第3話 天職【猫】とステータス

 冒険者ギルドを出た四人の少年少女は、そのうち年少の三人が住んでいる孤児院まで帰ってきた。

 街の中央にあるギルドから、スラム地区の端にある孤児院まではかなりの距離がある。

 腐りかけた木の扉を開け中へ入った四人は、空腹と疲れから玄関ホールで座りこんでしまった。

 

「あなたたち、こんなところでなにをしてるのですか?」

 

 静かな、しかし、凛とした声がホールに響くと、だらけていた四人がぱっと立ちあがった。

 そこには、まっ白な修道服を着た高齢の女性が立っていた。

 痩せてはいるが、ぴんと伸びた背筋、細い目には鋭い光があった。聖職者としての格好をしているが、この女性にはどこか鋭い刃物を思わせるところがあった。

 

「し、シスター、ただいま帰りました」


「久しぶりですね、テトル。今日はなんのご用ですか?」


「三人を冒険者ギルドに案内してきました」


「そう。タウネ、バックス、ニャウ、あなたたち、やっぱり冒険者になったのね」


「ご、ごめんなさい」

「すみません」

「あの……」


 三人がこのような態度をとっているのは、彼らが冒険者になることにシスターがよい顔をしてこなかったためだ。はっきりと反対していたわけではないが、なにかにつけ他の職業を勧めていたのだ。


「なってしまったものは仕方がありません。

 冒険者は、毎日が命がけ。ギルド職員や先輩からよく学び、立派な冒険者になりなさい」


「「「はい、シスター!」」」


「テトル、あなたは先輩冒険者として、この子たちをきちんと導くのですよ」


「はい、シスター!」


「ところで、テトル。よい冒険者として必要な条件とは何ですか?」


「え? よい冒険者の条件ですか……やっぱり強いことでしょうか?」


「では、強いとはどういうことですか?」


「ええと、強い魔獣を討伐できることでしょうか?」


「その答えでは失格です。

 いいですか、よい冒険者として必要な能力は一つしかありません。

 それは、生きのびる能力です」


「生きのびる能力……」


「そう、どんな状況に置かれても生きのびる能力です。

 冒険者をしていれば、命の危険はつきものです。時には絶望的な状況に陥ることもあるでしょう。

 そんな時でも諦めず、知恵をふり絞って最後まで生きのこる道を探る。その能力こそが冒険者に必要なものです。

 タウネ、バックス、ニャウ、あなたたちもよく覚えておきなさい」


「「「はい、シスター!」」」


 三人は自分が授かった天職のことを報告してから、宿坊へ向かった。

 その背を見送るシスターの表情は複雑なものだった。


「テトルだけでなく、あの子たちまで冒険者に……。

 やっぱり私から影響を受けてしまったのかしら。

 コボルトの子はコボルトってことかもね。

 バックスの【楯士】は彼に向いてるでしょうね。それにしてもタウネが【聖騎士】とはね。

 ニャウの天職【猫】ってなにかしら。一度も聞いたことがないわね。恐らくユニーク職ね。一度、あの人に相談しておいた方がいいわね」


 シスターの心には、王都に住む知人の姿が浮かんでいた。


「特別な天職を持つ者は、平穏な人生をおくれないというけれど。

 タウネとニャウには、どうか人並みな人生を歩んでほしいものね」


 四大精霊を描いた聖画イコンの前に膝をつき、手を合わせたシスターは、心からの祈りをささげるのだった。 


 ◇

  

 ニャウは、孤児院内の宿坊にある自室へ入った。自分の部屋といっても、年下の子どもたち三人と同室だ。

 タウネ、バックスもそれぞれ年長者として受け持つ部屋がある。

 広いとはいえない部屋には四つの寝台を除くと、戸棚が一つ置いてあるだけだった。


「ニャウねえ、お帰りー!」

「お帰りー!」

「なうねえー!」


 ニャウと同室の子どもたちが、さっそく彼女にまとわりつく。

 この部屋にいるのは女の子だけで、ニャウの他は十歳のララナ、七歳のリン、四才のネムだ。ララナはブロンドの髪をおかっぱにした人族、褐色の髪色で小柄なリンはこの街では珍しいドワーフ族、最年少のネムは、ぷくぷく頬っぺがかわいい人族だ。 


「ねえねえ、天職なんだった?」

「【剣士】になれた?」

「おかし?」


 ニャウは一番小さなネムを抱きあげると、自分のベッドに腰をおろした。

 ララナとリンは、期待に輝く目で向かいのベッドに座る。


「残念ながら【剣士】には、なれなかったよ。

 私の天職は、【猫】なんだって」


「ねこ?」

「猫人?」

「にゃこ?」


 ニャウは胸に抱いていたネムを膝の上に降ろすと、ローブのポケットから黒い冒険者カードをとり出した。

 

「それ、なあに?」


 頭の上に手を伸ばしたネムが、小さな手で冒険者カードに触れる。

 

「おかしじゃないの?」


 食いしん坊のネムは、カードが食べものでないとわかると、がっかりしてニャウにしなだれかかる。

 ネムの柔らかい頭髪を撫でながら、ニャウはギルドで教えられた言葉を口にした。


「ステータス」


 黒い冒険者カードの裏面に、白い文字が浮かびあがる。


******************************

ニャウ Lv1

天職:【猫】

年齢:12

スキル:【猫召喚】

******************************


(あら? ステータスって、生命力とか表示されるんじゃなかったかしら?)


 ギルドで聞いていたのと違う表記にニャウが戸惑っていると、冒険者カードをよく見ようと近づいてきた、ララナとリンが声を上げた。


「うわあ、すごい!」

「ねえ、なんて書いてあるの?」


 この孤児院では、シスターが教える読み書きの時間が毎日もうけられているのだが、それにあまり熱心ではないリンは、まだ字が読めない。


「リン、きちんと字を習ってると、こんなとき便利だよー」


 ララナの言葉にリンが渋々ながらうなずく。


「うん、これからはがんばるもん」


「ニャウねえ、この難しい字はどう読むの?」


 読み書きが得意なラミナが、【猫召喚】の文字を指さす。


「ねこしょうかん、かしら」


 ニャウがそう言葉にしたとたん、彼女の身体から光があふれ出した。

 白い光はニャウの体からふわりと離れると、子どもの頭ほどの丸い玉となった。

 くるくる回る玉が床に落ち、その光が消えると、手のひらに載るほど小さな生きものがちょこんと座っていた。

 まるでユニコーンのように純白で、短い毛並みをもつその生きものは、頭の上に三角耳が二つ、パッチリ開いた大きな目に縦長の瞳、しっとり濡れたピンクの鼻の横には数本の長いひげが生えていた。

 そして、お尻のあたりでは、にょろんとした長い尻尾しっぽがゆらゆら揺れている。


「「きゃっ!」」


 突然現れた見慣ぬ生きものに、ララナとリンが悲鳴を上げる。

 それに答えるように、白い生きものが一声鳴いた。


「みゃん?」


 こてりと首を傾げる小さな生きもの。

 そのとき、ネムがニャウの膝からとび降り、そちらへと手を伸ばした。


「ネムだめ!」

「危ない!」


 ララナとミンの叫び声は、しかし、いらぬ心配だった。

 白い小動物は匂いを嗅ぐつもりか、小さなピンクの鼻をネムの指にちょこんとくっつけた。


「くしゅぐった~い」 


 ネムはお返しとばかり、不思議な生きものの頭に触れる。


「ふわふわなの~」


 幼いネムが目を細めるを見て、ララナとリンが警戒を解く。

 

「わ、私も触ってみようかな。うわー、ホントふわっふわだあ」

「私にも触らせてよ! なにこれ~、ふわふわして気持ちイ~」


 小動物に夢中になっていた三人は、やっとニャウの様子がおかしいことに気づいた。


「ニャウねえ、寝てる?」

「ホントだ、まだお昼なのに寝ちゃったね」

「おねむ?」


 ニャウは猫を召喚したことで、わずかしかない魔力をつかい果たしてしまったのだ。魔力が無くなると、『魔力切れ』という症状に陥る。気を失ってしまうのだ。

 そういったことを知らない少女たちは、ニャウがただ寝ているように見えたのだろう。

 ララナとリンが二人してニャウの体をベッドに横たえ、その上に毛布を掛ける。

 それはいつも彼女たちが、ニャウからしてもらっていることだった。

 

「ニャウねえ、こんな時間から寝ちゃうと、シスターに叱られちゃうよー」


「うん、きっと叱られるね。もう少ししたら起こした方がいいかも」


 二人がそんな相談をしているうちに、白い生きものが床から跳びあがり、ベッドの上に音もなく着地する。そして、寝ているニャウのお腹の辺りで横たわると、自分の足を抱えこむように丸くなった。


「ゴロゴロゴロ」


 生きものから、そんな音が聞こえてくる。雷の音にも似ているように思えるが、聞いているとなんだか眠たくなってくる。

 ネムはニャウに横から抱きつくと、すぐ寝息を立てはじめた。

 

「あ、こら! ネムまで! 寝ちゃダメだよ」


 そう言うララナも、ネムの反対側からニャウに抱きつく。

 

「あ、ずるい!」


 リンは、ネムと並んでニャウの腰に手を回した。

 白い小動物と少女たちは身を寄せあい、春の午後をまどろむのだった。


 

 

  

 

  

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