第25話 約束の場所

金曜日、かなえは、気になり過ぎてあの店へと向かっていた。

しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。

店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。

奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。

かなえは、店の戸を開けた。


数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。

かなえは、あいているカウンター席に座った。

今日も、回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。


店の戸が開く音がした。


まさか、鋤柄さん!?


かなえは慌てて戸の方を振り返った。

しかし、現れたのは小鯖だった。

小鯖は、かなえを見つけると当たり前のように隣に座った。


今日はいつもより来るのが早いじゃないか。この鯖男!


「約束しなくても逢える関係って素敵ですよね?」


「約束?」


「そう。毎週金曜日、約束してないのに僕は『おあいそ』で、かなえさんに逢える」


「!!」


「僕は、かなえさんに逢うために、毎週ここに来てますよ」


小鯖は、かなえに真剣な眼差しを向けた。


これは人生最後のモテ期か?モテ期到来なのか!?

寿司屋『おあいそ』の顔の見える鯖男の君。

ラーメン屋『ことだま』の名乗らぬ文字だけの君。

みんなわたしに逢いたい……だと??


だけど、わたしは……

鋤柄さんに逢いたい!!

今すぐ、鋤柄さんに逢いたい!!

鋤柄さんは見えないけど、鋤柄さんしか見えない!!

そう、わたしは鋤柄さんに逢うためにこの店に来ているのであって、決してこの鯖男と会うためではない!!


約束……

そうだ。鋤柄さんは約束を取り付けても現れない人だ。

わたしが来る日を伝えたって現れてくれない。

いや、もしかしたら、とっくに現れてるのかもしれない。

ただ、鋤柄さんが誰なのか分からないから、永遠に出逢えないんだ。

もしかしたら、いつも擦れ違っているのかもしれない。

だけど、鋤柄さんはわたしを探してくれない。探そうともしていない。

それはノートの“文字”からでも伝わってくる。“文字”だけなのにだ。


「わたしは、いつもこんなに探してるのに!!」


思わず声が出てしまった。


周囲は黙々と寿司を食べている。かなえの声にも無反応だった。

一人だけ反応したのは、隣にいる小鯖だった。


「何を探してるんですか?もしかして、わさびなすですか?注文しましょうか?」


そんなわけないだろ!この鯖男!


すると、まるでかなえの声を聞いたかのように、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。

やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。

そこには、『書いたらお戻しください』とあった。

かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。

かなえは、ノートを開く。

そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。


『人間はもともと愚かな生き物です。でも、怪人エモーションは、人間のお一人様に優しい一面もあるようです。』


鋤柄さん!!!

あなた、今も『ことだま』に行ってるんですか!?

絶対これ、行ってるってことじゃないですか!!

こうやって伝えてくれる感じ、オシャレです!!

これはもう、わたしも通うしかありません!!

というか、そもそもあの怪人の討論番組、他にどこで放送してるんですか!?

『ことだま』でしか見たことないんですけどー!!!



小鯖は、かなえが手にするノートの存在に気がついた。


「それって、寿司と違って無料なんですね?」


こいつは、何を言っているのか?

今更このノートの存在に気がついたというのか?


「『ことだま』って店、知ってますか?」


「ことだま?」


「知らないなら別にいいんです」


「美味しいんですか?何屋さんですか?もしかして僕へのお誘いですか?」


知らないならそれでいい。

知らないに越したことはない。

これ以上絡んでこないでくれ。

やはりこの人は鋤柄さんではなかった。

分かっていたことだ。

鋤柄さんであってほしくもないけれど。

やはりこの鯖男は邪魔だった。

割とイケメンかもしれないのに。


ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。


『鋤柄さん、『ことだま』にも行かれてるんですか!?』


かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。

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