第10話。左右対称シンメトリートメント

「ピザと十回言ってみてもらえるかい?」


「ヒザ」


「……間違えた上に一言で終わらせるとはどういうつもりなのかな」


「じゃあここは?」


 自身の肘を指さしては目を瞑ったまま問いかける。


「……ひじ、だけれど。それは私が問いかけるべきセリフだろう?」


「ならここは?」


 反対側の肘を指さしてはまた目を瞑ったまま問いかける。


「……君は知らないのかもしれないのだけれど、肘というものは二つあるんだよね」


「初耳だな」


「よし、なら君の肘と私の肘を取り換えっこしてみようか」


「お前は知らないかもしれないけどな、人間の肘ってのは脱着可能じゃなかったりするんだよな」


「まさか。君の肘はもうこの通り取れてしまっているよ?」


「……」


 まさかとは思いながらも一応目を開けてみる。まぁ、実際のところそんなわけはないのだが……。


「人間のパーツで取り外し可能な部分なんてあるのか」


「例えば毛髪とか?」


「それは……そうだな。まぁ、取り外したら最後装着することは出来なくなるだろうけどな」


「またまた」


「おい俺で試そうとするな」


 会長はニコニコとしたままこちらの頭へと手を伸ばしてくる。


「なでなで」


「……」


 何故か撫でられる。意味は分からないが分かった試しがないので分からないままでいい。


「なでなで」


「……」


「なでなで」


「……」


「なでな――」


「いつまでも撫でてないで飯を食え飯を」


「ふふっ。君は心配性だなぁ」


 会長はこちらから手を離してはケラケラと笑っている。


「お前は足が速いからいいけどな」


「君が逃げても捕まえられるように鍛えておいたといったら信じるかい?」


「信じたくないな」


「ふふっ。信じたくないか。なら信じさせてあげよう」


「うん?」


 会長はおもむろに自身の携帯を取り出しては軽快な指先で操作を始める。


「送信っと」


 ピロリン。音がするとしたらそんな感じだろうか。ただ実際にはマナーモードにしてあるので胸元の携帯が短く震えただけだ。


「……この近距離で一体何を送信……」


 胸元から携帯を取り出し。届いたメッセージを開いては添付された画像が拡大される。


「……」


「待ち受けにしてもいいよ?」


「ったく……」


 いつ撮ったのか分からないが、何故か会長とのツーショットがその一枚の画像に収まっている。


「カラオケに行ったときか」


「そっちの方が良かったかい?」


「お前……」


 一体何枚とってるんだ……。そう言いかけた口をそっと閉じてはそのまま聞いたらそっくりそのままこちらの想定を大幅に超えて返ってきそうな答えをどこか遠くに放り投げる。


「君は写真を残さないみたいだからね」


「見てたのか?」


 一応学生としての最低限の学校行事は経ているものの、その都度写真を一枚も購入していなかったりするのは意外と珍しかったりするのだろうか?


 ただその理由というのも小学生の時に買い忘れてしまったという間抜けな一件からの名残でしかないので、あえて聞かれてもいないのに話すようなことでもないのだが。


「見てはいないけれど、ただ知っている、それだけさ」


「流石は会長だな」


「そうかい?」


 会長は微笑を浮かべては微かにマヨネーズのついたブロッコリーを口元へと運ぶ。


「うん。美味しい」


 会長は大体いつもそう言って食べている。


 ただブロッコリーというその原型をそっくりそのまま残したままの生野菜にそこまでの味の違いがあるのかは不明だ。


「美味いか?」


「食べるかい?」


「いや、生野菜にそこまでの味の違いがあるのかと思ってな」


「うん? ははっ。そうだね。うん、そうかもね」


「何だ。どうした」


「ううん。なんでもないさ」


 会長は嬉しそうにポテトサラダを一口、頬を緩めてはミートボール、そしてまた美味しそうにブロッコリーと食べ進めていく。


「暑くなってきたな……」


 雲一つない青空を見上げてはその明るさに思わず目を細める。


「うん。そうだね」


 会長はこちらの言葉にどこまでも優し気な声でそう呟き、同じように雲一つない青空を見上げては一言、『楽しみだね』と、そう静かに囁いた。

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