猫の秘密

第8話 次の仕事


 黒い小動物が現れた次の朝、ニャウはパーティ仲間とギルドを訪れていた。

 ミャンとナウは、二匹が満足するまで撫でてあげてから、ララナたち年少組に預けてきた。

 まだ夜が明けきらない時間なのに、ギルドホールの掲示板前は多くの冒険者でごったがえしていた。

 

「う~ん、なぜか薬草採取の依頼がないわね」


 昨日の依頼で思いのほか多くの報酬を手にしたタウネは、いかにも残念そうだ。

 彼女が得た薬草採取の報酬は、銀貨二枚(約二万円)にもなった。律儀な彼女は、銀貨一枚をシスターに渡し、あと一枚は鍛冶師ローガンへの返済にあてる気でいる。

 

「俺たちが昨日あれだけ薬草を採ったから、依頼が終わったのかもな」


 冒険者として先輩のテトルは、薬草採取の依頼がないことを知っても、さほどがっかりしていないようだ。


「なんだよ、ペット探しの依頼しかないのかあ」


 一方、バックスの厳つい顔には不満が浮かんでいた。この少年はおとなしい性格のくせに、魔獣討伐こそ冒険者の本分だと考えている節がある。 

 四人がどの依頼にするか決めかねているうち、ニャウの肩を後ろから叩いた者があった。

 

「あっ、メイリンさん、お早うございます」


「お早う、ニャウさん。今日はミャンちゃんを連れてきてないのね。撫でさせてもらえると楽しみにしてたのに」


「またそのうち連れてきますよ。新しい子も従魔登録したいですから」


「えっ?! 新しい子って、またかわい子ちゃんを召喚したの?」


「かわい子ちゃん……ええ、まあ召喚しました。今度は黒い子で、ナウっていうんですよ。ミャンにおとらず、撫でるとすっごく気持ちいいですよ」


「黒い子ですって! うわあ、見てみたい! なでなでしたいなあ。

 あ、そうそう。今日の依頼は、あのペット探しを選ぶといいよ」


 メイリンは、壁に張りだされている依頼書の一枚を指さした。

 

「なんでペット探しなんすか?」


 ニャウとメイリンの会話を横で聞いていたバックスが、納得できないという顔で口をはさむ。


「ニャウさんが召喚した、あの動物の名前がわかるかもしれませんよ」


 それを聞いたタウネが不思議そうに尋ねた。


「ペット探しをすれば、ミャンちゃんがなんの魔獣がわかるんですか?」


「そういうわけではないけど……とにかく依頼を受けてごらんなさい。

 それと依頼主のところへは、私からの手紙を持っいってね。すぐ書いてあげるから」


「しょうがないか。いい依頼もないし。みんな、ペット探しの依頼でいいか?」


 テトルがパーティメンバーに確認をとる。


「ああ、しかたねえな」

「ニャウのためになるんなら、報酬は安くていいかな」

「みんな、タウネ、ありがとう」


 四人はメイリンが手紙を用意するのを待ち、依頼書に書いてある住所へと向かった。

 

 ◇


 依頼書の住所に到着してみると、そこは街の中央広場近く、大通りに面した小ぎれいな店舗だった。

 軒先からぶら下がっている看板には、草花と容器の絵が彫ってある。どうやら薬師くすしの店らしい。

 扉を開くと、店中には独特の香りが漂っていた。ニャウは天職【猫】の力により、その中に昨日採集した薬草の匂いを嗅ぎわけていた。

 

「こんにちは。ギルドから来ました」


 誰もいないカウンターの奥へ、テトルが声をかける。

 カウンターの後ろに吊るしてある草木染の布をはね上げ現れたのは、ニャウたちと同い年くらいの少女だった。

 長めのブロンドを編んで、肩の両側に垂らしている。そばかすだらけの顔には、心配そうな表情が浮かんでいた。生成りの長袖に、胸まである茶色い前掛けをしていた。

 ニャウは、メイリンから預かった手紙を差しだした。


「あ、これっておばあちゃんの名前です。でも依頼を出したのは私なんです」


 手紙の宛名を見た少女が、少し戸惑っている。

 なぜ祖母への手紙を受けとったかわからなかったのだろう。


「私、ナディって言います。探してほしいのは、私のクラッピィちゃんです」


「ええと、そのクラッピィちゃんっていうのは――」


「レッサーサラマンダーの子供です。まだこれくらいの小っちゃな子なんです。

 急にいなくなっちゃって……もう三日もたつんです。私もう心配で心配で……」 


 少女が広げた手の幅は、ミャンなら三匹分はありそうだった。

 テトルは、ひきつった顔で彼女に問いかけた。

 

「小っちゃなねえ……。ところで、レッサーサラマンダーってことだけど、そいつ火なんて噴かないだろうね?」


「はい、噴きませんよ。サラマンダーならともかく、うちの子はレッサーですから」


 そのとき、思案顔のニャウが会話に割ってはいった。


「そのクラッピィちゃんの匂いがついたものってありますか?」


「えっ、ニャウったら、なんでそんなことを?」


「ここは、私に任せておいて、タウネ」


「匂いのついたもの……ああ、ありました! すぐ取ってきますね!」


 ナディは扉がわりに吊るしてある布を手で払いのけ、カウンター奥へ駆けこんでいった。

 間もなく戻ってきた彼女は、大人の二の腕ほどありそうな大きな骨を抱えていた。


「これ、クラッピィちゃんのお気に入りなんですよ。いつもこれをガジガジかじってるんです」


 カウンターに置かれたそれは、なんの骨か知らないが、ごとりと重い音を立てた。  

 よく見ると、骨のあちこちに鋭い歯型がついている。

 

「ちょ、ちょっと! そのトカゲって、人に噛みついたりしないわよね?」


 そう言ったタウネは、自分がトカゲに噛まれたところを想像したのか、顔が強ばっている。

 

「大丈夫ですよ。クラッピィちゃんは人に慣れてますから。この店に来るお客さんたちにも、すごく可愛がってもらってるんです」


「それ本当でしょうね?」


 そう念を押すタウネは、あまりトカゲの類が得意ではないらしい。

 ニャウはカウンターに置かれた骨に鼻を近づけくんくん匂いを嗅いでいたが、やがてパンと両手をうち鳴らした。

 

「よし、その子の匂いは覚えたわ」


「ニャウ、お前ってそんなに鼻がよかったっけ?」


 疑いの目を向けているテトルは、ニャウの言葉を信じていないようだ。

  

「昨日、私だけたくさん薬草採ったでしょ。秘密にしてたけど、あれって匂いで嗅ぎわけてたんだ」


 ニャウの言葉を聞いて。、テトルはもちろんバックスも驚いたようだ。むしろ驚きすぎて、少し引き気味だ。

 

「おいおい、昨日お前が言ってた、薬草の匂いが嗅ぎわけられるっての、ありゃマジだったのかよ」


「う、うん、そういうこと。でも、薬草の時と違って、今度はうまくいかないかもしれないけど」


 ニャウは生来の弱気が顔をのぞかせたようだが、こんな時に励ますのはタウネの役目だ。


「自信持ちなよ、ニャウ。天職の影響かもね。役に立つ天職でよかったじゃないか」


 彼女は、天職のことでニャウが落ちこんだことを、いまだ気にかけていた。

 頼りになる友達であり、お姉さん役と言えるだろう。 

 

「ありがとう、タウネ」


 涙目のニャウがタウネに抱きつく。やはり持つべきものは、頼れる友達のようだ。

 

「あのう……」


 遠慮がちに声をかけたのは、カウンターの向こうで待たされていたナディだ。


「私の依頼、引きうけてもらえるんでしょうか?」


「ああ、待たせてすまない。もちろん、依頼は受けさせてもらう。ニャウの言うとおりなら、今日中に見つかるかもしれないな」


「こら、テトルにい! いい加減な言葉でナディさんに期待をもたせないでよ。

 私たち、責任を持って探しますが、その子が見つからないことも考えておいてください」


 タウネが先走ったテトルをたしなめる。テトルはパーティリーダーとしてどうも頼りにならないようだ。


「……わかってます。どうか、少しでも早くクラッピィちゃんを見つけてあげてください。今頃きっとお腹を空かせていますから」


 ナディは、カウンターに額がつくほど頭を下げた。


「よし、みんな、フラッピィを見つけるぞ!」

「ブラッキーじゃなかったっけ?」

「いや、ガジガジちゃんじゃなかったかしら?」


 おしゃべりを始めた仲間に、ニャウだけが困惑顔になる。

 

「いい加減にしてください! 彼女の名前はクラッピィ、クラッピィちゃんです!

 とっとと探しにいって! さあ早く!」

    

 堪忍袋の緒が切れたナディによって、四人は店からたたき出されてしまった。

 こうして、ペット探しの仕事クエストが始まった。


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