第12話。うる覚えうるう年
「たまにはこうしてただ陽の光を浴びるというのも悪くないのかもしれないね」
会長はベンチから離れては日差しの下。大きく伸びをしてはどこかその声まで青空のように澄み渡らせている。
清々しいまでに爽やかな様子の会長だが、その後ろ姿をベンチから寝ころんだ状態で一人眺めるこちらに会長ほどの覇気はない。
「そうか?」
会長が膝の上にいないというだけでこの腑抜けようというのもどうかと思うが一度抜けてしまったものは仕方がない。
昼休みを似たような意味で息抜きと言い換えるのならば今の自分ほど相応しい者もいないだろう。
「まったく……」
会長はぶつくさと。どこか見かねた様子で足早に、それも大股でこちらへと近づいてくる。
ベンチの前で足を止めては困ったような顔でこちらを見下ろす会長。ほらと手を差し出してはこちらの起床を促してくる。
「いや……」
「やれやれ」
差し出された会長の手を掴まずにいると不意に掴まれる二の腕。こちらが頭の後ろで手を組んでいることなどお構いなしにぐいぐいと引っ張られる。
さながら大きなカブとでも言いたいところだが、あちらは地中深くに根を張っているのに対して、こちらはただ腕を引かれてはベンチの上を滑るだけだ。
ずるずるとベンチから落ちそうになったところで仕方なしに自分から立ち上がる。会長にかかれば校舎裏の地面だろうと空港のロビーよろしく、こちらを引きずってでも日向へと連れだすことだろう。
「相変わらず強引だな」
「弱気な私が好みかい?」
会長は一言でこちらの天秤をいとも簡単に傾かせてみせる。
どこかその事実を誤魔化すように目頭を押さえては、会長のどこまでも見透かしたような鋭くも無邪気な眼差しに分かりやすくも白旗を掲げる。
「たまには紫外線を浴びる気になったかい?」
「紫外線は体に悪いんだろ?」
「何事も過ぎるとよくないものさ」
「そういうものか?」
「そうなのさ。会長が言うんだから間違いない」
「ふふっ」
思わず吹き出してしまう。
会長は会長なのだが、一人称としての会長という単語を会長自身の口からまさか聞くことになるとは思わなかった。
これがいわゆるギャップというものなのかもしれない。
「そんなに面白かったかい?」
腰に手を当てては胸を張る会長。
「面白いというか、なんというかな。イメージが一致した感じだな」
「ふぅん?」
会長はニヤニヤと。何やら口角を上げては斜めにこちらを見据えてくる。
「会長はさー」
「どんなキャラだよ」
二人して視線を交わしてはおもむろに笑いだす。
「ふふっ。まぁ、私はいつだって君の言うところの会長なんだけどね」
会長はこちらの手を取り、そっとベンチへと背を向けては歩き出す。
二人して日向へと顔を出しては、太陽へと手をかざす会長。真似するようにこちらも手をかざしては、日陰から出てきただけだというのにやけに眩しく感じられてしまい反射的に目を細める。
「気分はどうだい?」
「布団だな」
「どれどれ」
横から鼻を近づけてくる会長。
「お日様の匂いでもするか?」
「うん。まだカビ臭い」
「おい」
風評被害もいいところだ。
「ふふっ」
会長は後ろ手にくるりと回転しては、こちらの正面へと回り込む。
「何だ?」
会長が良く分からないのはいつものことだが、そう言葉にすると何故か不満げな表情でジトっとこちらを見据えてくる。
「考えろと?」
会長は頷く。
「ヒントは」
「後夜祭」
「何だ。お前にしては分かりやすいな」
太陽へとかざしていた手を下ろしては、今度は逆にこちらから会長へと向けて差し出す。
「手の平を上に」
「こうか?」
「片膝をついて」
「俺は騎士か何かか」
「うん? ふふっ。何なら叙勲でもしようか?」
会長の手がこちらの指先にそっと触れては、そのまま引き上げられるように立ち上がる。
ゆっくりとその場で前後左右へと動き始める会長。促される形でこちらもそれに続く。
「何なら曲でもつけるか?」
会長に合わせるというよりもただついていきながら、不意にくるりと回転してはお互いの位置を入れ替える。
「ふふっ。どうせまたうろ覚えなんだろう?」
「さてな」
「うん?」
慣れた足さばきでこちらを振り回しながら落ちをつけてくる会長。視線はそれでもとこちらにその先を促してくる。
「まったく……困っ――たららららららーたららららららーたららーらーらららららららららー」
「タララララララータララララララータララッラーラララララッラッラー♪」
「ららっららっらーららっららー」
「ララッララッラーララッララー♪」
『らっらっらっらっらっらっらー♪ タララッラッララララッラッラッラー♪』
軽快な足取りに間の抜けた歌声。どこまでも陽気な日光浴はそれからしばらくチャイムが鳴るまで続いた。
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