教室

第1話。オンリーワンよりホールインワン

「雨か」


 予報通りに降り出したそれを廊下から窓の外へと見送っては、ほどなくして現れた階段をひたすらに上る。やがて見えてくるのは屋上へと続く一枚の鋼鉄製の扉。冷たいノブに手をかけてはゆっくりと押し開ける。


「めあめふ――れ……?」


 そしてそいつがそこにいたのはただの偶然だろう。


「……」


 不意に目と目が合い、半開きの扉からそっと手を離しては何事もなかったかのように踵を返す。


「ちょっ――」


 後ろから腕を掴まれては思った以上の力で引き止められる。しかしそれにしてもと力強い。こちらの腕がリンゴであったならば潰れていてもおかしくはなかったのではなかろうか。


「……俺は何も見ていないし何も聞いていない。だから何も聞かないしまずお前の名前が出てこない」


「……はぁ?」


 それはいつしか教室で聞いた覚えのあるような、こちらの言葉に折り合いが悪いと言っていたクラスメイトの声そのものだった。


「……とりあえず離してくれるか?」


「……アンタみたいのはそう言ってすぐ逃げるでしょ」


 ……鋭い。すさまじく鋭い。とりあえずといいながら離した瞬間に階段を五段はすっ飛ばしてはそのまま走り去るつもりだった。


「……分かった。話を聞こうじゃないか。何だ? ゆすりか? いくら払えばいいんだ? くそったれ! この人俺を掴んで離さないんです!」


「虚言を吐いた後に事実を悪事みたいに並べ立てるなこの変人」


「変人……」


 正直滅茶苦茶傷ついた。会長にそういわれる分には何も思わないその単語もその辺のやつに言われると結構刺さる。というか鋭利過ぎじゃない? その切っ先。


「……何落ち込んでんだよ」


「いや落ち込んでるというかだな……離してくれよ……悪いと思うなら……腕を……」


「すごい倒置法……ってか離したら逃げるだろ?」


「逃げるけどそこは分かった上で離してくれよ。むしろ分かった上で離して逃げたところをそれでも用があるなら捕まえて見せろよな!」


「何その横暴……てか私アンタに何かした?」


「してるね! 今してるね! 現在進行形で俺の自由を奪ってるね! そして頼むから離してくださいこの通り!」


「いやどの通りだよ……」


「……間違えた」


 何か適当なものを差し出そうとして何故かズボンのポケットに入っていた見覚えのあるチラシを差し出してしまう。


「……まぁ何だ。そういうことだから」


「いやどういうことだよ」


 適当に煙に巻こうとしては、仕舞おうとしたチラシを文字通り分捕られる。


「……日曜日? なにこれ」


「うん?」


 自分でも開いて見るまで気がつかなかったが、何やら会長はそのチラシに日曜日と大きく書き記しては、営業時間の欄に赤ペンで分かりやすくも丸印をつけてくれていたらしい。


「……まぁ、何だ」


 とりあえずと発言しておきながらいい感じの言い訳が思いつかないでいると、何を思ったのか目の前のそいつはその手に持ったチラシをぶっきらぼうにも押し付けてくる。


「……どうも」


 受け取ってはとりあえずとしわだらけになったそれを片手で折りたたみ、今度は間違わないようにと深く胸元へと仕舞いこむ。


「別に……いいけど」


 目の前のそいつはそう言いながらもこちらの腕を離そうとはしない。


「言ってることとやってることが矛盾してるんだが」


「……プール。行きたいんでしょ」


「はぁ?」


 何を言い出すかと思えば……一体全体何の冗談だ……。


「だ・か・ら! 行きたいんでしょ? プール」


 そいつは顔をずいっと近づけてきてはその分距離を取ったこちらを何故かものすごい剣幕で睨みつけてくる。


「……普通に行きたくないんだが」


「……はぁ?」


「いや、普通に何を勘違いしてるのか知らないが行かないからな?」


「じゃあなんで――」


 不意に途切れてはこちらを飛び越え背後へと向けられるそいつの視線。どうやら時間切れのようだ。


「日曜日。九時に駅前」


 強引にこちらを引き寄せては一方的に耳元で囁くそいつ。最後に忘れていたと言わんばかりに屋上での出来事を物騒な一言で締めくくっては軽快な足音を階段に響かせて階下へと消えていく。


 ……冗談だろ?


 そうは思ったが結局口には出なかった。とりあえず今日は会長に事情を説明するところから始めないといけないのかもしれない。

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