第23話 悶絶案件

金曜日、かなえは、それでもあの店へと向かっていた。

しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。

店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。

奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。

かなえは、店の戸を開けた。


数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。

かなえは、あいているカウンター席に座った。


回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。

かなえは流れてきた寿司が喉を通らなかった。

そして、ある一皿をずっと待っている。

しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。

やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。

そこには、『書いたらお戻しください』とあった。

かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。

緊張が走る。先週白紙だったノートを目の前にし、指が震えた。

かなえは、恐る恐るノートを開く。

そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。


『かなえさんへの質問を考えていたら、時間がかかってしまいました。』


「鋤柄さん!!!」


かなえは思わず立ち上がり、声をあげた。

そして、我に返り、辺りをきょろきょろして静かに座った。

周囲は黙々と寿司を食べている。かなえのリアクションにも無反応だった。


鋤柄さーーーん!!

なんと、わたしの名前を呼んでくれた!!

もうこれは、悶絶案件である。

鋤柄さん、ずっと、わたしへの質問を一生懸命考えてくれてたんだ!!

マジ、尊ーい!!!

そして、疑ったわたしの大馬鹿野郎ーーー!!!


え?でも、待って……

結局、わたしへの質問は??


ノートをいくらめくっても、肝心な“かなえへの質問”は書かれていなかった。


書いてないじゃん!!!

結局書き忘れたの?それともまだ考え中!?

でも、いっか。

わたしのことを、ずっと考えてくれてたんだもん!!!



流れてきた寿司が、突然喉を通るようになった。

嬉しくて何皿も甘エビを食べた。

味覚よりも嬉しさが増して、どうやら味が分からない気がした。

それでも満足だった。


ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。


『わたしに興味ないのかと思いました(笑)。人間はいつか死んで消えてしまうのに、今甘エビを食べています。人間は頭がおかしいと思いますか?』


かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。

甘エビに続き、アナゴを食べることにした。


突然、店の戸が開く音がした。


まさか、鋤柄さん!?


かなえは慌てて戸の方を振り返った。

しかし、現れたのは小鯖だった。

小鯖は、かなえを見つけると当たり前のように隣に座った。


「あれ?今日はなんだかご機嫌ですね?わさびなすじゃないし。おっ、アナゴですか?」


「美味しい食べ物は、全て茶色なんですよ」


「かなえさんって、やっぱり面白い人ですね」


やっぱりって、なんだよ!


かなえは、アナゴを口に運ぶ。


味覚よりも嬉しさが増して、どうやら味が分からない気がした。

それでも満足だった。

鯖男が横で何かを言っている気がするが、今日はさほど気にならない。


わたしは、やはりお金で幸せを買っている。

ラーメン屋『ことだま』に異常に通っていた、あの頃と何も変わっていない。

全ては、いつか鋤柄さんに出逢うため……

人間はやっぱり、頭がおかしいのかもしれない。

怪人の言う通りだ。


わたしが迷うことなくお金を支払えるものは、間違いなく時間である。

きっとお寿司ではなく、わたしはこの時間にお金を支払っている。

どうせ死ぬのにだ。

どうせ死ぬなら、全ていらないことになってしまう。

でも、どうせ死ぬとしても、この時間は無駄じゃない気がした。

とは言え、わたしは、人生のもとをとれているのだろうか?


鋤柄さんは、今どうしているのだろう。

まさか、今この店内にいたりして。

え?待って!

なら、もし、これを鋤柄さんがどこかから見ていたら……どう思うの!?

この横にいる鯖男!!

めちゃくちゃ、邪魔じゃん!!

こいつ、なんだと思われるの!?


急激に鯖男が邪魔になった。

割とイケメンかもしれないのに。

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