第13話。ピクニック辞典

 仏花。手桶に柄杓。線香に火をともすのにライターかマッチ。必要に応じてろうそくや掃除用具等もあれば尚のこと良し。


 墓前に屈み、花立から古くなった花を引き抜く君。足元に広げられた新聞紙の上には――白と黄色のスプレー菊を最前列中央に、桃色の鶏頭けいとうと小さな赤い実をいくつもつけたヒペリカム、シキビの順で段々と高さを増す――四把の花束が並べられている。


「輪ゴムはつけたままでいいのかい?」


 古くなった花と交換で新しい花を花立へと戻す君。背中を向けたまま「枯れたらその都度取り替えるわけでもないからな」と理路整然に返されては一朝一夕ではない説得力に感嘆する。


「ふぅん」


 足元に広げた新聞紙。しおれた花を包んでは、手にしたポリ袋に小さくして入れる。口を軽く結びながら、手桶に半分ほど入った水を柄杓で掬い上げる君の後ろ姿を静かに見守る。花立、そして水受けの順で水を満たしては、線香とライターを手に再びしゃがみ込む君。道中に「線香はスーパーで売ってる一番安いのでいい。風のない室内で使うならまだしも、風のある外で使うなら火のつきがまったく違うからな」と聞かされていては、自然と君の手元を上から覗き込む。


 微弱な風を体で遮っては下準備として線香の先を揃える君。熱を逃がさないようにと先端を斜め下に向けてはライターで着火。「ろうそく忘れた……」と小声で漏らしていた割りにはそれほどの時間を要さずに全ての線香に火が灯る。


「ほらよ」


「うん?」


 火傷しないようにと配慮されては、横向きに差し出される線香の束。「向こう三軒両隣」と簡潔に補足されては成程と受け取り、隣接または周囲へと立ち並ぶお墓に歩を進める。


 後を追うように手桶と柄杓を手にしては、花立と水受けを満たして回る君。数本の線香を残して一足先に元の墓前へと戻る。


「挨拶しないとね」


 柄杓の入った手桶を片手に提げては、辺りを見回しながら戻ってくる君。手にした線香の約半数を手渡し、陶器で出来た淹れっぱなしの紅茶のような色の線香立てに立てかけ、君もそれに続く。


「言っておくが俺は顔を見たこともないからな?」


「そうなのかい?」


「正確には見たことはあるらしいんだけどな。生まれてすぐのころに」


「曾おばあさんだったね」


「あぁ。それからひいおじいさんと、あぁ――」


 墓標を指さしては「そういえばこの人にはあったことがあるな」と故人との記憶を懐かしむように楽しそうに笑う君。「よく野菜を持ってきてくれたんだよな。それもスーパーとかじゃ見ないようなとんでもなくでかいのを。それこそ大根なんてお前の足よりも太かったぞ」と無邪気に話す君には「変態」と一言だけ返しておくことにする。


「……これは俺が悪いな」


 墓前で静かに顔を見合わせてはどちらからともなくお墓へと向き直る。


「二礼二拍手は神社だぞ?」


「お寺の次は神社かい?」


「そういえば初詣に行ってないな」


「年が明けてもう何か月も経つけれど」


「まぁ、何だ。近いから来てるだけだしな。面白いし」


「君は時々独特な言い回しをするよね」


「たぶん風情が好きなんだろうな」


 静かに手を合わせては合掌。ほんの数秒の後、足元の手桶を手に帰り支度を始める君。一緒になって適当に枯れ落ちた葉や枝、花弁を拾い集めてはポリ袋の口を開ける。


「自己紹介をしておいたよ」


「ばあさんは何か言ってたか?」


「君をよろしくってさ」


「何だ。元気そうだな」


「うん」


「じゃあ、俺からもよろしくって言わないとな」


「うん。ふふっ」


「はははっ」


 あはははははっ――。


「という夢を見たのだけれど」


 会長はいつも通りに膝の上からこちらを見下ろしては、何故か昨日のことを今朝のことのように話している。


「最後以外は俺も見た記憶があるけどな」


「奇遇だね」


「ああ。奇遇だな」


「ふふっ」


「はははっ」


 あはははははっ――。


 とりあえずあの謎の植物がヒペリカムということだけは分かった。

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