


「うむ、そうか。だが、ダカット。この者たち、護衛としては若すぎやしないか?」


「先日、魔獣の群れが街に近づいた事件がありましたよね。あの時、地竜に対処したのは、こいつらなんですよ」


「なんと! 聞きおよんでおるぞ! あの件で街を救ったと噂になっている冒険者は、お前たちだったか! よくやってくれた!」

   

 騎士は、わざわざ騎獣から降りてニャウたちに深く頭を下げた。

 少年少女四人は、あこがれの騎士から最上級の礼をもらい、まともに返事もできない。

 別の騎士が近づいてきて、やはり虎を見て驚いたが、先ほどの騎士が従魔の説明をしてくれたので、ニャウが説明をくり返す必要はなかった。

 騎士の一人が白い客車の窓に張られた布越しに、なにか話しかけている。きっと虎魔獣のことを主である貴族に報告したのだろう。

  

「テトル君、君たちは従魔とこっちに乗ってください」


 幌つき荷馬車の御者台に戻ったダカットが手招きする。

 荷台に『あらぶる』の四人が乗りこみ、続いて子猫を背にのせた虎魔獣が跳びのると、荷馬車が動きだした。


 ニャウは、虎の頭を撫でながら遠ざかっていくタイラントの街を眺めていた。

 彼女にとって、物心ついてから街を離れるのは初めてのことだ。

 次第に小さくなる石造りの外壁、その上に突きだしている精霊教会の鐘楼。

 天職を得た時のこと、塔から落ちた時のことが心に浮かんでくる。そして、孤児院のみんなと過ごした日々も。

 少女の大きな目からは、いつの間にか涙が溢れていた。

  

「みゃん?」

「なう?」

「みい?」

「にい?」


 子猫たちは、いつもと違うニャウの様子に気づいたのか、彼女の膝に集まると、鼻をひくつかせ心配そうに顔を見上げている。

 

「みんな、心配してくれたのね。大丈夫よ、悲しくて涙が出たわけじゃないの」


 そう、王都への旅は、彼女にとってきっと新たな門出になるのだから。

 少女は子猫たちの頭を撫でながら、遠ざかるタイラントの街をいつまでも眺めていた。 




『あらぶる』第一章 完

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あらぶる ~猫のいない世界で【猫】という天職に目覚めました~ 空知音 @tenchan115

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