第24話 鋤柄手法

火曜日がやって来た。

かなえの足は、あの店に向いていた。

鋤柄さんの件で舞い上がっていたが、わたしには鋤園さんの件があった。


暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。

店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。

かなえは、店の戸を開けた。


数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。

奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。

かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。

食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

かなえはテレビの横の席に座った。


テレビでは、今週も『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。


  ×  ×  ×


エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表は、改造人間シオンでお届けする」


シオン「どうも、人間の感情をちゃんと持っています。シオンです」


アルマ「感情とは一体なんでしょうか。アルマです」


エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。今週はお一人様について考える。人間は単独行動する人間に対し“お一人様”と呼び名をつけているようだ」


アルマ「そもそも、一人であることは当たり前のことでは?怪人も一人です。人間は集団行動を推奨しているんでしょうか?気持ち悪い習性ですね」


シオン「だって、一人なんて寂しいじゃないか。大人数は楽しいよ」


エモーション「“様”をつけるあたりに、一人でいることに対し、よろしくない感じが見え隠れしている」


アルマ「人目を気にして一人でラーメンを食べられない女がいるらしいですね」


シオン「まぁ、確かに、女性一人では、油がギトギトしたラーメン屋には入りにくいかもしれない。ノートがパラパラというより、パリパリとめくれるお店とかは特にそうだ」


アルマ「諦めたその店のラーメンが美味しかったらどうするの?出会いを一つ捨てていることになります」


シオン「それでも、一人で行くのが億劫な人だっているでしょう。誰もが怪人のように心が強くないんです」


エモーション「では、一人でどこにも行けないという人間に、怪人がいいことを教えてやろう。いいか、本格的なカメラを持って行け!!!」


シオン「カメラ!?」


エモーション「カメラさえ持てば、人間はどこへでも一人で行くことができる。カメラを極めるための行動だと、世間様に猛アピールをするのだ。これは男女問わず効果を発揮するだろう」


アルマ「さすがです!是非ファミレスにもカメラを持って行きましょう!」


エモーション「わたしは、カメラを構えれば誰でも撮れる絶景より、偶然撮れた奇跡の一瞬が好きだ!これこそもっと評価されるべきだ!そう思わないか!」


シオン「議題がずれてませんか?」


  ×  ×  ×


本格的なカメラか……

わたしにはどうやら必要なかった。

わたしは今や、無敵の“お一人様”だからだ。

そして、この男性客ばかりの『ことだま』にも何も感じていない。

麻痺したと言った方が近いのかもしれない。

このラーメン屋に入らなかったら、わたしに鋤柄さんとの出逢いはなかった。

だから、『ことだま』は、わたしにとって大切な場所だ。


かなえは、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。

ノートを開くと、そこには、続きの“文字”が書かれていた。


『鋤園さん、はじめまして。今度、一緒に怪人の討論番組を見ませんか?このノートがあるテレビの横の席で。』


えっ……!

これって、まさか、会いましょうってこと……!?


なんてことだ!

というか、距離縮めるの、早くないですか?

自分の名前は名乗らずに。まぁ、わたしも本当の名前を名乗ってないですけど。

わたしはもっと、当時は鋤柄さんとやり取りしたし、婚活パーティーのこととかいろいろ相談もしたし。もっとどんな人生を過ごしてる人とか、傘を差す、差さないとか、雨の日にビニール袋を被るかどうかとか、いや今はエコバッグ被ってるよとか……

聞くこといっぱいあるでしょうよ!!


かなえは返事に困った。

こんな時は、どうしたら……


かなえの出した答えは、“白紙”だった。

ノートから消える。

それは、“鋤柄直樹(仮)”と同じ手法だった。

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