第24話


 「辰兄たつにぃ〜。麺茹で上がったよー」


 「おー。それじゃそこの氷水につけて冷やしてくれ」


 「はーい」


 そう返事をして麺を氷水に浸している彼女は僕の妹とも言える存在。


 目暮めぐれ あかり かつての僕の孤児院出身で他の子達はかなり遠くの県に住んでるのだが彼女は割と近くで時々僕に会いに来てくれる。

 特に夏休みや冬休みといった長い休みはほぼ必ずくる。まぁ、別になんでも無い日でもきたりするけど。



 「「いただきます」」


 畳ばりに座布団、テーブル、掛け軸に謎の壺などがある和室にて2人で冷やしそうめんをいただく。


 「いやぁ〜。夏に冷やしそうめんてもうThe・夏!って感じだよねー。おいしー!」


 「ああ、美味しいな」


 心から美味そうにそうめんをちゅるちゅるしている。


 そんな灯を尻目に僕もそうめんを啜る。

 うまいよ、うまいんだけども…



 「なぁ。去年も言ったんだけどもさ、貰ってる側としてはなんだけどもせめてお前だけは麺類と西瓜以外にしてくれないか?」


 この時期になると僕が送り出した孤児院の子達が皆んなお中元か暑中見舞いで送ってくるのだ。


 そうめんが二箱にうどん一箱蕎麦一箱、西瓜四つ。


 この時期は風物詩とも言えるものでそりなりに値がするからそんな物を頂いている身で言いたくは無いが僕は1人暮らしだ。


 料理のレパートリーも物量の前にはすぐに底をつく。麺類は日持ちがいいが西瓜はそうじゃない。それにかなりのサイズだし。


 今のところ一玉まるまるシャーベットにしてこの数日は飲みまくっている。そろそろカブトムシになってしまうかもしれん。



 「いやぁ〜 言われた時はそうしようと思ったけど次まで1年あるから忘れちゃうんだよねー」


 「うぅむ。忘れないで欲しいものだが…。また鈴宮の所にでももってくかぁ」


 そう独り言を零した途端カランカランと音が前方から鳴り響く。灯が心の底から驚いた顔をして箸を落としたまま固まっている。


 何をそんなに驚いているんだ?



 「た、辰兄から人名が…!まさか友達?それとも彼女?昔は友達を作ると人間強度が下がるとか言い出しそうだったあの辰兄が…?」


 「言わねぇよそんな事!お前俺の事そんな風に思ってたのか?!とんでもねぇな。阿良々木君かよ俺は」


 思わず俺ってでてしまった。他の人の前ではそんなヘマはしないのに。


 普段よりも気楽に過ごせる仲だからだろうか。



 「あのロリ吸血鬼とのコンビ最高だよね!エロにかける情熱が凄いけどコアなところとかあの二人のやり取りが凄く面白いんだよねぇ。アニメも見てるけど私わ原作小説派なんだけどー」


 なんか語り出した。てかこいつ化物語読むのか意外だな。


 「ーってそうじゃなくて!さっきの鈴宮さん?について詳しく!」


 気づきやがったか。メンドくさい…。



 それから一時間ほどかけて聞き出し写真は写真!とうるさかったので仕方なく体育祭の最後に4人で撮った写真を見せ説明をした。


 写真を見て凄い美人!だとなんだと騒ぐ騒ぐ。


 ひどく疲れた。









 灯の質問責めから数時間。灯は学生服、俺は黒のスーツに黒のネクタイと黒一色のいわゆる喪服である。そんな格好をした2人は花束を手にお墓に向かって歩いている。



 今日は命日だ。



 俺達孤児院最後の子、かける 最後の子とだけあって最年少で幼稚園に上がる前に交通事故で亡くなってしまった。


 きっかけは酷く些細なものだった。



 とても快晴で凄くふかふかしてそうな白い雲に澄み切った青空に暑すぎない日差しのちょうどいいそんな日だ。



 翔が食事中にソースを溢してしまいいつも抱き抱えていたお気に入りのぬいぐるみに沢山かけてしまったのだ。


 すぐに対処したのだがタップリと吸い込んでいてとてもではないが落とせなかった。当然翔は力の限り泣き喚いた。どこに行く時もいつも抱えていた程のお気に入りだったのだから仕方のない事だ。



 仕方がないから俺は新しく買う事を提案し翔はひどく拗ねていたがその日はどのみち買い出しに出る日だったのでごねる翔を連れ出し、先にぬいぐるみを買いに向かったがいつもは手を繋ぐ翔がこの時は繋ぐ素振りを見せなかったのでそのまま歩きだした。


 一店目ではどれもお気に召さず仕方ないのですぐ近くのぬいぐるみが沢山置いてある女の子向けのファンシーショップに向かう事にした。


 ファンシーショップに向かう道中大きい交差点の横断歩道に差し掛かる時、翔はイヤだと叫んだ。突然の大きな声に通過人が振り向き中には立ち止まってしまう人がいた程だ。


 そして翔はそのままグズりだし、イヤだアレがいい!アレじゃなきゃイヤだ!いなかい!と言って座りだした。


 翔はちょうど第一次反抗期の頃合いでこの所我儘気味だったのだがぬいぐるみがダメになった事で強く反発してしまっていた。



 この時俺は深く考えず道の真ん中だし反抗期だからと甘やかすだけでなく少しは厳しくしなければと思い〝そんな我儘言うんだったら置いてっちゃうからな〟と言い俺は信号が青に切り替わっていた横断歩道を歩いていく。



 別に本当に置いていくつもりはなくてスーパーなんかでたまに見るお菓子を買ってもらえなくてその場にうずくまる子供に母親が〝パパとママは先にいっちゃうからね!〟と言って子供を動かさせるアレのつもりだった。



 横断歩道の半分を超えちょうど七割ほど渡り後少しといったところでうろから〝にぃに にぃにぃ〟と後ろから翔が俺を呼ぶ声と未だにお気に入りのピコピコなる幼児シューズの音が聞こえてくる。



 歩行者信号はまだ赤になる兆しをみせず俺は立ち止まり今度はこちらから手を繋ぐかと後ろを振り返る。



 振り返った先では泣きながら必死にこちら目掛けて走り横断歩道を少し進んだところで翔と1メートルもない距離に車が接近していたのが俺の目に飛び込んできた。



 そのまま翔はかなりのスピードで突っ込んできた車に轢かれた。


 動く暇もなかった。声を出す暇もなかった。


 交差点に自分の物でない誰かの甲高い悲鳴が木霊こだまする。



 〝何があったんだ⁉︎〟〝救急車を呼べ!〟〝ち、小さな男の子が…〟〝子供が轢かれたぞ!〟〝早くしろ!〟そんな声が聞こえてきて信号が赤く点滅しはじめた。



 俺は何が起きたのか、何が起きているのか理解が出来なかった。いや、理解はしているが受け入れられなかったんだ。


 俺は立ち止まり動けないまま救急車とパトカーのけたたましいサイレンの音が近づいてくる。



 血で赤く染まった翔が救急車に乗せられていく。



 はじめて見る名前も知らないお姉さんが俺に向かって必死に何かを捲し立てているが全然耳に入ってこない。


 お姉さんに両肩を掴まれ強く揺さぶられながら付き添いがどうとか聞こえてくる。翔とのやりとりを見ていた人なのだろうか。


 そんなどうでもいい思考が浮かんでお姉さんに揺さぶられて見上げた空は憎たらしいほど青く澄み渡っていた。





 俺はそのお姉さんに救急車に押し込まれ気がつけば病院にいてそのまま翔が亡くなった事を伝えられた。




 茫然自失のままどうやって帰ったか不明だが何も言わずに玄関をくぐり家に入る。孤児院の子が翔だけになった時からそれまで必要なものを取りに帰るだけだった家に移り住んだ。



 物音一つしない自宅のなかを歩いていく。


 そのまま一つの部屋にたどり着く。中に入ればこれまでと何も変わらない部屋。


 使いもしない花瓶に無駄に分厚い本の積まれた本棚、何も入っていない空のタンス、周りの壁にかけられた子供達の絵。その中には当然翔の絵もあってそれを見た途端やっと現実を受け入れたのか様々な感情が湧き上がりだす。



 「あああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎」



 自分の喉から本当に出てるのかわからないほどの声をあげ、タンスを本棚を力尽くで引き倒しカーテンを引き裂き花瓶を叩きつけ、涙が枯れるほど喉が枯れる程叫び尽くした。



 

 それから式を行い必要な事は一通り終わらせて孤児院を閉園したのだ。


 式にはあのお姉さんと天羽先生が来ていた。お姉さんは先生の妹さんのようであの日姉妹で買い物に来ていて一店目に居合わせて、俺達に声はかけなかったが妹さんに教え子だと伝えていたらしい。


 それから別々に買い物して集合の予定で分かれた矢先にあの現場に居合わせたそうだ。だいぶ助けられ丁重に御礼申し上げた。



 あの事故車は飲酒運転によるスピード違反と信号無視だった。


 死ぬほど自身を呪った。己のせいだと。わざわざ横断歩道であんな事をしたから。そんな事をしなくてもちゃんと翔の心情を慮っていれば。一緒に横断歩道を渡っていれば翔だけでも助けれたかも知れないのに、そうでなくても盾にはなれただろうに。


 俺が殺したようなものだ。



 当時はそう思い込み塞ぎ込んだものだが灯や孤児院の子達に先生と色んな人が来てアレは事故なのだからどうしようもなかったのだと俺を立ち直らせてくれたのだ。


 先生にもかなりの恩があり正直頭が上がらない。







 「お墓が見えてきたね。辰兄」


 灯の声で思考を現実に引き戻される。思考に耽ってる間にこんなに近くに来ていたのか。


 「…ああ」



 2人とも会話する事なくお墓に近づいて行くともう1人誰かいる。


 此方に気づき声をかけてくる。



 「久しぶりだね辰兄、灯姉」


 「晶か、久しぶりだな。」


 「うわぁ!アッキー久しぶりだねぇ。元気してた?」



 学ラン着た爽やかイケメンボーイ。城戸きど あきら 今はちょうど中学3年生だったはずだ。



 「結構背伸びたな」


 「うん。元気にしてるよ。背は伸びたけど辰兄にはまだ届かないね」


 「お前は今育ち盛りだからちゃん飯くって運動すれば伸びるよ」



 「ならご飯を食べたら部活を頑張るだけだね」


 「アッキーて今バスケ部だっけ?もう引退の時期じゃない?」


 「もう引退はしたよ。高校でも続けるつもりだから勉強の合間に自主練はしてるんだ」



 久しぶりの再会にこのまま話し込んでしまいそうになるがここに来た目的を忘れる訳にはいかない。


 「灯。ここには線香上げに来たんだぞー」


 「あはは、ごめんごめん。つい久しぶりでつい話し込んじゃった」


 コツンと手を頭にあてテヘッ!っと灯が可愛く舌をだす。可愛い妹でなければイラッ☆ときているところだな。


 「オレは長らくいたのでもう行きますね。帰ったらまた勉強しないといけないし」


 「うえぇ!一緒にご飯でもと思ってたのに…でも受験生だし仕方ないね。頑張ってよ!」


 「おう。勉強は大事だが追い込みすぎないようにしろよ。体調崩したら元も子もないからな」


 「うん!まだ余裕はあるからやり過ぎないようにするよ。オレも高校生になったら辰兄の所に遊びにくるよ!」



 晶はそのまま言うだけ言って帰っていった。相変わらずの爽やかイケメンだったな。


 まぁ、元気にしてるならなによりだ。



 さて、俺達も線香上げて花を捧げようか。


 俺と灯は手を合わせ黙祷する。



 俺は確かに立ち直りはしたがまだどこか認めきれて無いのだろう。だから体育祭なんか肝心な時に変なものを見てしまう。


 俺の家には未だに掃除好きの俺が片付けてない部屋がある。


 孤児院を纏めていた時代に書斎用の窓のない部屋に中心に机と本棚だけをポツンと置いてあって、俺が寝る間を惜しんで書類整理や勉学をより完璧にするために使用した追い込み部屋だ。


 四方を囲む壁一面に〝寝たら殺す!〟だとか〝ミスったら死!〟などの〜死、見たいのが赤筆で書かれた紙がビッッシリと貼り尽くされている。当時は何も思わなかったが今は狂気を感じる。



 もう一つの部屋は翔が亡くなった日に荒らした部屋だ。


 このふた部屋だけはまだ掃除できずにいる。多分俺は恐れている。綺麗さっぱり片付けてしまって少しでも薄れてしまう事が、忘れてしまうのが怖いんだ。片付けてしまったところで変わる事なんて無いのに…。


 ちゃんと受け止めてはいるんだ。ただ全てとゆうにはまだできてないんだと思う。



 これまで学校生活だけが無機質だったが翔が亡くなってからはすべてが無機質だった。ただ起きてただ飯食ってただ学校行ってただ寝る、その繰り返し。


 でも鈴宮に出会って俺の無機質だった生活は彩りが出てきた。友達も沢山できた、俺にとってはだけど。



 俺は進まなければならない。ここで進まなければ俺は翔を進まない理由にしてしまう事になる。


 翔をそんな理由にしたくない。まだ、時間はかかるけどお兄ちゃんは前に進むよ。


 いつかあの部屋を片付けても決して忘れたりはしないよ。




 黙祷を終え目を開けるとちょうど灯も終えたところだった。



 「さて、帰るとするか。灯、なんか食ってくか?」


 「えっ?辰兄の奢り?ごちになりまーす!あたし肉食べたい肉!ステーキ!」


 「ガッツリと肉食だなぁ。お前ぐらいの年の子ってなんか小洒落たもんたべたがるんじゃねぇの」


 「辰兄女の子に夢見すぎー」



 夕暮れ時


 空が赤く染まりはじめ夕日が俺達を照らし道を黄金色に染め上げる。


 そんな中をどうしようもない会話をしながら2人で帰り道を歩いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る