冒険の始まり

第4話 冒険への準備

 天職を授かった当日さっそく魔力切れで倒れてしまったニャウは、翌朝になるとなにごともなく目を覚ました。

 そして、タウネと二人して朝食の席に遅れそうになった。なぜなら、朝になっても消えていなかった、昨日召喚した小動物に二人して夢中になってしまったからだ。

 ネムの宝物である丸石と戯れる、小さな白い生きものがあまりに可愛くて、時間を忘れてしまったのだ。


 朝食の後、ニャウ、タウネ、バックスの三人は院長であるシスターから呼びだされた。 

 壁の高い所に小さな窓が一つあるだけの狭い部屋は、薄暗く寒かった。

 古びて黒っぽく見える机の向こうでは、黒ローブを着たシスターがこちらを向いて座っている。

 背筋がピンと伸びたその姿は、教会の塔を思わせた。

 

「あなたたち、冒険者としての防具はまだ用意していませんね?」


 シスターの言葉は、ニャウたちが銅貨さえ持っていないと知ってのことだから、ただの確認にすぎなかった。


「はい、持っていません」


 三人のまん中に立つタウネが、これまた形式的な答えを返した。


「ナイフや短剣なら最初のうちギルドで貸りることもできますが、防具は自分で用意するしかありません。

 あなた方を防具屋まで案内するようテトルに言ってあります。

 今日は、彼についていきなさい」


 一足早く冒険者となったテトルは、すでに孤児院を出て自立している。そのため、彼一人だけが別のところに住んでいるのだ。

 十三才の少年が一人暮らしさせられていることになるが、日々の暮らしに余裕のない孤児院としては、仕方のないことなのだ。

 この世界では、十三才ともなればすでに立派な働き手なのだ。


「あのう、どこへ行くんですか?」


「行けばわかります」


 タウネの問いに、シスターは愛想なく答えた。これはいつものことなので、三人は黙って礼をすると院長室から出た。

 そして、まもなくやってきた孤児院の先輩であるテトルに連れられ、街へくりだした。

 ニャウが同室のララナたちに外出を知らせると、白い小動物を世話するよう頼まれた彼女たちは跳びあがって喜んでいた。

 部屋から出ようとすると、行くなとばかりにか細く鳴いた小動物に、ニャウは心を鬼にして背を向けた。


 ◇


 テトルがニャウたち三人を案内したのは、街の西側にある職人地区だった。

 ここでは、同じ仕事をする職人が寄りあつまって住んでいる。だから、道を歩くにつれ漂ってくる匂いや聞こえてくる音が変わり、ニャウにはそれがとても面白かった。

 これは天職【猫】を得ることで、かつてに比べ何倍も鋭くなった彼女の感覚がとらえたものだが、本人はそのことにまだ気づいていない。


 連なった低い軒先からは職業を表す絵と文字が彫りこまれた看板が垂れさがっている。

 皮職人の店からは、なめし液から生じる鼻を刺す臭いが、木工職人の店からは削りたての木の匂いが、鍛冶職人の店からは炭が燃える臭いが、通りへあふれだしてくる。

 通行人の中には、漂ってくる匂いに顔をしかめる者もいた。

 やがて、テトルは剣と盾が交わった看板の前で足をとめた。


「この店だよ、『鍛冶屋ローガン』 おやっさんは気難しい人だから、お前ら機嫌を損ねないようにしろよ」


「テトル、なんだかいばってるみたいに聞こえるんだけど」


「ボク、いや俺は別にいばってなんか――」


「うるせえぞ、ガキども! 店の前でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえ! 商売の邪魔だろうが!」


 テトルの言葉にすかさず突っこんだタウネだが、彼らの会話は、通りの端までびりびり震わせるような怒声で中断させられた。    


「お、おやっさん、すんません。シスターから言われて来ました」


 店から出てきた四十くらいの男は、背は低いが丸太のような腕をしていた。

 彫が深く浅黒い顔は、見る者によってはかなりの男前だろう。

 頭の後ろでまとめた髪がこの街では珍しい褐色であるのは、ドワーフの血が混じっているあかしだ。


「ん? なんだ、テトルじゃねえかよ。アニーさんから言われて来たのか。

 そういうことなら、ささ、早く中へへえったへえった」


 急に機嫌を直した男に、ニャウたちは戸惑うだけで動けない。

 男がテトルの後ろ襟をつかみあげるかたちで、店の中へと入っていく。

 残る三人は顔を見合わせ、その後を追った。


 ◇  


 四人は店の入り口から下る短い階段を降り、地面を掘りさげ土を突き固めただけの土間に立った。

 

「ほれ、つっ立ってねえでこれに座れ」


 男が土の床に並べたのは、短く切った、ただの丸太だった。

 薄暗い室内は商品棚がいくつか置かれており、短剣、長剣、大剣はもとより、槍や戦斧が整然と並べられていた。ここは武器を扱う鍛冶屋のようだ。

 ニャウたちは、ためらいがちに丸太の椅子へ腰をおろす。

  

「わしゃローガンってんだ。ここで鍛冶屋をやってる。

 扱ってるのは主に武器だが、冒険者相手の商売なんでな、いくらか防具もそろえてある。

 自分じゃ作れねえから、そっちは中古になっちまうがな」


「俺の防具も、おやっさんから安く譲ってもらったんだ」


 胸の革鎧を愛おし気に撫でるテトルを見て、タウネは自分がここへ連れてこられた理由わけに思いいたったようだ。

 

「もしかして、おじさんが私たちに防具をくれるの?」


「くれるだって? 馬鹿なこと言っちゃいけねえよ、嬢ちゃん。こっちも商売なんだぜ。タダでくれてやるわきゃねえじゃねえか」


「でも、テトルは防具をもらったんでしょ?」


 タウネがテトルの革鎧を指さした。


「やったんじゃねえぞ。後でちゃんと金は取ったからな。

 ああそうか。正確に言やあ、まだ全部は返してもらってねえよな、テトル」


「な、なるべく早く返しますから、今のとこは勘弁してくださいよ、おやっさん」


「わしも、冒険者だったことがあるんだ。

 駆けだしの冒険者なんてなあ素寒貧すかんぴんだってのははなからわかってるさ。

 ぼちぼち返してくれりゃいい」


 さっき商売だからと言った割に、ローガンの言葉はニャウたちに好意的なものだった。


「あのう、テトルが着けてる防具って、いくらくらいするんだ?」


 ローガンにそう尋ねたのは、バックスだった。


「その革鎧か? そうだな、銀貨十枚ってところじゃねえか」


「「「銀貨十枚!!」」


 この街では、銅貨一枚で小さな丸パンが一つ買える。銅貨百枚で銀貨一枚だから、銀貨十枚となるとパン千個、ニャウたちにとって想像もつかないほどの大金だった。 

 だいたい、孤児院育ちの彼らは、銀貨など一度も手にしたことがないのだ。


「て、テトル、あんた今までにどのくらい借金を返したの?」


「銀貨五枚くらいかなあ」


「銀貨五枚……」


 テトルの答えを聞き、タウネが言葉を失ってしまった。


「冒険者ってそんなに儲かるの?」


 ニャウの大きな琥珀色の目が、将来への期待でキラリと光る。

 彼女の頭には、孤児院で同室の幼い少女たちの顔が浮かんでいた。

 お金さえあれば彼女たちに楽をさせてやれる、そう思ったのだ。

 しかし、それに答えるテトルの声は渋かった。


「依頼をいっぱいこなしたんだよ。この一年、ホント大変だったんだからな」


 テトルの顔がこわばったのを見て、ニャウは気持ちをひきしめた。

 

(冒険者って、思ってたより大変そうだわ)


「とにかく、アニーねえさんからの頼みだ。

 お前らの面倒は、このわしが見てやるさ。

 これから武器を買うってんなら、ぜひうちの店をつかってくれよ」


 それを聞いたタウネが首をかしげる。


「おじさん、話に出てた『アニーねえさん』って誰のこと?」


 ローガンの顔には、「しまった」という表情がありありと浮かんだ。


「そ、そんなこたあどうでもいいだろ。

 それより、お前らの防具を選んでやるから、一人ずつ奥の部屋へへえんな」


 慌てた口調でごまかそうとするローガンだが、タウネはことさら追及しようとはしなかった。

 なぜなら、これから自分の防具を手に入れられる期待で胸がいっぱいになっていたからだ。


 ◇


 ニャウとタウネは、少しくたびれてはいるものの身体にぴったり合った革鎧を手に入れることができた。それもあって、意気揚々と孤児院への帰り道を歩いていた。

 バックスは、やけに重い足取りで二人の後ろをついてくる。

 彼の歩みがあまりに遅いので、その広い背中をテトルが両手で押しているほどだ。


「金貨一枚、金貨一枚、金貨……」


 バックスは、青い顔で呪文のように同じ言葉をくり返している。

 

「ねえ、バックスはどうしちゃったの?」


 大男の異変に気づいたニャウが、テトル少年に尋ねる。

 

「ああ、大楯おおだてが思いのほか高価だったのが気になってるんじゃないか?」


 確かに、バックスは買ったばかりの革鎧を身に着けているだけでなく、大きな金属製の盾を両腕に抱えている。

 

「バックスって馬鹿ねぇ。大楯の費用なんかは、パーティの共同資金から出すに決まってんじゃない」


 後ろを振りむいたタウネが、哀れなほど肩を落としたバックスを見て呆れている。


「共同……資金?」


「そうだぞ、バックス。お前には前衛として敵からの攻撃をその大盾でしっかり防いでもらうんだ。大楯の分は、パーティで等分して払うさ」


 テトルの言葉を聞いたバックスは、ボロボロ涙をこぼしはじめた。


「み、みんな、ひっく、あ、ありがとう、ひっく」


「気にすんじゃないわよ、バックス」

「元気出して」

「大楯の金は心配すんじゃねえぞ」  


 兄弟姉妹のように育った幼馴染の三人から慰められ、バックスはとうとう号泣しはじめた。いかつい顔をしているが、じつはこの少年、かなり涙もろいのだ。


「うおーん、うおーん!」


 狼の遠吠えにも似た泣き声に、道行く人がぎょっとして足を停め、こちらを見ている。


「おい、早く帰ろうぜ」

「うん、早く帰ろ」

「久しぶりに、その泣き声聞いちゃった。バックスったら、泣き虫なんだから、もう」


 三人は泣きやまないバックスをなだめながら、彼に背負わせた大楯を押すようにして、人通りの多い夕暮れの街路を歩きはじめた。




 

 


 


  

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