第7話 二匹目

 依頼を達成した報告と薬草のうけ渡しにギルドまで行かなければならないのだが、それはテトルたちにまかせ、ニャウは一人で孤児院まで帰ってきた。すると、孤児院の前で膝を抱えうずくまっていたララナたちが駆けよってきた。


「あっ、ミャンだ! ねえ、どこ行ってたの?」


 ミャンを撫でるララナの頬には、うっすら涙の跡がある。

 世話をしていたミャンが急に姿を消したから、泣いてしまったのだろう。

 同室の少女たちからいつものお帰りを言ってもらえず、ニャウは少なからぬ寂しさを覚えていた。


「ミャン、元気でよかったあ!」


 小柄なリンが背伸びすると手を伸ばし、ニャウが抱く小動物に触れた。

 

「あのね、ミャンがぴかりって。それで消えちゃった」


 ネムがニャウの膝に抱きついてきたが、その説明は要領を得ない。

 もしかすると、ミャンが光ってから消えてしまったと言いたいのかもしれない。


「ねえ、ララナ。ミャンがいなくなった時のこと見てなかったの?」

  

「見てなかったよ。だからあちこち探しちゃったの」


 よほど苦労したのだろう。ララナがまた泣きだしそうな顔をしている。


「リンも見てなかったの?」


「ミャンがいなくなったとき? 見てないよ。だから、ララナと一緒に探したの」


「そう、じゃあいなくなるのを見てたのはネムだけか」


 ニャウは三人を連れて部屋に入ると、冒険者カードを確認してみた。


「ステータス」


******************************

ニャウ Lv2↑

天職:【猫】

年齢:12

スキル:【猫召喚】

猫スキル: 【ことば】MEW!


******************************


 メイリンの話だと、レベル1の冒険者でステータスの平均が10程度という話だから、戦闘に必要とされる、生命力と攻撃、防御はそれとくらべて低いものだ。

 それでも、魔力以外のステータスは少しずつ伸びていた。

 それにしても、知性と俊敏、そして魅力の数値はやけに高かった。


「あれ? スキルが増えてる」

  

 新しく【猫スキル】という項目ができ、そこに【ことば】という見慣れないスキルがある。

 

「その後ろの文字は、読めないわね。たぶん『新しく増えた』ってことかしら。

 もしかして、東の草原でゴブリンのロタ君と話ができたのって、このスキルのせいなのかな?

 そうだ。それから、あの時は、助けを求めたらミャンが来てくれた。あの能力って、いつでも使えるのかしら?」


 ニャウは自分の能力スキルを確かめてみることにした。

 

「ララナ、ミャンを抱っこして自分のベッドに座っててくれる?」


「うん、いいよ。ミャンちゃん、こっちへおいで。抱っこしたげる」


 ララナがミャンを抱いて向かいのベッドに座ってから、ニャウは言葉を発した。


「ミャン、こっちへ来て」


 ところが、いくら待ってもなにも起こらない。

 あの時は孤児院から東の草原まで移動できたのに、こんな近くにいて何もおこらないのは納得がいかない。ニャウは、そう思った。


「うーん、なんでだろう?」


 東の草原でミャンが現れたときの様子を思いうかべてみる。


「あのときはゴブリンに襲われて、無我夢中で助けてって感じだったんだよね。もしかすると……」


 こんどは、強く気持ちを込めて呼んでみる。


「ミャン、ここに来て!」


 そのとたん、ララナに抱かれているミャンの体が光に包まれた。

 そして、その光が消えると同時に、ニャウの前に光の玉が現れる。

 白い光は凝縮されたように小さくなり、それが消えるとニャウの膝にミャンがちょこんと座っていた。


「「「うわあ!」」」


 驚くべき瞬間移動を目のあたりにして、子どもたちから歓声が上がる。

 ニャウはすかさずステータスを確認するが、特に変化はなかった。

 ミャンを自分の所へ呼びだすこのスキルは、魔力をつかわないのかもしれない。


「すごいスキルだわ!」


 調子に乗ったニャウは、かつての失敗を忘れ、その言葉を口にしてしまった。


「もしかしたら、もう一度【猫召喚】したら、またミャンのような――」


 抱いているミャンの隣に光の玉ができた時、すでにニャウは魔力切れで意識を失っていた。

 

「あっ、ニャウねえ、また寝ちゃった!」

 

 ニャウの体がぐらりと傾き、倒れかけるのをララナが支えた。

 彼女は、ニャウが小動物の上に倒れないよう、ゆっくりとニャウを横にすると上から毛布を掛けた。

 その間に、光の玉からは、形も大きさもミャンとそっくりな生きものが現れていた。

 小さな頭には、ぴんと立った三角耳が二つ。そしてにょろりと長い尻尾。

 ただ、その色だけがミャンと違っていた。

 黒かったのだ。

 この世界には月が二つあるが、その二つともが空にない『黒夜こくや』という夜がある。

 小動物は、まるで黒夜の闇のように黒いのだ。


「なう」


 小動物にもそれぞれ個性があるのか、今度の個体はやや低い声でそう鳴いた。


「うわあ、ナウだあ!」


 鳴き声を聞いたネムが、新しい小動物にさっそく名前をつけてしまった。


「うわあ、まっ黒だね。クロちゃん?」


 そう言ったリンだが、彼女の意見はすぐにネムに否定されてしまう。


「ちやうちやう! ナウなの!」


 かわいい妹分からにらまれ、リンは自分がつけた名前をあっさり捨てた。


「私はリン。ナウたん、よろしくね」


 ララナが黙っているのは、さっそくナウを撫でるのに忙しいからだ。

 この後、寝坊して夕食に現れなかったということで、ニャウはシスターからお叱りを受けることになった。

 二匹の小動物を飼うことについては、ニャウと同室の三人が責任をもって面倒をみるということで、なんとかシスターからお許しが出た。

 幼いネムが涙目でお願いしたのが功を奏したのかもしれない。

 どうやらこの孤児院で一番の権力者は、シスターではなくネムのようだ。


 ◇

 

 翌日、ニャウが目を覚ましてから調べてみると、ステータスに次のような変化があった。

 

******************************

ニャウ Lv3↑

天職:【猫】

年齢:12

スキル:【猫召喚】

猫スキル:【ことば】 

     【ねこしらべ】MEW!

****************************** 


 レベルが一つ上がり、喜んだニャウだが、魔獣も倒していないのにレベルが上がったことを不思議には思わなかった。

 彼女には、冒険者としての常識が欠けていたのだ。


 そして、新しく手に入れた【ねこしらべ】スキルによって、【鑑定】スキルで調べてもわからなかった、ミャンたちのスキルが見えるようになった。

 小動物を視界に入れて「スキルが知りたい」と思うだけで、その子の頭の上にスキルが浮かびあがる。

 ただ、ステータスまでは表示されなかった。

 レベルが上がり、新しいスキルを手に入れたらそれも見えるようになるかもしれない。


・ミャン 

 レベル2↑

 【いやし】【ことば】 


・ナウ Mew!

 レベル1

 【いやし】【ねこしらべ】


 こうして【ねこしらべ】の能力を得てわかったことがある。おそらくこの小さな生きものはそれぞれが【いやし】のスキル以外にもう一つの固有スキルを持っているらしいこと。それぞれが持つ固有スキルは、ニャウ自身も使えるようになるらしいこと、この二点だった。


 天職を得た時は周囲からひどい言葉を投げかけらたこともあり、劣等感にさいなまれたニャウだったが、ミャンとナウが来てくれたことで、そんな気持ちはすっかり消えてしまった。

 少女は、授かった天職が持つ可能性にようやく気づいたのだった。 


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