第2話。あいさつの方程式
「意外と足遅いんだな」
校舎の外。グラウンドを次々と走り抜ける同級生をその隅でぼうっと眺めていると、こちらから少し距離を空けて横に座ってくるぶっきらぼうな瀬良。
「いざという時のためにわざと手を抜いてるんだよ」
「ださい美意識だな」
「お腹がすいて力がでないよー」
「お前はどこぞのカバか」
「よく知ってるな」
「別に誰でも知ってるだろ」
二本目の順番が来たので瀬良とはそれで別れる。
真っすぐに数本引かれた白線の端へと向かい、前の走者が走り出したところで仕方なく前へと進み出る。
横一列で並ぶ男四人。ほどなくして響いた体育教師の威勢の良い号令に合わせて、各自思い思いの前傾姿勢を取る。
不意に視界の端から二人の走者の姿が消え、思わず左右を見回せばこちらを除いて三人ともクラウチングスタートの構えを見せている。
特別陸上競技に精通しているというわけでもないのだが、スターティングブロックもなしにクラウチングスタートというのは実際どうなのだろうか。
立ったまま片足を引いては間抜けにも余所見をしているところに、そういえばと乾いた破裂音が響く。
完全に隣が動き出してからスタートする形になってしまったが、それでも最終的には四人で示し合わせたかのようにほとんど横並びでゴールする。
ただその後はといえば流石に三者三様といったところで、勢いそのままにどこまでも走り抜けて行ってしまう者もいれば、すぐに足を止めて膝に手をつき肩で息をする者。余裕たっぷりに仲間内の下へと駆け寄っては談笑に加わる者と結局どちらがどう良いのか判然としないまま甲乙つけがたい様相を呈してしまう。
「おいさっさと並べ!」
次の走者に対してスターターピストルを振り上げては逞しい声を張り上げる体育教師。とりあえずと邪魔になってもいけないのでストップウォッチを持った記録係の横を抜け、また適当にグラウンドの隅へと歩を進めては芝生の上へと腰を下ろす。
両脇から少し後ろへと手を突き、何となくで見上げた空は見事なまでに青一色で浮かんでいる太陽も心なしか上機嫌に見える。
「お前ら負けるなよ!」
いつからか目を閉じ、意味もなく瞼の裏側に太陽の明るさを感じていると聞こえてくる体育教師の一際デカい声。ふと、スタートラインを見やればちょうど瀬良が三人のクラウチングスタート組に挟まれる形でこちらと同じように軽く立ったまま片足を引いている。
間を置かずにグラウンドに響く乾いた破裂音。スタートは傍から見る限り全員ほぼ同時。横並びのまま前半を終え、そのままゴールかと思いきやそこからバカみたいに加速していく瀬良。他の三人を文字通り置き去りにする。
「お前やっぱりウチの部に入れよ!」
軽く流してゴールする瀬良。体育教師の校舎にまで聞こえているのではないかと思えるような真っすぐな勧誘をこれまた軽く流している。
「瀬良さんやば……」
どこからか聞こえてきた率直な感想に会長が言うだけのことはあるとまた頭上を見上げては、先ほどまではなかった青空に走る一本の白線を何となく目で追いかける。
「変人」
聞き覚えのある声と不名誉な呼称。他ならぬ瀬良だが、またこちらから少し距離を空けては今度は中途半端に背中を向けて斜め前に立ち尽くしている。
「……しりとりならお前の負けだな」
「いつ始めたんだよ」
「分かったわかった。俺の負けでいいよ」
「……なんかむかつくわぁ……」
「それが負けるってことだな」
「うざ……」
瀬良はこちらに歩み寄ってくると見せかけてはそのまま横を通り過ぎる。遅れてチャイムが鳴り始めてはゆっくりと後を追うように立ち上がった。
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