第16話



 満腹すぎる中始まった午後の部。


 午後は全員参加のクラス対抗綱引きからスタートである。結果は2位。思いの外強いなこのクラス。そのまま玉入れ棒倒しパン食い競走と続いていく。



 次は3年の応援合戦だ。紅組白組男子はそれぞれの組伝統の演舞。ただどちらの組みも少々女子も混じっている。女子は皆基本チアリーダーのようであのポンポンするやつで応援している。

 女子の応援が先のようだ。…鈴宮があのポンポンするやつ持って応援するとこ見てみたかったとか思ってしまう。


 絶対可愛いだろう。




 …いままでの僕なら絶対こんな事思わないしこんな感情をもつ事もなかっただろう。人はこんなに短い期間で変われるものなのか。……いや、違う。鈴宮と出会ってからだ。彼女が僕の見る景色を世界を変えたんだ。


 僕は彼女のことを全然知らないけれど何かしてやれているだろうか。




 応援合戦が終わり歓声が上がる。そして競技進行のアナウンスで意識を引き戻される。


 確か次は女子騎馬戦か。そんなことを考えていると鈴宮達が話しかけてくる。


 「いや〜鷹宮君。ついに私達の見せ場だよ。ちゃんと応援してね、司君もだよ」


 「おう!もちろんだぜ」


 司が力強い返事を返す。

 気合いの入りようが違うなぁ。


 「ちなみに私達2人とも騎手よ」


 と鈴宮が以外な情報をもたらす。鈴宮はまだしも葵さんが騎手とは。


 「おいおい辰巳。なんでそんな以外そうな顔してんだよ、競技決めの時お前ちゃんといただろ」


 「あんた興味無さそうだったし、やっぱり自分のとこしか見てなかったのね」


 「ちなみに鈴が大将だよ」


 以外とサバサバ系で勝気な彼女だがまさか大将騎だとは驚きだ。しっかりと見ておくか、怪我をしないといいが。


 競技者は集まるようアナウンスがおこなわれる。


 「ああ、2人とも頑張ってこい」


 「うん、行ってくるね」


 葵さんがそう言い2人が歩きだす。

 数歩進んだところで鈴宮がハチマキを締め直しながら軽く振り返り


 「辰巳。私のこと、見ててね」


 そう言ってグラウンドに向かって行った。

 …カッケェ。


 「…なぁ司。鈴宮かっこ良すぎない?」


 「そうだな。思わず惚れてしまいそうなイケメン振りだったな」


 おっ、始まった。

 すごい白熱してるなぁ。

 鈴宮は大将騎なのにガンガン突っ込んでハチマキ取りまくってる。普通に強え。


 展開がかなり早い。ずいぶん減ったな。

 あっ。葵さんが敵の特攻で道連れにあった。そして鈴宮が大将同士の一騎討ちに持ち込んだ。

 しばらく取っ組み合っていたが鈴宮が受け流しバランス崩したとこでハチマキを掻っ攫っていった。




 やり切った感の鈴宮達が戻ってくる。


 「どうだった?辰巳」


 「カッコ良かったぞ。」


 自分は冷たすぎるのでないかと思うほど無関心で誰かを応援した事などなかったが初めて頑張れって思った。初めて応援した。


 「あれ?辰巳終始無言じゃなかった?」


 司がなんかいいだした。

 鈴宮が噛みつく。


 「はぁ⁉︎あんた応援しなかったの?まさか、見てすらいないとか無いでしょうね」


 「違う違う。ちゃんと見てたよ。声にでてなかったけど心の中で応援してたんだよ。心が叫びすぎて声にできなかったんだ」


 嘘ではない。本気でそう感じていたんだ。


 「鷹宮君、急に熱い人になったね」


 「あんた今かなり恥ずかしいこと言ってるわよ」


 「…ほっとけ」


 思わず顔を背ける。



 チラリと流し見すると葵さん鈴宮、司と3人で盛り上がっている。…なんだろうかこの胸にこみ上げる感情は。いつか、わかるだろうか。


 プログラムは進んでいく。



 もう最終競技だが問題が起きた。最後は紅組白組学年対抗リレーだ。この競技は紅組白組でそれぞれの学年で代表10人選出し、一回で各組みの学年1人づつで計6人走る。当然得られるポイントはでかい。一位から三位まで独占できれば最高だがそうもいかない。だが可能性がある分みな選りすぐりだ。


 そんな中僕達2年紅組のアンカーが捻挫をしてしまい代理を立てなければならないのだがなかなか決まらない。

 アンカーってだけでも大役なのに周りは選りすぐりの戦士たちだ。良い順位で回ってきたところでごぼう抜きにされるかも知れない、出た所で敗軍の将、そんなプレッシャーもあり誰も出たがらない。


 余りにも決まらないので教師が痺れを切らしこちらで適当に決めるといいだした。


 酷く嫌な予感がする。種目決めくじ引きでもアタリを引いてしまったし今回も来てしまう気がする。


 鷹宮ーと呼ばれてしまった。とりあえず返事をするが最悪だ。目立ちたく無いし動きたくもない、すでに安堵と憐憫の視線に晒されている。



 「鷹宮君!ガンバレ!私は応援してる」


 「辰巳。暗すぎんぞ。この状況ならもう吹っ切って行くしか無いぞ」


 「辰巳、私はちゃんと見てるから」


 …嫌なのには変わらないが少し気が楽になる。


 「…はぁ」


 少し彼女達に答えようと思う。負けてしまうかも知れないけれど。


 ため息を吐きながらハチマキを外し束ねて隠していた髪を解く。そして顔を隠していた長い前髪をかき上げポニーの高い位置でくくり改めてハチマキをする。


 鈴宮達を除いて周りは皆唖然としている。顔を見せるのは初めてとはいえ驚きすぎだろう。


 「じゃあ行ってくるよ」


 そう言い僕はグラウンドに向けて歩きだす。






 司が順番待ちをしている辰巳を見ながら話しかけてくる。


 「まさかアンカーになるとは思わなかったけど、ついにきたな」


 「…うん」


 少し力なく返してしまう。

 今あちこちで声が上がっている。〝あの髪の長い人誰?〟〝ええ!何あの人!カッコよくない?〟〝あんな人うちの学校にいたんだ〟〝後で声かけてみない?〟そんな声が聞こえてくる。辰巳が皆に知られる、そしたら友達も増えて嬉しいことかも知れない。でも私しか知らなかった辰巳が衆目に晒されて寂しく感じてしまう。


 辰巳に私の事はどう映っているんだろう。


 スタートラインにアンカー達が並び始めた。もうすぐ辰巳の出番だ。


 「辰巳ぃ‼︎後ろは気にするんじゃねぇぞぉ‼︎」


 「鷹宮君!ファイトー‼︎」


 辰巳がこっちに視線を向けた時、2人が盛大に声を張り上げ応援する。


 私も、と口を開きかけた時、辰巳が驚愕?したかのように目を見開き走者が来る、私から見て左側に身体ごと向ける。さっきまでの楽しさを含んだ優しい顔が消えてそのままバトンを受け取り走りだした。


 どうして、なんで、そんな何も映してないような瞳をしているの?






 あ゛ー!エグい暑さにエグい視線の嵐。まぁ、そうだよねぇ。普段から髪で顔半分隠して友達もいないに等しく根暗なオーラを放っている。移動教室とか人目に触れる事がある分他学年でも不気味で根暗の代名詞としてそこそこ知られている、そんな奴が顔面初公開で前髪だけでなく後髪も長くしかも大勝負の代役とはいえ大取りだ。そんなの嫌でも目立つ、目立ちたくないのになぁ。


 そろそろ出番だからスタートラインに並ぶ。こうして他のアンカー達と並び立つと酷く浮いてるように感じてしまう。


 ちなみに我がクラスは現在4位だ、そこまで離されてもいないが離してもいない。最下位だけは避けたい。


 ただ何となくクラスの方を向く。


 「辰巳ぃ‼︎後ろは気にするんじゃねぇぞぉ‼︎」


 「鷹宮君!ファイトー‼︎」


 司と葵さんからの声援が飛んできて思わず口元が緩んでしまう。

 ぶっちゃけ僕をこんなに応援してくれるのは彼女達だけだろう。鈴宮にも見てるからって言われたし少しでも勝って楽しい気持ちを共有できるようにしたい。


 〝できるの?〟


 だが唐突にそんな声が聞こえた。これは僕の声だ。


 思わず声のした方を向く。僕だ、学ランを着た中学生時代の僕がいる。


 〝本当にそんな事できると思うの?〟

 〝あの子を死なせてしまった僕に?そんな権利が?〟


 一瞬で冷める。こんなものただの幻だ。自分の見ないように意識しないようにしていた物に目を向けさせらる。最悪だ。なんでこんなタイミングで。自らで幻を創り出すなんてハムレットかよ、と思いながら暗い感情を押さえ付け前の走者が近いてくるのを視界の端に捉えながら助走を始める。



 バトンを受け取り全力全開のフルスロットルで駆け出す。

 これからもっと夏に向けて熱さを含むであろう風がゆるりと肌を撫で髪を靡かせる。


 そんな風を切るかのように前の走者に距離を詰め抜き去っていく。その際何か言ったようだがオレの耳には届かずそのまま置き去りにされて行った。


 そこからは歓声も何も聞こえない。


 ただ全速力で駆ける。まるで昔の自分から逃げるように。


 最初のカーブを越えて、長い直線を越えて、最後のカーブも越えいつの間にか前にいた走者はいなくなっていた。



 もうあとはゴールテープを切るだけ_



 怒号のような大歓声がグラウンド中に響き渡った。




 「鷹宮超ヤバすぎねぇか⁉︎」


 競技を終えて戻ると今まで1度も話した事もない奴らが群がってきた。

 やはりこの競技で学校中の視線を集めてしまったのは確かだろう。4位から一気に追い上げて1位になってしまったし。


 「辰巳!お前すげぇ足速いな!今まで手ぇ抜きすぎだろ!」


 「ホントだよ!鷹宮君!大逆転だったよ!」


 司と葵さんがすごい興奮して褒めはやしてくる。なんか、どうリアクション取ればいいかわからない。


 「辰巳?どうしたの?急にむず痒そうになったけど」


 鈴宮はやっぱり鋭いな。


 「…褒めら慣れてないからあまり褒めないでくれ」


 思わず変なセリフが出てしまった。


 「なにそれ⁉︎そんな事言う人初めて見た!しかも断られたし⁉︎」


 「こら!変な事言ってないで褒め言葉ぐらいちゃんと受け取りなさい」


 葵さんは変わらず超テンション高い上に鈴宮からお小言と共にビスッとチョップを頂いてしまった。


 「…すまなん。ありがとう」


 「よろしい。それじゃ閉会式が始まるからいきましょ」


 「おう」



 閉会式が始まり掲示板に数字のカウントが始まる。

 結果は我々紅組の勝利となった。ちなみにクラス順位としては入賞はできなかったが結局会費集めて行くらしい。


 僕は颯爽と引き上げ真っ直ぐに帰るつもりだったが同じく打ち上げボイコットした鈴宮からメールがあり鈴宮家に向かった。



 現在、リビングで足のないローソファー?に2人並んでテレビを見る。


 鈴宮といろいろ話して気を保とうとしているが予想打にしてない事がかなりあってそのせいか酷く眠い。このままだと眠ってしま_Zzz_






 うつらうつらと船を漕ぎながら頑張ってたけどとうとう眠ってしまったみたいだ。最後のリレーはなんか様子が変になったと思えばすごい速さで1位になってたし流石に疲れたのだろう。



 リレーの時の辰巳の姿がなかなか頭から離れない。何故あんなにも豹変したのか。いつか私に話してくれるだろうか。


 それに辰巳の姿が公開されて休み明けから人が群がってくるだろう。主に女。


 誰にも渡す気はないが辰巳がこんな無防備な姿を見たのは私だけのはずだ。睫毛が長く白い肌もシミ一つなくスベスベで綺麗な寝顔。これも私しか知らない辰巳の顔だ。今はこの瞬間を噛み締めていよう。



 寝ている辰巳に距離を詰め、辰巳の右手に私の左手を握らずにそっと重ねる。そのまま寄りかかり頭を辰巳の肩に乗っける。触れてる所から温もりが伝わり身体があったまるなか胸が一際熱い。


 そんな事をしている内に私もいつの間にか眠ってしまっていた。





 「ただいまー」


 あれ?テレビの声はするのにお姉ちゃんからのおかえりがない。


 不思議に思いリビングにいく。そこでお姉ちゃんとお兄ちゃんが仲良く手を繋いで寝ている。


 お腹空いたけど幸せそうだからそのままにしておこう。





 うう、どうやら寝てたみたいね。外を見ると真っ暗だ。私は慌ててまだ寝てる辰巳を起こす。


 「辰巳!起きて!もう外真っ暗になってる!」


 「おう⁉︎」


 「お兄ちゃんお姉ちゃんおはようー」


 「香澄⁉︎帰ってきてたならもっと早く起こしてよ!」


 「鈴宮!もう20時だ!そんな事よりも早く作ろう!ごめんね香澄ちゃん。すぐ作るから」


 「はぁーい」


 私と辰巳は慌ててキッチンに駆け込みお互い味見とかしながらちゃっちゃと作っていく。





 起きてすぐにお兄ちゃんとお姉ちゃんは慌てて走っていってしまった。2人で並んでご飯を作ってる後ろ姿はまるで_


 (お父さんとお母さんみたい)

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