第11話。掘るのは墓穴、埋めるのは予定
「まったく……君は一体どこにいたんだい?」
開口一番。会長は言うまでもなく日曜日のことを槍玉にあげる。
「いやぁーそれがな。まさか隣に植物園が併設されてるとは思わなくてな」
「言い訳かい?」
「いやいや、まぁ、確かに入る前に植物園にも入れるパスを購入しておけば二百円も安く済んだわけだが……それはいいとしてだ」
「随分楽しかったみたいだね?」
「そりゃもう思ったよりもな。でもお前のことはちゃんと言われた通りに見守ってたんだぞ? 一応」
「一応……ね。おかげで私は常に心細い思いをしていたよ」
「いやいや。一時間に一回はお前を探してウロウロしてたんだぞ? お陰で最後の方は入場券を見せなくても植物園の中に入れてくれてたからな」
「それは……その。ありがとう」
会長はどこか拗ねながらも一応感謝はしているらしく、そっぽを向きながらも完全に怒り切れないという何ともちぐはぐな態度で弁当箱へと箸を伸ばしている。
「まぁ、何だ。その……誰だ」
誰だったっけ……。あいつ……そう、あの……やけに当たりの強い……ダメだ。瀬良か!
「瀬良さん」
「そうそう。その瀬良とかいうのにもえらい小言を言われまくったしな」
今思い返しても扱いが最初から変人のそれだったのだが、定期的なプールと植物園の往復を経て完全なる変人認定をされてしまったことだけは確かだ。
ただそれでも最後まで帰らなかったのは他ならぬ瀬良だったからこそなのだろうなと今になってそう思えてくる。
「植物園。楽しかったかい?」
「あぁ。お前も行けばあの植物園の良さがきっと分かるだろうよ」
自分でも驚いたが、知っている植物を含め。珍しい植物を見て回るということがあれほどまでに面白いことだとは思わなかった。中でも普通に生きているだけでは一生縁のないような植物に対して理解を深められたということは予想以上の満足感につながっている。
「……それはつまり、埋め合わせという風に私は捉えても良かったりするのかな」
「何だ。やけに弱気だな。正直お前のこともあってほとんど覚えてないから全然いいぞ」
実際のところ植物園は併設されているという割にはかなり規模が大きかったのもあり、端から端まですべてを見て回れたわけでもなかったりする。というよりもシンプルに面白かったのでもう一度見に行きたいというのが本音だ。
「うん……行く」
会長はそれでそっぽを向いていた姿勢をいつものように戻しては恥ずかしそうに視線を逸らす。
「何だ。なんか、何だ。変だぞ」
言いようのない違和感は、どこか適当に入った喫茶店が常連だらけだった時のような。いや、馴染みのない土地でふらっと入った店が身の丈に合わない高級店だった時のような居心地の悪さといった方がより近しいのかもしれない。
兎にも角にも自分でも何が言いたいのか、何を指摘しようとしているのかよく分からなくなっていることだけは確かだ。
「ばか……」
「おいやめろ」
そこでようやく会長がわざとやっていることに気づく。
「ふふっ。君は意外と奥手なキャラに弱いんだね」
「お前の奥手なキャラが強すぎるだけだけどな」
「それは……その……」
会長は上から見下ろしているのにも関わらず、何故か上目遣いという相反した芸当を違和感なく成り立たせている。
勝ち目のない土俵には上がらないのが一番だ。そっと目を瞑ろうとして、不意に脇腹をつままれては覚醒を余儀なくされる。
お互いに不満の目。眠りを妨げられたこちらは元より、会長の不満の源は一体何だというのだろう。
「は、恥ずかしいから……そんなに……見ないでください……」
会長は頬を赤く染めては、両手でその顔を覆う。いやどういう原理なのかは分からないが、とりあえずそれがとてつもなくすごいであろうことだけはなんとなく分かる。
チラッ、チラチラッ――。
指の隙間からこちらの反応を慎ましやかに窺う会長はどこまでも役者だ。
「なんか……、もう慣れたな」
「そうかい?」
会長はその一言でいつも通りに戻っては、またこともなげに昼食を再開する。
「というかお前も結構何だかんだ楽しんでるように見えたけどな」
「嫉妬してくれるのかい?」
「いや全然」
「まったく。私でなければ危うく傷ついていたところだよ」
「そうか?」
「君は私を超合金か何かだとでも思っているのかい?」
「とりあえずモース硬度で十はあるだろうな」
「そんな。私がダイヤと同じだなんて。君は本当に褒めるのが上手だね」
「工業用か?」
「またまた」
会長はそう言いながらも鰹節の乗ったほうれん草をこちらの口元へと運んでくる。
「お礼はまた何か考えておくよ」
「別にいいけどな」
ほうれん草を口の中へと収めては相変わらず美味いなと思わず口元がほころぶ。
「ふふっ」
満足げな表情を浮かべる会長。そしてつい、言わなくてもいいことを口走ってしまう。
「悪かったな」
「……いいんだよ」
こちらの言葉にそれまでの楽し気な雰囲気が一転。二人して口を閉ざしてはしんみりとしてしまう。
「……何か、俺も考えとく」
「ふふっ。うん。楽しみにしておくよ」
会長の明るい口調に押されて心なしか和らぐ雰囲気。桃色の弁当箱から器用にも口元へと運ばれてきた
会長 何か 喜びそうなもの
打ち終わると同時に上から取り上げられては、慣れた様子で軽快なタッチを繰り返す会長。数秒と経たずにこちらの手を経由することなく胸元へと返却されては、これまた楽しそうにニコニコとしている。
つまるところが今はまだ知らなくていい。そういうことなのだろう。
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