第3話。外れても日常
「君はレモンというものについてどう考えている?」
「いや……レモンはレモンだろ……」
「そこを掘り下げていくのが私たちだろう?」
会長が何やらまた奇妙なことを言い出している。
「そうだな……」
瞳を閉じたまま、まぁいつものことかと深く考えずに適当な相槌を返す。ただ次の瞬間には二人してベンチから飛び起きていたのだからいつも通りというものはまったくもって代えがたい。
「やれやれ。天気予報も当てにならないものだね」
「急に来たな……」
二人して全身を微かに湿らせては屋根のある校舎側から空を覗き見る。
「降水確率十パーセントだったか? 良く引き当てたな」
「君、私は列記とした晴れ女だよ」
「そりゃ奇遇だな。実は俺もそうなんだ」
「君のはただの自称だろう?」
「お前のは違うってのか?」
「ここでは私がそうだといえば黒でも白になるということを知らないのかい?」
「晴れ女になりたくて会長になるやつなんて聞いたことないぞ」
「まぁ、そんなことはどうでもいいのだけれどね。まったく。やれやれだね」
「どうした」
急に。そう続けようとして壁に背を預けては閉じたお弁当箱を徐に開ける会長。
「立ち食いか」
「まったく。やれやれだよ」
「意外と健康にいいかもしれないぞ」
「君の血流にはいいかもしれないね」
「そういや痺れたことは一度もないな」
「それは遠回しに私は軽くて素敵だから結婚してほしいと、そう言っているのかい?」
「体重の軽さを理由に結婚する人間ならもっとお似合いの相手がいるだろうな」
「それは私じゃないともう満足できないって……ふむ?」
「何だ。喉でも詰まらしたか」
会長は何やら考え込む仕草を見せたかと思えば何やら一人で笑っている。
「いや、なんでもないといえばウソになってしまうのだけれどね」
「ウソも方便、っていうけどな」
「うーん……そういう意味でいうと君の利益には、なるのかなぁ?」
会長は殊更に楽しそうにして笑っている。
「良くは分からんがウソのままでいいと思うぞ」
「それは私が楽しそうにしているからかい?」
「良く分かったな」
大体会長が楽しそうにしている時は下手に絡まないのが得策だ。まぁ、絡まなくても巻き込まれていることが多々あるのだが……それはもう諦めるしかないといい加減身を以って学習し終えている。
「ふふっ、そうだねぇ」
「何だ」
「うん?」
会長はおかしなぐらいに、いや、いつも大体おかしいのだが、それにしてもといつにも増してその口角は緩みっぱなしだ。
「お前……もしかして……」
「何だい?」
「前々からおかしいとは思っていたが……」
「ついにおかしくなったって? ふふっ、実はそうなのかもしれないね?」
「ホントにおかしくなったみたいだな」
「そうかい?」
「あぁ。雨に何か混じってたんじゃ……雨?」
そこで一つの仮説が浮かび上がる。
「お前もしかしてロボ……」
「だったらどうするんだい?」
「ドウモ・シナイ」
「ハジメ・マシテ」
「お前に恥じらいというものはないのか」
「君の前ではいつもオープンさ」
「何がオープンなのかは知らんがとりあえずそのオープンは閉じていいぞ」
「中身も確かめずに蓋を閉めるなんて冒険家の風上にも置けないね」
「あぁ、そういえばレモンって船に乗せてたんだっけ?」
「壊血病だね。キャベツの酢漬けなんかも重宝してたみたいだよ」
「酢漬けねぇ……」
「苦手かい?」
「苦手というより酢がな。多分食べつけてこなかったせいだと思うんだが……まぁ、えずく」
「えずく? これはまた意外な弱点が見つかってしまったね」
「しまったって。またえらく不穏な響きだな」
「何、君と喧嘩した時は食事が少しばかり健康的になるというだけさ」
「意外と歳を取ってからは定期的にやるとよさそうだな」
「もう老後のことを考えているのかい?」
「さぁな。っと」
胸元で震えるアラームをとめては話すのに夢中で未だ食べきれていない様子のお弁当箱へと目を向ける。
「優しいね。君は」
「一言も言ってないけどな」
「不言実行。私は結構好きだけれどね」
「いいからさっさと食え。何なら横で歌でも歌ってやろうか?」
「それはいいね」
「ジングルベールジングルベールすっずがーなるー♪ ッテッテッテッテッテッテッテッテッテッテッテッテッテッテ、ヘイ!」
「季節外れもいいところじゃないか」
「うるおぼえなのかうろおぼえなのか、そのくらいの違いだから気にするな」
「そうかい?」
空へと目を向ければ雲間に太陽が見え隠れしている。ふと反対に地面へと目を向ければたった数分のことだというのにもう水たまりが出来ている。
傘を持ってきていないので帰るときに降っていなければいいが……。
「――っと、ご馳走様」
会長は一度その場にしゃがみ込んでは膝にお弁当箱を乗せて手を合わせる。
「律儀だな」
「君が好きだと思って」
「それほどでもない」
「ふふっ、はいっ」
会長は立ち上がると同時に何やらポケットに手を入れてはこちらへと投げ渡す素振り。こちらとしても身構えたはいいが肝心の何かしらはいつまでたっても飛んでこない。
「……いや、どういう……」
「よく言うだろう? 愛情は隠し味、ってね?」
「……つまり、なんだ。隠されてるから見えないってことか?」
「目には見えないもののほうが大事だったりする。でも君は言わないと分からないみたいだから言葉にするよ。ありがとう」
会長はほんの少しだけ微笑んではこちらの視線を捉えるも、すぐに照れくさくなったのか。背を向けては一人でそそくさと教室へと向けて歩いて行ってしまう。
「……いや、そのくらいは言わなくても分かるぞ」
嘘かホントか。自分で言っていてその真偽は不明だが、そんなこちらの言葉に会長は笑っていたような気がする。
とりあえず晴れてくれ――。
降水確率十パーセントを相手にそんなこちらの願いが通じたのか、下校するころには雲一つない青空が広がっていた。
やはり自分は晴れ男で間違いないらしい。
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