第5話 初めての冒険と子猫の活躍(一)


 職人区にある『鍛冶屋ローガン』で防具を整えたニャウたちは、翌日からギルド裏にある訓練場で木剣をつかった戦闘訓練を始めた。

 訓練は、一人一人でするだけでなくパーティとしての戦闘陣形も試している。その結果、次のような位置決めをした。

  

 前衛 バックス

 中衛 テトル

 後衛 タウネ


 まだどんな戦闘スキルがあるか分からないニャウは、他のみんなにポーションを渡す役目となった。


 ところで、ニャウがどこからか呼びだした白い小動物は、『ミャン』と名づけられた。名づけ親はネムだ。最初の鳴き声から名前を取ったそうだ。そのときニャウは魔力切れで気を失っていたから、最初の鳴き声など聞いていないのだが。


 そして、テイマー職の人たちにならって、ミャンを従魔として登録した。これはギルド受付のメイリンからそうするようアドバイスされたからだ。彼女は、ミャンが『猫』という魔獣じゃないかと予想していたが、真偽のほどはまだわかっていない。

 それというのも、【鑑定】のスキルを持つギルド職員に頼んでミャンを調べてもらったのだが、なぜかなんの情報も得られなかったのだ。

 小動物を鑑定できないことなど今までなかったそうで、メイリンはますます【猫】という天職に興味を持つことになった。


 ◇


「ふう、今日の練習はこのくらいでいいかな。まだ本格的な戦闘なんて起こらないないだろうからね」


 手の甲で額の汗をぬぐったテトルが、武器を振る練習をしているニャウたちに声をかける。

 武器は、すでに木剣から本物へと持ちかえている。


「そうね、最初にくらべると、だいぶ剣が手になじんできたかな」


 タウネは何気なく言うが、彼女の上達はテトルの予想をはるかに超えていた。上位職である【聖騎士】が及ぼすステータス補正は、なかなか侮れないものがあるのだ。

 まだレベルが低いため治癒魔術は唱えられないが、魔術まで手に入れたならとんでもないことになりそうだ。


「う~ん、どうも大楯の使い方がピンとこないんだなあ」


 納得できずに首を振っているのは、盾職のバックスだ。最初という事で、腰に差してある剣は抜かず、両手で大楯を扱っている。


「敵からの攻撃あってこその盾だからな。

 今のところは、それでいいんじゃねえか」


 バックスを慰めたのはローガンだ。鍛冶師としての仕事があるだろうに、わざわざ職人地区からギルドの訓練場まで足を運んで、四人に武器の使い方を教えてくれている。


「問題は、嬢ちゃんだなあ」


 彼が心配しているのは、残る一人、ニャウのことだ。

 腕力のない彼女は、武器として軽いナイフを選んだのだが、それでも力が足りずうまく振ることができていない。 

 ローガンはニャウに近づくと、小さな鞘を差しだした。


「これは投擲とうてきに使うダガーだが、今ならこっちの方がいいんじゃねえか」


 先ほどまで手にしていたナイフに比べ、半分ほどの長さしかない投擲用ダガーを、ニャウがぎこちなく振る。


「こ、これなら大丈夫です……きっと」


 まだ自信がないのだろう、ニャウの顔にはありありと不安が浮かんでいた。


「大丈夫だよ、ニャウ。絶対にあんたの所まで魔獣を通さないから」


 励ますように、タウネがニャウの肩に手を載せる。


「そうだぞ、ニャウ。魔獣なんて、俺がこの大盾で防いでやるから安心しろ」


 さっきまで自信なげだったバックスも、ニャウに心強い励ましを投げかける。

 

「午後から東の平原へ行くんだろう?」


「ええ、ローガンさん。やっぱり最初は採集依頼の方が安全かなと思いまして」


 ギルドから出される依頼は、大きく二つに分けられる。魔獣を狩る討伐依頼と、薬草などを採る採集依頼だ。当然、採集依頼の方が危険は少ない。それだけに報酬の方もぱっとしたものではないのだが。


「それでいいんだぞ、テトル。慎重であることは、冒険者にとってなによりの才能だ。生きのびてこその冒険だからな」 


「へえ、孤児院のシスターも同じようなこと言ってましたよ。まさかと思いますが、シスターって冒険者だったんですか?」


「(こいつに教えてやれんが、ワシも彼女から冒険者としての手ほどきを受けたからなあ)……とにかく、四人とも気をつけて行ってこい。

 東の草原は、この街周辺じゃあ一番危険の少ない場所だが、魔獣はこっちの思いどおりにゃ動いちゃくれんからな」


「「「はい!」」」


 ギルドの食堂で軽食をとったニャウたち四人は、街の東に広がる草原へと向かった。  



 ◇


 街の端まで、四半点鐘(一時間半)近く歩いた四人は、東門を出る頃にはすっかり息があがっていた。

 空高く輝く太陽のもと、見渡す限り広がる緑の草原を前に、タウネが不満をぶちまける。


「あーもう、疲れたあ。稼げるようになったら、絶対に乗りあい馬車を使ってやる!」


「タウネ、ボク、いや俺なんて、いつもは乗りあい馬車に乗ってるぞ」


「なんだって! テトル、なんでもっと早く言わないの! そんなら乗りあい馬車でよかったのに!」


「いや、そんなこと言ったって、お前は金がないだろう?」


「……ギルドからここまで、乗りあい馬車でいくらかかるの?」


「銅貨十枚だね」(※約千円)


「高っ! ポクモロの実が買えるじゃん。やっぱ、あたいは歩きでいいや。それより、これからどうすんの? 薬草を採るんでしょ?」


「ああ、ちょっと待ってて」


 草むらに分けいったテトルだが、緑色をした二本の草を手に、すぐ戻ってきた。

 

「ほら、これがポーションの材料になる薬草。正式名称は『聖女草せいじょそう』だったっけ。で、こっちがよく似てはいるけどただの雑草。どこが違うかわかる?」


「形はそっくりだけど、葉っぱにある筋の数が違う。それに匂いも違うね。こっちはお日様に干した毛布のような匂いで、こっちはお酢のような臭いがする」


「おっ、ニャウは鋭いね。この筋、『葉脈』って言うらしいんだけど、それが五本のものが薬草で、六本のものが雑草なんだ。匂いは……匂いなんかでわかるのかな。そんなの聞いたことないけど。

 とにかくこっちの薬草だけを集めてくれ。雑草が一本でも混ざってると、ポーションどころか魔道爆弾級の刺激物ができるらしいよ。だからくれぐれも見分けを怠らないでよ。

 夕暮れになっちゃうと遅すぎるから、採集はお日様がこのくらいの高さになるまでにしよう」

 

 テトルが右腕を伸ばし、太陽と地面との角度を示す。残りの三人がそれをまねた。

 この国では、一日に四回、時刻を告げる鐘が鳴る。ときを知る方法といえば、他は高価な魔道具としての時計しかないから、この辺おおざっぱなものだ。


「夢中になって時間を忘れないように。まちがって雑草を採らないようにね、依頼の査定に響くから。

 では、みんな散らばって薬草の採取を始めてくれ!」


 テトルの声を合図に、四人が緑の草原へと散らばった。


 ◇


 そのゴブリンは、なにか聞こえたような気がして目を覚ました。

 種族の言葉で「勇気」を意味する『ロタ』と名づけられたこの個体は、いつもは東の草原を越えたところにある、半島の森が生活圏なのだが、大好きな赤バッタが獲れるという理由で、ここのところちょくちょくこの草原を訪れていた。

 お腹いっぱい好物のバッタを食べたところで、春の陽気に誘われ、草むらを寝床にうたた寝していたのだ。


『おら、寝ちゃってたのか……』


 ゴブリンの言葉でそうつぶやき、横になった姿勢から体を起こしたロタは、草むらの陰から周囲をうかがう。

 はるかかなたで蟻くらいのものが動いている。

 あまり視力のよくないゴブリンだが、目を凝らすことで動いているのが人族だとわかった。

 三つ、いや四つか。

 一つなら、不意をつけば倒せるだろうが、四つとなると無理だろう。

 せめて、あの内の一つでもこちらへ近づいてくれたなら。

 ロタは使い慣れたこん棒を握りしめ、人族という大きな獲物がしとめられるよう祈った。

 ゴブリンという種族は、人族の多くが考えているよりはるかに頭がよいのだ。

 



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