第7話。リバーシブル・リバース2

「何だ」


 目を閉じたまま、未だはっきりとしている意識と思考を暗闇に委ねることなく応じる意思を端的に示す。


「その……ラブレター……というものを貰ってしまってね」


「よかったな」


 素直に祝福する。まるで他人事だが、実際他人事なのでむしろそこにあるのは自身に関することではなかったという安堵感がほとんどだ。


「君……」


 形だけとはいえ会長は相談しているつもりだったのだろう。声に少しばかりの圧力をかけては適当過ぎないかとこちらの対応を咎めてくる。


 ただ会長自身こちらに対して相談相手としての役割は元から期待していなかったのか。一人で頭の中でも整理するように、時系列で経緯を並べ立てては必要に応じてその周辺情報を補完していく。


「一応気を付けてはいたんだけどね……」


 会長は語る。私は常日頃からそういう存在なのだと。だからこそ波風立てないように心掛け、誰に対しても平等に接してきたのだと。


「いや、ちょっといいか?」


 止めどない会長の言葉を遮っては目を開ける。浮かんだ疑問を前に異論を唱えずにはいられないとはこのことだ。


「君は椅子だろう?」


「そうだった……」


 俺は椅子だった。椅子は喋らないしただ黙って主人の独り言に耳を傾けるだけの存在……。


「それでだね。単に貰った相手というのが君のようなのであれば断れたんだが……」


 俺は椅子。相槌を打つ代わりに今日の飲み物を要求する。


「今日は牛乳だ」


 なんと! 椅子の好きな飲み物は牛乳だった。目を見開いては親指を立てることで伝えきれない感情を精一杯表現する。


「はははっ。次はコーヒー牛乳なんてどうだい?」


 手にした牛乳からストローを抜き取り、刺し込んでは片方の眉だけ吊り上げる。合わせるならコーヒーでいいと。


「うん? うーん……なら次はブラックかなー……」


 寝たままの体勢でストローへと口をつける。


「ごべぇはぁッ――」


 むせる。


「が――うぇっ、がはっ」


 咳き込む。内側から鼻に入る。痛む。


「何やってるんだい君は……」


 会長は呆れるような視線をこちらに向けながらも、当たり前のようにハンカチを取りだしては、口回り顔周りと吹き出した牛乳を拭き取っていく。


「ほら」


 有無を言わさぬ手際の良さで右へ左へとハンカチを滑らせる会長。純粋な気遣いに思わず圧倒されては、自前のハンカチを出すまでもなく事なきを得てしまう。


「わるい。洗って返す」


 最早それは感謝というよりかは謝罪に近いが、会長が当たり前のようにそうしてくれた以上、こちらもそう返すのが当たり前というものだろう。


「必要ないよ」


 ただしそれはあくまでも通常であればの話であり、その前提として膝の上に座っている、座られているという少なくとも通常ではない間柄には無用なものだったようだ。


「……話を聞こう」


「そうしてくれたまえ」


 鼻の奥がジンジンと痛むが、会長の意に沿う形で適当に落としどころを見つけては続行。手にしたままの牛乳はとりあえずとベンチの下に置いておくことにする。


「でだ」


 会長は仕切りなおす。直後に見計らったかのように震え出す胸元の携帯。流石に昨日の今日であるからにして、お互いに目を見合わせてはどうやら無視することはできないようで。


「君もか」


「あぁ」


 振動をそれまでに、会長が苦笑いにも似た笑みを浮かべたのを目にしては、こちらもつられるように同じく苦笑めいた笑みを浮かべる。


「さて……」


 会長は弁当箱の中身へと視線を落としては少しだけ考えるような素振り。ほんの数秒で決断しては、さながら食べ盛りの運動部員のごとく体裁など気にせず残りを口の中へと放り込む。


「ごちそうさま」


 大した時間もかけずに飲み込んでは手を合わせる会長。続けざまに手早く弁当箱を包んではあくまでも一連の流れの延長として勢いよく立ち上がる。


「っと、それじゃあ――」


 会長はこちらに背中を向けたまま、その場で手足を伸ばし、「またね」と。振り向いた拍子にそれとない微笑みを残しては、チャイムに追われるようにして校舎の陰へと消えていく。


 こちらも早く戻らなければならない。遅れるように体勢を立て直しては、忘れることなく紙パックの牛乳を手に立ち上がる。


 ……なんだかとってもベトベトする……。


 顔と手を洗っていたら授業に遅れそうになったが牛乳は二秒で飲み干した。

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