第4話。おとしときどきぶた

「てんとうむし……」


「どうしたんだい?」


 それは俺の寝言だった。


「……今なんか言ってたかもしかして」


「うん? うん。会長結婚して――」


「なんでテントウムシなんて言ってたんだ俺は……」


「……答え合わせをする前に自分で答えを出さないのは最低限のルールだろう?」


「怒ってるのか?」


「怒ってはいないけれど、私は君に蔑ろにされて少しだけ堪忍袋の緒が切れてしまったよ」


「滅茶苦茶怒ってるなそれ」


「お詫びに何か一筆書いてもらわなければ気が済まないよ。まったく」


「一応聞いてみてもいいか?」


「ほんの少し。一月ほど考える時間をもらえるかい?」


「滅茶苦茶考えるなそれ」


「うん。決めた。どうしようか」


「滅茶苦茶決まってないなそれ」


「君は天才だと思っていたけれど」


「いたけれど?」


「まったく。今日は金曜日だから明日は土曜日だなんておかしいとは思わないかい?」


「まったく思わないな、それは」


「君は寂しくはないのかい?」


「一体何のことかは分からないが明日は火曜だぞ」


「おおっ。週の始まりとはとても気分がいい。君、面を上げよ」


「もう上げるとか上げないとか以前に尻に引かれてるけどな」


 物理的に。


「君、今私のお尻のことを考えただろう」


「そういわれて今初めて考えさせられたな」


「意識を足に集中させて私の臀部でんぶの感触を確かめているだろう」


「そういわれて今初めて確か……危うく誘導されるところだったぞ」


「そう言いつつも私のことが気になって仕方がないのだろう?」


「気にならない代表とはお前のことだったんだな」


「ラッキーアイテムは会長。一周回って気になる存在かも? 一度デートして確かめてみるといいでしょう」


「今一番気になるのはテントウムシだけどな」


「まぁっ、この泥棒猫っ」


「猫っていうよりムシだけどな」


「カブトムシ?」


「テントウムシ」


「テントウムシ?」


「そうだな」


「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコムシ?」


「なんだそれは……」


 思わず目を開けては、丁度ブロッコリーを口へと運ぶ会長の横顔を捉える。


「でーんでんむーしむし♪」


「そんなわけあるかっ」


「ふふっ」


 会長は楽しそうに悪戯な笑みをこちらへと向けてきている。


「気になるのかい?」


「……気にならないといったらウソになるな」


「さっきまではテントウムシのほうが気になっていたのに?」


「その……なんだ。今やテントウムシよりそのなんとかムシってやつのほうが気になっているのは確かだな」


「なんとかムシ?」


「なんとかかんとかなんとかかんとかなんとかムシってやつだ」


「なんとかかんとかなんとかかんとかなんとかムシ?」


「どんな虫だよ……」


「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコムシ」


「ぬぉおお……」


 アラームも鳴らない内から携帯を取り出しては『虫 長い名前』で検索する。


「うおっ、一番上に出て来たぞ」


「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコムシ?」


「お前すごいな」


「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコムシ?」


「そうだな」


「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコムシ?」


「分かったわかった」


「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ?」


「なあああんだそれはっ」


 胸元に仕舞いそうになった携帯を再び取り出してはまた『虫 長い名前』で検索する。


「……あれ、でてこないぞ」


「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ?」


「りゅ、リュウグウ? なんだって?」


「まぁ植物だからね」


「もうなんか……テントウムシでいいや、俺」


「ふふっ、ほらっ」


 会長が取り出した自身の携帯で検索をかけては、分かりやすくもその姿を見せてくれる。


「なんだこれ……」


「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ」


「なんか……うん。思ったよりも植物植物してるな……」


「植物植物してない植物なんてあるのかい?」


「さぁ?」


「光合成をしない植物……そういう意味でいえば君は私から養分を得ている節があるね」


「否定しかねるな……」


 たまにくれる弁当のおかずにたまに飛んでくる紙パックの飲料。それに焼き菓子もあっただろうか。思い返せるだけでも幾度となくその恩恵にあずかっているが、その点については割とシンプルに感謝しかしていない。


「一つどうだい?」


 そう言って差し出される里芋。


「よく掴めるな」


「私の数少ない特技さ。それよりも、ほらっ」


 あーん。口を開けては放りこまれるというより落下してくるその球体。頬張れば当然のように美味い。


「美味い」


「それは良かったよ」


「うむ。シェフを呼んでくれたまえ?」


「何を隠そう私がそのシェフです」


「素晴らしい手腕。今後もその調子で存分に力を発揮してくれたまえ」


「ふふっ、そんなに気に入ってくれたのならまた作ってこようかな?」


「やる気にするのがうまいだろ?」


「代わりに何をしてもらおうかな?」


「ええっ」


「冗談さっ。その代わり――」


 胸元で震えている携帯を取り上げては、静かにアラームをとめる会長。


「君には私の作った料理を一生食べてもらうことになるのだけれどね?」


「こわっ」


「でも美味しいって言っただろう?」


「まぁそうだけどな」


「なら何も問題はないね」


「問題しかないけどな」


「次は何が食べたい?」


「オムライス」


「がっつり食べる気だっ!?」


「それはもう勿論」


「まったく……素直じゃないんだから」


 会長は弁当箱に蓋をしては、いつものように食後の挨拶を済ませて立ち上がる。


「放課後、少し遅くなるけど待ってるように」


「うん?」


 会長の後を追うようにこちらも遅れて立ち上がる。


「君が言い出したことだろう?」


「あぁ……うん。まぁな」


 恐らく買い出しだろう。ただそれに自分が付き合ったところで荷物持ちぐらいにしかならないが……。


「三百円でいいよ?」


「金取るのかよっ」


「冗談さっ」


 会長は言いながらその言葉通りに冗談めかした笑みを浮かべては、こちらを置いて一足先にと歩き出す。


「やれやれ……」


 何かお礼を考えておかなければならないだろう。ただ相手が会長だけに誘導されたような気もするが、意外とまんざらでもないのはそれだけ会長の作る料理が美味しいからに違いない。それにどうせするならあっと驚くようなものを用意したいものだ。


 まぁ、そんなものに心当たりはないのだが……。


 お礼を渡すのにはしばらく時間がかかりそうだ。

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