第3話。ほくほくをもぐもぐ

 うん……?


 朝。いつものようにその日もギリギリで登校し、足早に教室へと向かえば机の上に置いてある新聞紙に包まれた細長い何か。

 机の横に鞄をかけては椅子へと腰を下ろし、そのままにしておく理由もないので早々に目の前のそれへと手を伸ばす。


 かるくは……ない?


 手に持って分かる中途半端な重さにその形状。新聞紙に包まれているところから推測するにそれは何かしらの野菜を想起させる。


 ただほんのり温かい。


 中身を確認しようとしては見計らったように鳴り始めるチャイム。教師がほとんど同時に入室してくる。


 教師の気だるげな声に促されては着席していく生徒たち。手早く朝の連絡事項が言い渡され、すぐにまた騒がしくなる。


 視界の隅に教師が退室したのを見送っては、いよいよと新聞紙へと手をかけ机の上に広げていく。


 芋……。


 それは芋だった。正確には紫色のサツマイモ。妙に温かかったことからしてそれは焼き芋で間違いないだろう。


 少し小ぶりだが時期でないことを考えれば十分立派な大きさだ。手に取れば、不意にその背中から出てくる一枚の紙切れ。


 小さなメモ用紙というよりかはノートの切れ端に近い白地に書かれていたのは「やる」という簡潔な二文字。時間もないので深く考えることなく芋の両端へと手をかけては躊躇なくへし折る。


 力はほとんど必要ない。真ん中で上手いこと割れて出てきた中身は、予想通りの橙色に近い黄色だった。


 面倒なので早速と皮ごとかじりつく。


 一口、二口。柔らかな甘みが口の中へと広がり、香ばしい芋の匂いが鼻から抜けていく感覚。胃の辺りが若干温かくなっては自然と三口目をほおばる。


「よく食えるよな」


 それは隣の瀬良から投げかけられたというよりかは、自然に零された感想。拾うかどうかほんの少しだけ悩んではごくりと飲み込んだ後、それとなく口を開く。


「これうまいぞ」


「気安く話しかけてくるな」


「ぬぉっ」


 器用にも横から飛んでくる蹴り。椅子に触れては文字通りこちらの言葉を一蹴する。


「お前なぁ……」


 視界の端に時間よりも早く入室してきた次の授業の担当教師を捉えては、両手に持った芋をまず先にと腹に収めることにする。


 右左と続けざまにかじりついては目いっぱいに頬を膨らませる。急いでおいてなんだが、口の中の水分を根こそぎ持っていかれては喉に詰まらないか今更心配になってくる。ただきめ細かく滑らかなそれは、こちらの心配など余所に、意外と簡単に胃の中へと収まった。


 本音でいえばもっとゆっくりと味わいたかったが、焼き芋は温かい内に食べたほうが美味しいに決まっている。


「ごちそうさん」


 こちらの言葉に正面を向いたまま何の反応も示さない瀬良。ほどなくしてチャイムが鳴り始める。結局最後までその澄ました横顔が変わることはなかった。

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