第25話



 時は夕暮れ時の満員電車の中、僕は鈴宮に壁ドンされている。


 事の発端は数時間前である。



 近所のスーパーで買い物した際に夏祭りのポスターに気づいたのだ。昔は皆で良く行ったものだ、少し距離があって電車に乗らないと行けない上に皆が迷子にならないように気を張って大変だったものだが。




 ふむ、久しぶりに行ってみるか。せっかくだし誰か誘うか。…先ずは鈴宮から声をかけるか。



 思い立ったが吉日。左手に買い物品が入ったエコバッグを下げ、空いている右手でポケットからスマホを取り出し自宅への帰路を歩きながら電話をかける。



 

 『もしもし辰巳?どうしたの?』


 ワンコールで出るとはちょうど暇してたのかな。


 「さっき夏祭りのポスター見てさ、ちょうど今日なんだけど行かないか?」


 日頃からお世話にもなってるしな。花火も大きいのが上がるし楽しんでもらえたらと思う。


 「もし忙しいなら全然断っても大丈夫だぞ」


 『行くのは大丈夫だけど2人でいくの?』


 「ああ、一応その予定だったけど他にも誰か呼ぶか?」


 日頃の礼で誘ったので鈴宮が皆で行きたいのなら呼ぶが。


 『2人でいいわよ!むしろ2人がいい!』


 だいぶ力強い返事が返ってきて思わずどもってしまう。


 「お、おう。それと誘っといてなんだけど香澄ちゃんは大丈夫なのか?」


 鈴宮と出かけてしまうと香澄ちゃんが家で1人になってしまうのではと心配になる。


 今日は母親がいるのだろうか。


 『今日は母さんがいるから大丈夫よ。香澄は朝から母さんにべったりだし』


 「そっか。大丈夫なら良かったよ。それじゃあ夕方頃にそっちに迎えに行くよ」


 『わかった。準備して待ってるわ』



 そんな事があり急遽鈴宮と祭りに行く事になった。



 そして時は戻り現在鈴宮を迎えて祭りに向かう電車の中である。



 最初は人も少なくまばらだったのだが祭り会場に近づくにつれて人が増えていき今じゃすし詰め状態で僕が壁を背にしその僕に向かって鈴宮が壁ドン状態だ。


 最初は真っ直ぐ突き出していたが今は肘もついてくっつく寸前だ。


 鈴宮がすごいいい匂いがする!俯いてる中時折見上げてくるのもまたクルものがある。こんな状況だが可愛い。




 ぐぬぅ。満員電車で私は今辰巳に壁ドンしている。最初は頑張って突っ張っていたけど人の波に押され、何とか耐えてるけど体勢的にもはや抱きつく寸前。


 やばい。心臓が、心臓がドキドキしてる!聞こえてないよね?顔も赤くなってないよね?


 辰巳にこのドキドキが聞かれてないか様子を見ようと下を見つめていた顔を上げると辰巳と目が合ってまた俯いてしまう。


 動悸がさらに激しくなってしまった。せめとこの姿勢はキープしなければ。くっついてしまったら確実に伝わってしまう。死守しなければ…!




 お互い何も話す事もなく会場に着くまでは終始無言だった。







 なんとか耐え抜き祭り会場に辿り着くことができた。


 「祭りなんて久しぶりにきた気がする」


 「僕も久しぶりだな」


 孤児院の子が少なくなってからは来てなかったしな。


 「じゃあ今日はいっぱい楽しもうね」


 「ああ、そうだな。今日は僕が全部だすからなんでも言ってくれ」


 日頃のお礼もかねてそう言うが鈴宮が素直に頷くとは思えないけど。


 「そこまでしなくても大丈夫よ」


 「日頃のお礼だよ。それにこういうのは男が出すものだろ」


 真面目にそう思ってるので折れるつもりはない。


 「…わかった。でも本当に無理しなくていいからね?私は辰巳と一緒に祭りを楽しみたいから」


 なかなかの殺し文句ではなかろうか?


 そんな事を言われてしまっては頷くほかない。


 「わかった。楽しもうな」


 「うん!」



 こうして僕たちは祭囃子の中を進んでいく。




 さて、いろいろ屋台があるが何を食べようか。


 出店も多いな。鈴宮はあまり射的だとかには興味なさそう。


 『唸れ僕の幸運!今この瞬間に全てを捧げる‼︎』


 くじ引きの出店に子供達が群がっているその中心、具体的に一際大きな僕と大差無いぐらい大きな子供からどこかで聞いた事あるような右京の様な声が聞こえてくる。


 「辰巳…アレ…」


 「見るな。出店に出現する大きな妖精だ。目が合うと仲間にされるぞ」


 「…うん」


 流石にあの中心で仲間にされるのはキツイものがある。



 『うおおぉ!キタァー!』


 何か当たったらしい。少年少女達の歓声が聞こえて来る。あと大きい少年高校生の。



 見つかる前に鈴宮の手を取って歩きだす。


 焼きそば、たこ焼き、チェロス、祭りで食べるからこそいいんだよなぁ。



 「あっ辰巳。私アレ食べたい。水飴!」


 鈴宮が指を指すそこには水飴の屋台。水飴とはまた懐かしいなぁ。


 そのまま2人で向かい水飴を購入する。ちなみに僕は何故か一緒に売っていた金平糖を購入。


 お祭りならではの食べ歩きをする。甘ぁいなぁ。あっトウモロコシのいい匂いがする。


 祭りとはただ歩いているだけでもテンションが上がるものだが屋台で買うというのがまた一際気分を高揚させる。



 「ふふ。水飴なんていつぶりだろう。冷たくて美味しい。辰巳もどう?」


 鈴宮もお祭り効果のいい気分のようだ。


 そう言って水飴をこちらに傾けてくる


 「なんてー」


 何か続けて言おうとしていたが僕はそのまま齧り付いた。


 飴なのでニュ〜ンと少し伸びて途切れる、水飴ならではの食感に冷たく甘味が口の中に広がる。


 「童心に返った気分だな。ごちそうさま」


 水飴を堪能し鈴宮を見ると気分が高揚してるせいか少し顔が赤みがかってポカンとしている。



 水飴のお礼に金平糖をあげよう。鈴宮の少しだけ開かれている唇に金平糖を三粒ほど押し入れる。



 「っ!あまぁ⁉︎」


 一瞬遅れて鈴宮が声を上げる。


 「プッ、あはは!」


 普段の鈴宮からは見られないようなリアクションで思わず笑いが込み上げてくる。


 楽しいな。



 それからそのままいろんな屋台を回り意外にも鈴宮から射的勝負を申し込んできたりと花火の時間まで祭りを堪能した。




 「そろそろ花火が見える場所に移動しようか」


 「そうね。出来るだけいい位置で見たいもんね」


 「少し離れるけどいい所があるからそっちに行こう。人混みを抜けるから逸れないように手を繋ごう。嫌じゃ無ければだけど」


 自分でいってなんだけど嫌って言われたらちょっと傷つくかも…


 「嫌じゃない。手、繋ご」


 …そんな恥ずかしがりながら言われるとこっちも恥ずかしいんですが。



 お互い恥ずかしがりながら無言で移動していく。



 手をしっかりと繋げながら。





 「おっ。やっぱり誰もいないな」


 「全然人がいないね」


 「皆会場に設置された場所で見ようとするからな。こっちは暗くて月明かりしかないがベンチもあるし会場から少し離れてるから静かで見やすいぞ」


 2人並んで手を繋いだままベンチに腰掛ける。



 会場からこれから花火が打ち上がると放送が響いてくる。


 「始まるな」


 ワクワクするな。


 甲高い音を弾きながら花火が打ち上げられ腹に響くような轟音と共に夜空に色鮮やかな花が開く。後に続くように次々と上げられていく。



 「綺麗」


 「…そうだな」


 そう返事しながら鈴宮の方を向く。


 目があった。


 鈴宮がこちらを見ていた。目があった。そう思った直後に花火の明かりが消え暗がりが満ち見えなくなった直後すぐに夜空に目線を向ける。



 別にやましい事をした訳じゃないが心臓が弾けたかのような驚きにサッと顔を背けてしまった。



 鈴宮、確実にこっち見てたよな?どのタイミングで?もしかして僕が顔を向ける時から?




 そんな思考の最中に打ち上がった一際大きいシメの花火の轟音にこれまでとは比べもにないサイズ、色鮮やかさに目を、心を奪われる。



 花火が夜空に溶けて消える頃には忘れていた。








 辰巳と2人できた夏祭り。


 水飴を食べる?って揶揄うつもりで辰巳の方に傾けた。辰巳の事だからなんだかんだと理由をつけて食べないんだろうなぁ、と私もお祭り気分に当てられたのかそんな軽い気持ちだった。



 食べた。 辰巳は間接キスとかそんな事何にも考える様子もなく水飴に噛み付きツヤツヤの水飴が尾を引く。


 思わず私は固まってしまった。


 その固まった私の隙を突いて辰巳は金平糖を口に押し込んできた。



 余りの甘さに声を上げて驚いてしまう。


 そんな私を見て辰巳が笑っていた。色んな辰巳を見てきたけどこんな子供見たいに笑う辰巳を私は初めて見た。また新しい辰巳だ。



 口の中の金平糖を噛み砕いていく。辰巳の指をが私の唇を撫でるように触れた事を思い出し不思議と甘みはしばらく消えなかった。




 花火を見るため辰巳と手を繋ぎ移動しそのままベンチに腰掛ける。


 私はこんなにドキドキしてるのになんでコイツはこんなにも普段と変わらないのだろうか。ポーカーフェイス?だとしたらババ抜きとか最強じゃないだろうか。


 そんなどうでもいい考えが浮かぶ。



 花火が打ち上がり花を咲かせる。



 数発上がった頃、ふと辰巳の方を向く。花火の明かりに照らされた辰巳の横顔が余りにも綺麗でつい「綺麗」と口から漏れてしまった。


 その直後返事をした辰巳がこっちを見た。花火の明かりで瞳の虹彩が鮮やかになった辰巳と目があった。ずっとドキドキしていた心臓が一際つよく跳ねた。


 花火が途切れ夜の帷が降りる。明るい所から急な暗さで目が直ぐには慣れず見えるはずもないが私はそのまま辰巳の方を向いていた。



 シメと思われる大きな花火の音が響く。再び明るく照らし出される。


 辰巳は何もなかったかのように花火を見上げていた。




 私は本気で辰巳の事が好きなのかもしれない。



 ずっとそんな気はしてた。


 辰巳と話すようになって、一緒にいるようになってそこまで時間がたった訳じゃない。


 他人から見ればどうでもよく楽しさなんて感じ無さそうな、そんな辰巳と過ごす何気ない時間が楽しい。


 私の秘密の共有者となり常に私の隣りに辰巳がいないと違和感を覚えるようになっていた。


 この繋いだ手から伝わって来る感触が、体温が、鳴り止まない響く鼓動が、私に自覚させる。




  私は、鷹宮 辰巳に、恋をしている。





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