第3話。傘という字は一本の傘に四人入ると書く。その心は?

「あ、きた」


 放課後。雨が降っていては仕方がないとそのまま帰ろうとしたところでこちらの靴箱の前で何故か出くわしたそいつ。


 待ち構えていたともとれるその言動からして大方傘でも忘れたのだろう。


「何だ。降水確率にでも裏切られたか?」


 適当に答え合わせをしつつ、上履きから外履きへと履き替えてはそのまま並んで靴箱を後にする。


 そうして手に持った傘を雨空の下、広げたところで当然のようにその狭い空間を横から圧迫してくるそいつ。


「お前ホントに傘忘れたのかよ」


 距離を詰めてきた拍子に勢いで腕に絡まってくる銀髪に近い白髪。


 身長は会長よりも低いが、その会長と比べても更に長いそいつの髪の毛は一度絡まったが最後、簡単にこちらを離してはくれなさそうだ。


「かさ、わすれた」


 不意に思考に夢中になって足を止めたこちらに至近距離から上目遣いでそんな分かり切ったことを言葉にするそいつ。


 周囲から向けられる妙な視線も気にならないと言ったらウソになるが、そんなことよりも絡まった髪の毛が危なっかしくて仕方がない。


 もっといえば二人で一本の傘を使っている弊害からか、がっつり背中で濡れているその長い髪の行く末が気になって仕方がない。


「……急ぎか?」


「よていはみてい」


「いい答えだな。ちょっと寄り道するぞ」


 言いながら傘を閉じては二人して身を翻す。


 目的地はとりあえず教室だ。


 ♦


「お、いたいた」


 廊下から教室の中を覗き込んではそいつの姿を見つける。


 そいつがこちらの目論見通りに残っていたのはたまたまだろうが、それよりも問題なのは他のクラスメイトだ。


 生徒数の減っている放課後とはいえ、まだ教室の中には数人残っている。


 というのもこれはただの予想でしかないのだが、そいつはこちらに人前で話しかけられるということ自体許容しない可能性が高い。


 最悪こちらの呼びかけに今回だけは例外的に応えてくれるかもしれないが、だからといってこちらの都合で相手のスタンスというものを崩してしまうのは憚られる。


 自分の教室で待たせているそいつは引き続き待たせるとして、今のところ目の前のそいつが自然と教室から出てくるのを待つ以外にいい案も思い浮かばない。


 とりあえず出来ることもないので念力でも送ってみることにする。


 アナタは段々教室をでたくなーる。


 アナタは段々教室をでたくなーる。


 って、これじゃ催眠術だな……。


 そんなことを思っていると唐突に開いていた本を閉じて、帰る準備を始めるそいつ。


 どうやらこのまま雨が止むまで待ち続ける、なんてことにはならずに済んだようで何よりだ。


 そそくさと鞄を手にしては足早に教室を後にするそいつ。


 視線は一瞬たりとも合わなかったが、その背中はどこかついてこいとでも言いたげだ。


「何の用だよ……」


 廊下を曲がっては階段を上下と確認して荒っぽくも胸倉をつかんでくるそいつ。


 瀬良のいつも通りの対応に苦笑を浮かべては、お互いのためにもと手っ取り早く用件を口にする。


「知り合いの髪を短くまとめてほしい」


「……ったく」


 こちらから手を離してはまた廊下を確認した後、階段の上下を確認してはそれでも用心に越したことはないと小声で口を開く瀬良。


「誰だよ。知り合いって」


「銀髪に近い白髪の――」


 そういえばあいつの名前を知らないなと今更ながらに気付かされるが、今重要なのは速度以外のなにものでもない。


「まぁ、とにかくあいつの教室に行って髪を短くまとめてきてくれないか」


「……傘。それでチャラにしてやるよ」


 言うが早いか、一人でさっさと階段を下りていく瀬良。


「何だ。お前も持ってなかったのかって――」


 一本しかない傘をどう三人で使うんだ……?


 答えは階段の下へと消えていく、一見して不愛想だがどこまでも雄弁な背中を前にそう時間をかけることもなくすぐに出た。


 アナタは段々顔をみせたくなーる。


 アナタは段々顔をみせたくなーる。


 テレパシーならぬ催眠術を廊下の窓から雨空へと行使してみたが、結局その日一日太陽が顔を見せることはなかった。


「やれやれ」


 そんな囁きと共に差し出された一本の傘をさりげなく受け取っては、まったく同感だと同じ雨空を見上げる。


「やれやれ……」


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