第9話。甘さと苦さと相乗効果2

「すまなかったね。起こしてしまって」


 会長は悠然とした口調で現状という架空の筋書きをより強固なものへと変えていく。


「え? え……?」


 目の前の虚像に未だ不信感をぬぐい切れない様子の女子生徒。それでも会長が口にするだけで中身の伴わないハリボテもまた都合のいい現実へと様変わりしてしまうのだから、半ば受け入れかけている女子生徒然り、流石は会長だと言わざるを得ない。


「どうしたんだい?」


 そこに狙いすましたかのような会長の追い打ち。


「え、あ、え、そっ、その」


「うん?」


「すっ、すみませんっ。私っ、そのっ、ごめんなさいっ」


 逃げるように駆けていく女子生徒の足音が耳に届く。ゆっくりと目を開けてはベンチに寝ころんだまま会長を見上げる。


 てっきり女子生徒の後を追いかけるものだとばかり思っていたのだが、会長はどういうわけかまた懲りずに膝の上へとその重さを預けてくる。


「……ふぅ。やれやれ。君は役者にでもなるつもりかい?」


 会長はこちらの額を軽く指で弾いては、どっと疲れたような顔をしながらもどこか晴れやかな笑みを口元に浮かべている。


「いてっ――って、いや何でだよ」


 額をさすりながら何故かお互いに向けあう非難の目。不意にジトっとした会長の視線がこちらから外されては、珍しいこともあるもので。先に折れたのは会長だった。


「まっ、君にしては中々よくやったほうなのかもしれないね?」


 褒めてあげよう。会長はそう言葉を続けては何やらリボンのついた小包みをこちらの胸元へとちょこんと乗せてくる。


 何のつもりかは分からない。ただ会長から差し出されたものをはいそうですかと受け取れないのは、どこまでも会長のやり口にこちらが慣れてしまったからなのかもしれない。


「ははっ、何、心配せずともただのクッキーさ」


「そう言われると余計怖いな」


「そうかい?」


 それとなく全身の気を緩めるように上半身を前傾させる会長。頬杖をついては斜に構えた状態でこちらを見据えてくる。


「今日のお礼にと思ってね。本当は最後に渡すつもりだったのだけれど、ね。君のおかげでたぶん解決してしまった」


 会長は口元を僅かに綻ばせては、遂には我慢できなくなったと目を細めて笑い声をあげる。何がそんなに面白いのかは分からないが、会長の視線が向かう先からして何故かこちらが原因とでも言いたげだ。


「どういうことか……説明する時間もなさそうだな」


 胸元の小さな振動を捉えてはそれまでだと話しかけた話題を途中で打ち切る。


「まぁ、実のところ貰った相手というのが先程の女子生徒でね」


「ん……?」


「つまるところどう誤解したのかまでは分からないのだけれど、どう誤解してくれても私にとっては都合が良かったということになるのかな」


「……うん?」


「ふふっ、つまりだね……」


 会長は何やらもったいぶるように一度口を閉じては悪戯な笑みを浮かべる。


「何だよ」


「気になるかい?」


 会長は立ち上がり、予告通りの無糖を手にしては起き上がるようにとこちらにも促してくる。肯定ついでに差し出された紙パックを軽い会釈と共に受け取っては、立ち上がるではなく。体を起こした流れでそのままベンチへと一人腰かける。


「それはね」


 こちらの視線を釘付けにでもするようにわざとらしく目の間で人差し指を立てる会長。おもむろに口元へと運んでは、合わせるように片目を瞑ってみせる。


「秘密さ」


 案の定。仕草からしてどこか予想通りの答えを口にしては、満足げな表情を浮かべる会長。間の抜けた声と共に、ぽかんと口を開けていると、おもむろにこちらを正面へと捉えたまま後ろ手に歩き出す。


 しばらく眺めていると、少し離れたところで何の意味があるのか一回転。こちらを再び正面へと捉えてはそっと足を止める。


「だって、君が私との関係性を誤解させまいとしてとった行動が、結果として彼女に誤解させてしまった可能性があるだなんていったら、君は怒るだろう?」


「……うん?」


 会長の言っている意味は分かるが、肝心なとことろで何を言っているのかはよく分からない。よく分からないが、つまるところ一体全体何がどうなってそうなってこうなった?。


「まっ、悪いようにはしないさ。今回の件については君に非はないどころか、こう見えてもかなり感謝しているくらいだからね」


 会長は嬉しそう。対照的にまるで嬉しくない事実を受け止めなければならなくなったこちらだが、視線はどこか自然とその理由を求めて他人事のように手元へと落とされている。


「それでクッキーか」


 何とも分かりやすい感謝の形だ。


「結構な自信作なんだよ?」


「そうかい」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めては、二人してすっかり忘れていたと慌ただしくも教室へと向けてベンチを後にする。


「それじゃあ」


「あぁ」


 まぁ、元はと言えば秘密にしたいと言い出したのは他ならぬ会長自身だ。きっと悪いようにはしないだろう。


 明日のことは明日の自分に任せることにする。もっとも今日という日が無事に終わってくれる保証などどこにもないのだが……そこから先は無事授業に間に合ってからでもゆっくり考えるとしよう。

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