第19話


 昨日の出来事は無駄になってしまった。

 それは教師からの連絡である。


 「昨日見学する職場決めてもらったんだけど、大半が一ヶ所に集まってしまったので一部は同じとこに行ってもらいます」


 あれだけ時間かけて決めたのにまさかの展開である。あの出来事はいったい何だったんだ。


 「聞いた噂によると、なんでも隣のクラスで問題があったらしいぜ」


 「問題?」


 司が何やら情報を持ってるようなので聞き返す。


 「ああ。氷室って奴のグループが原因でなかなか班が決められなくて問題行動まで起こしたらしいんだ。」


 「それで多く選ばれた職業は一緒になったのか」


 バカかよ。どうせその氷室って奴と皆行きたくて諍いを起こしたとかそんな落ちだろ。


 「何でもその氷室と一緒になりたくていざこざを起こしたらしい」


 「アホくさ。そんな事でダメになるなんて友達じゃないでしょ」


 「確かに言えてるね」


 予想通りの落ちだし鈴宮の言う通りだろう。たかが1日の職場見学の為に争ってなんの意味があるのやら。

 まぁ、争うほどの友達なんていないからわからんけどいる奴にはいる奴なりの理由があるのか。


 そう考えると常に余り物で周りに流され続ける浮雲体質最強だな。


 「まぁ氷室は超美少女だからな。競争率高いし引っ込み思案で自分の意見を強くいい出せない子だから右往左往してる間に本人置いてきぼりでヒートアップしたんだろうな」


 「そんな人気なのか。知らなかったな」


 まぁ僕の場合は同じクラスでも未だに知らない人もいると思うけどね。


 「辰巳はクラスでも知らない奴いるでしょ」


 「エスパー?」


 「一緒にいる時間長いんだからわかってくるわよ」


 いきなり恥ずかしいこと言わんでくれますかね。照れちゃうでしょ。


 「俺達には関係ないことだから別に気にすることもないだろ」


 「確かにな」


 「それに皆で同じとこ行けるから私はいいけどね」


 「私も一緒に行けるなら何でもいいわ」


 僕の知らないとこでめんどくさい事が起こってたみたいだが害がないなら別にどうでもいい。

 いつものメンバーでいけるから僕も少し嬉しいからな。


 そんな事があったが1日が過ぎていく。





 いろいろな問題がありながらも職場見学の日がやってきた。


 決まったのは製造系で最近鍋のCMで有名になってた所だ。なんと見学終わりにCMの鍋の素が貰えるらしい。

 みんなとは一緒だし鍋は好きだしで少し嬉しい。


 「辰巳なんだか楽しみだね」


 「そんなにか?」


 「うん」


 確かに製造系は不思議と心躍るし見てるだけで楽しいんだけども僕的にはあの五月蝿い連中がいなければ良かったんだけどなぁ。

 数人の女の子に群がって歩きながらヤバイだなんだと中身のない会話してるし。


 あの中心の囲われている子が氷室か。すんげぇ暗い顔してるし楽しくないだろうな。


 「僕はもう少し静かだといいんだがな」


 「確かにね。でも気にしなければいいんじゃない?」


 「そんなもんか」


 やっぱり鈴宮ってその辺サバサバしてる。自分の思った事ズバズバ言うのに人気高いんだよなぁ。


 そんな事を考えながらついジッと鈴宮を見てしまう。


 「何?そんなに見られると恥ずかしいんだけど」


 「いや、なんでもない」


 ちょっと見すぎたらしい。


 「企業の方に迷惑かけないように気をつけてくださいねー!」


 そんな教師のセリフから見学が始まる。


 「辰巳一緒に行こう」


 「ん、いいぞ」


 「私達もいい?」


 「やっぱりいつものメンバーだよな」


 「そういえばそうね」


 「いつものメンバーの方が気楽でいいよ」


 何をやるにしてもこのメンバーが多い。周りも楽しそうだしこの方がいいか。


 いつも通り一歩分ほど後ろを歩いていると


 「友達ができて良かったね。鷹宮少年」


 そんな茶化したようなセリフを投げかけてくる。


 天羽先生だ。生徒からの人気の高い美人だ。1年の時から何かと目を付けられている。元々気にかけられ気味だったがちょっとしたきっかけでこんな風に絡まれるようになってしまった。


 「……そうですか」


 素っ気ない返事を返してしまうがわざわざ耳元で甘い声音で囁かないで欲しい。くすぐったい。


 「ふふ。凄くくすぐったそうね」


 「特に反応しなかったのによくわかりましたね。というかわかるならやめて下さいよ」


 「鷹宮君はわかりやすいんですよ」


 鈴宮もそんな事を言っていたがそんなにもわかりやすいのだろうか。

 …なんだか急に寒くなってきたな。何でだ?


 「辰巳何先生をたぶらかしてるのよ?」


 鈴宮あなたでしたか。寒さの正体は。


 「別に誑かしてなんかないよ。そもそも僕に惚れる女性はいないよ」


 「……」


 …この反応はいったい…?


 「惚れてるかも知れないのが1人はいるんだよねぇ」


 「ムカつくことにな」


 お2人さんコソコソ話ししてないで助けてくれませんかね。


 「だから自分を悪く言うんじゃないわよ!」


 「す、すまん」


 「まったくもう」


 「本当に良かったね。鷹宮君」


 「何言ってるんですか。貴女のせいでこんな事になってるんじゃないですか」


 「とりあえずそろそろ行こうぜ」


 「遅れちゃってるしね」


 「そうね。いきましょ」


 どっと疲れたな。

 だが先生の言う通り僕自身良かったと思っている。友達がいなかったならこの職場見学も機械的に歩いて何となく眺めて無感情に終わっていただろうな。





 「いや〜。楽しかったね」


 「うん!見てるだけでも充分楽しめたね」


 「元気すぎるでしょ」


 「確かにな…」


 職場見学は一度学校に戻り解散となった。最後はちゃんと鍋の素はもらえたが鈴宮がすごい嬉しそうなのが印象的だった。


 「それじゃ帰りましょうか」


 「そうだな。疲れた」


 帰るといっても鈴宮家に行くんですけどね。


 「じゃあ、行きますか」


 そう言って4人で歩き出した時背後から声をかけられた。


 「みーちゃん先輩!」


 大きい声でその名を呼ばれるとは…。

 みんなは流石に誰の事かわからないが僕達に声をかけられてる事はわかるみたいで足を止めて見ている。


 「おう。どうした右京」


 背後でみんなが息を呑んだのがわかる。ただそれが呼び名についてなのか後輩がいた事になのか。

 というか右京の隣にいる子は…最近よく話しかけてくるあの子だ。


 「実は彼女が先輩に話しがあるそうでして」


 「鷹宮先輩少しだけお時間お願いします」


 「…わかった。場所を変えよう」


 鈴宮達から離れて人気のない場所まで移動した。


 僕の方から話しを切り出す。


 「それで話しってなに?」


 「その、鷹宮先輩って鈴宮先輩と付き合ってるんですか?」


 何故そんな事を聞いてくるんだ?


 「別に付き合ってるとかじゃないぞ」


 「そうなんですね」


 「ああ」


 「…いきなりですが、鷹宮先輩が好きです!付き合ってください!」


 「は?」


 は?なんて?僕の事が好き?この子と話したのはほんの数日前だぞ。それも体育祭がきっかけで。


 「まだ知り合って間もないのにどうして…」


 「本当はこんなに早く言うつもりはなかったんですけどね」


 「なら何故」


 本当にわからない。


 「鷹宮先輩の側にはいつも鈴宮先輩がいてそれで不安になって言ってしまいました」


 「…別に誰かと付き合ってるわけじゃない。でも君と付き合うことはできない」


 「それは……私のこと知らないからですか?」


 「そういうことじゃない。うまくは言えないけど例え友達だったとしても付き合うことはできない」


 告白された時一瞬鈴宮の顔が思い浮かんだ。僕は誰かと付き合う事はできない。


 「そう…ですか。いきなりですいません、ありがとうございました。」


 「いや、大丈夫だ」


 「それでは失礼します」


 そう言って彼女は涙を堪えながら走り去っていった。


 僕も行かなければ。みんなが待っている。







 みーちゃん先輩は彼女を連れ立ってしまいこっちは手持ち無沙汰となり一通りみんな挨拶をして絡まれる。


 「ねぇ。みーちゃんってもしかして鷹宮君のこと?」


 「はい。そうですよ」


 「辰巳に後輩の友達がいたとはな。何か気があったとかか?」


 「それもありますがどちらかと言えばシンパシーですかね」


 ちょうどいい機会だし気になってとことを確かめよう。


 「僕からも鈴宮先輩に質問いいですか?」


 「いいわよ。なに?」


 「変な事聞きますけどみーちゃん先輩のこと好きだったりします?」


 「う〜ん。内緒!」


 鈴宮先輩はわずかに顔を赤らめ笑顔でそういった。

 僕は他の先輩2人に近づき小声で話しかける。


 「あんな嬉しそうな顔して隠してるつもりなんですかね?」


 「本人はそのつもりなんだよ」


 「そういうとこ可愛いよね」



 「悪い、待たせたな」


 戻ってきたようなのでこれでお開きですね。






 私はいま職場見学でもらった鍋の素をさっそく使い晩ご飯のしたくを済ませ放課後の出来事について辰巳に聞いている。


 「こ、告白されたぁ!」


 「そ、そうだけど」


 酷く胸がチクリと痛む。


 「そ、それで返事はどうしたの?」


 「断ったよ。よく知らないで付き合うなんてできないだろ」


 「じゃあ、知ってたら付き合ってた可能性があるの?」


 「いや、そうでもない」


 やたらハッキリと言い切るわね。


 「何で?結構可愛いかったと思うけど?」


 「それでもないよ」


 まだ私は辰巳が好きなのかわからないけど辰巳が自分以外の人と一緒にいるのはなんかいやだと思う。


 最初はただの優しい奴で香澄を助けてもらった時は噂とは全くイメージが違くて根暗特有のオドオド感とかもなく堂々と悲しい事も言う、なんていうかこう、真っ直ぐな変な奴になっていた。

 気がつけば私は目で追うようになっていて助けられて支えられている。


 最近は一緒にいるのが当たり前になっていて近くにいると何故か落ち着かなくて不安になって熱くなる。でも離れてほしくなくて胸がざわついて寂しくなってしまう。


 私はまだこの気持ちにハッキリ名前を付けきれないけど大切に育てていきたい。





 鍋。それは僕の中では最強料理の三位に並ぶものだ。それをあの鈴宮が手掛けるなんて楽しみでしかない。ただ鈴宮は鍋よりも告白の方が気になるらしい。


 ちょっと考え込んでたみたいだが断った理由がよほど気になるのかな。


 「なんていうか一瞬鈴宮の事が浮かんだんだよな」


 「………」


 「僕はこの時間が好きだし鈴宮を悲しませたくないと思ったから付き合うことはないよ」


 ハッキリとはわからないけど彼女もきっとこの時間を好いてくれていると思う。お互いが好きだと思っている時間を大切にしていたい。


 「ば、バカなこと言ってんじゃないわよ!」


 「うわっ!何で急に怒ってるの⁉︎」


 鈴宮が顔を赤くして怒りだした!


 「あんたが恥ずかしげもなくそんなこと言うからでしょ!」


 今度はバシバシ叩いてきた!


 「本当にそう思ったから言ったのに!」


 「だからそういうところだってば!」


 「お姉ちゃん!お腹すいたー!」


 香澄ちゃんのおかげで何とか終戦した。

 三人で美味しく鍋をいただく。


 一括で栄養も摂取できてなおかつ旨い。やはり鍋はカレー、シチューに並んで最強だと思う。

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