第14話。型抜きクロスワードパズル

「もしも私が体調を崩したら、その時は心配してくれるかい?」


「よくは分からないが俺はそこまで薄情じゃないぞ」


「そっか……そうだよね」


 会長は優し気に、しかしどこか儚げな微笑を浮かべてはくうを見つめたまま小さく頷く。


「……何だ。調子、悪いのか」


「うん? ふふっ。ううん。違うのだけれど、その、時にはそういう日もあって然るべきかと思ってね」


「然るべき……ねぇ」


 会長の言いたいことはなんとなく分かるものの、何を言おうとしているのかまでは分からない。ただ一年三百六十五日健康な人間でも、二年七百三十日となればどうなるかは分からない。


 それこそ十年や二十年となれば蓄積された何かしらが何かの拍子に表面化することだって十分ありえてくる。当たり前のように会長や自分においてもそれは例外ではない。


「君は意外と体が丈夫だったりするのかな」


「病弱キャラで行くつもりは今のところないな」


「それはもしかしなくてもキャラ被りかい?」


「世間一般では共通点と呼ぶらしいぞ」


「お互いに元気なだけが取り柄なのに?」


「意外だな」


「意外だろう?」


 膝の上からこちらにチラリと視線を送っては、眉をわざとらしく吊り上げる会長。正面へと向き直り、下から眺める会長の横顔は僅かに硬さを伴っているようにも見える。


「身内か?」


「驚いた。もう君相手には隠し事が出来ないのかもしれないね」


 会長は目を見開きながらも何故か嬉しさの方が勝っている様子。実際のところは会長がこちらにも分かるようにそう仕向けているだけなのだろうが、それも含めてこちらが受信できるようになっているということ自体はどう言い繕おうとも否定できない。


「まぁ、私の身内は全員元気なのだけれどね」


 前言撤回。もとい外れて良かったと思えるようなこともたまにはあるようだ。


「ところで」


 会長は上機嫌な様子で仕切りなおす。


「お見舞い師範代の君に聞きたいことがあるのだけれど」


「師範もいないのに師範代か。まぁ免許皆伝だからいいけどな」


 会長からしてこちらも出鱈目だが、お見舞いについては意外と知見があったりなかったりする。


「いつになく自信ありげだね」


「お見舞いの極意といえば結局気持ちだからな。ただ花はアレルギーとかもあるからやめておいたほうがいい。病院なら、なおさらな」


「流石だね。師匠として誇らしいよ」


「お前が師範だったのか……」


 会長は本当に恥ずかしげもなく誇らしげな顔をしている。


「まぁ、何だ。要は思いやりだな。うん」


「ふふっ。君の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」


「俺を冷血漢か何かとでも思ってるのか?」


「ううん? 君の血はとても温かい。それは私が保証するよ」


「アフターサービスがしっかりしてるんだな」


「未来設計も万全さ」


 会長はこちらを見やり、ニコリと屈託のない笑みを浮かべてみせる。


「性別は男性。年齢は私たちと同じ。いわゆる同級生だね」


 会長は一度そこで話を区切る。ついてこられているかと視線で反応を窺われては、問題ないと先を促すようにほんの少しだけ片眉を上げる。


「つい先日骨折で入院したばかり。骨折の理由については……そうだね。当日の話題にでもとっておくことにするよ」


「なるほどな」


 ここまでの前振り然り、大まかな話の流れが見えてきた。


「足か?」


「いや腕さ」


「片手か?」


「いや両腕さ」


「すごいな。何がどうなったらそうなるんだ」


「興味が湧いてきたかい?」


 会長の声色に妙な明るさが混じる。同級生のお見舞い……って、当日の話題にとっておくとはそういうことか。


「いやいや。というか行くのはお前だしな」


「またまた」


「いやいや」


「行かないのかい……?」


 会長のか細い声。涙こそ流さないまでも、全身で心細そうにしながらこちらの視線を捉えてくる。ほんの数秒の後、すぐにケラケラと笑いだしてはどこか自嘲気味に自身の言葉を冗談だとして撤回する。


「まぁ……呼ばれてもないのに面識のない同級生のお見舞いに行くのは憚られるが……」


 視線を正面の青空に。勢いよく流れる希薄な雲を何となくその目で追いかける。


「お見舞いの品ぐらいなら、考えてやってもいいぞ」


「そうかい?」


 会長の言質は取ったと言わんばかりに弾む声。上空とは打って変わって、校舎裏に吹き込む風は控えめで心地よい。


「ああ」


「なら、さっそく今日、買いに行こうか」


 自然な流れで言葉の意味を飛躍させる会長。言わずもがなこちらの意図したところではない。


「いや」


「相変わらず君は熱血漢だなぁ」


 ただそんなことは分かっているよと言わんばかりに先回りしてくる会長。にこやかに告げるその表情は、今更弁明したところで何ら意味をなさないことを意味している。


「それは……まぁ……いいか……」


「ふふっ」


 楽しそうな会長。逃げられないのならいっそのこと気分を切り替えて最大限楽しむことにする。


「あえてパズルとか持っていってやろうぜ」


「一応言っておくのだけれど、クラスからはまた別に。あくまでも今日買いに行くのは、私個人からのお見舞いの品ということになるのだけれど」


「そろそろ上がり過ぎた会長の株を窮屈過ぎない程度にまで下げておこうと思ってな」


「それは――ふふっ。そうかもねっ」


 会長は吹き出すように、どこまでも愉快な表情で腹を抱えながら笑っている。


「だろ?」


「腕の治りが早くなりそうだ?」


「それは知らん」


「ふふっ。はははっ」


 とりあえず塗り絵とクロスワードパズル、それからルービックキューブと知恵の輪はマストだろう。

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