【三月三日】春一番

 退役の近づいた【艦霊】は寒がりになる。そう言って座敷童の【ニシノ】がモコモコの靴下をくれたのは先月のことだった。そのあまりにファンシーな見た目と、これまでの経験から使うことはないだろうと思っていた。しかしエンジンを下ろした今となってはすっかり就寝グッズのひとつとなっている。


 桜の蕾も膨らみ、菜の花は笑っているというのに今日はとても寒かった。二十三年生きてきてこんなに寒い冬は初めてだ。寒さに対抗すべく丸まって手をこすり合わせれば、なんだか切ない気持ちになってくる。

「前ちゃん、眠れないの?」

 隣から弓哉の眠そうな声がする。どうやら起こしてしまったようだ。

「弓、ごめん。起こしたか」

「別に」

 弓哉はぶっきらぼうにそう言うと、ゴソゴソと布団の中で蠢いている。衣擦れの音が静かな部屋に響く。

「よーいしょ」

 呑気な掛け声と共に温かいものが俺の布団の中に入ってくる。

「弓?」

「前ちゃん、今日は寒いね」

 じんわりと脚の方から弓哉の熱が伝わってくる。自分が甘える体で俺を甘やかしてくれるらしい。

「そうだな」


 それは寒の戻りの夜のこと。


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