第28話 迷子

 夏祭りの屋台には昔ながらの遊びがある。射的に輪投げ、型抜きにくじ引き等々古き良き時代の名残というべき催し物が数多く残っている。


 そんな遊びに熱を入れているのは今を生きる僕達だ。


 「いよっしゃ〜! 見たか? 俺の射的の腕前を!」


 そう言って騒いでいるのは暁彦だ。友原さんに格好良い姿を見せようと張り切って景品を取っていた。それが一発で撃ち落とせていたら格好良かったのだが……既に二千円を注ぎ込んでいたのは黙っておこう。


 「何よ! この不細工なネズミは? 全然可愛くない」


 暁彦が手に入れた景品は、誰もが知るネズミのキャラクターを模したぬいぐるみで、よくよく見たら若干違いがありお世辞にも似ていない物だった。


 憎まれ口を叩く友原さんは、それでも暁彦から手渡されたぬいぐるみを胸に押し付ける様に抱えていた。


 「レンレンや他の皆は何かやらないのか?」


 暁彦に促されるも、僕は皆と合流する前に大体やったしな……。やりたい事と言えば海崎さんに金魚をあげる事くらいかな。それで、機嫌が戻れば良いのだけど。


 「僕は金魚掬いかなぁ」


 「私は金魚掬いが良いな」


 重なり合った言葉で海崎さんと互いに見合わせた。彼女も予想外だった様で、照れ隠しでくすりと笑っていた。


 「なんだ、二人共良い感じか~?」


 「こら! 茶化さないの! 夢莉が行きたいなら私も金魚掬いやってみたい」


 にやにやした顔で茶化してくる暁彦を押しのけて友原さんが割って入る。一華さんはどうしたいのだろう? そう思って、周囲を見回すと一華さんの姿が無い。


 「あれ? 一華さんは?」


 「一華ちゃん? さっきまで後ろにいたんだけどなぁ」

 

 僕が暁彦にそう問い掛けると、みんな周囲を探し出した。


 「この辺りにはいないみたい……」


 「こっちにもいなかったわ」


 海崎さんと友原さんも戻って来てそう告げる。あの小さい身体の一華さんでは人の波に飲み込まれて、戻ってこれなくなったのかもしれない。


 「駄目……携帯にも出てくれない」


 「もう一度、手分けして探しに行こうぜ。花火が始まる前に合流したいからな」


 心配で連絡を取る友原さんの横で、暁彦は僕にだけ分かる目配せをしていた。


 ああ、花火が始まったら二人っきりになりたいって言ってたよな。こんな時まで自分に正直な奴だな。


 「そうだね。花火が始まる三十分前までに見つからなかったら、祭りの運営に掛け合ってみようか」


 そうして、僕達はばらばらに一華さんを再度探し始めた。


 どこに行ったんだ一華さんは? 友原さんの連絡にも出ないっていう事は、携帯電話をどこかに落としたのだろうか。疲れて勝手に帰ったとか? あり得るけどそれなら一声掛けるか、SNSに残せる。もしかして……不審者に連れ去られたとか?


 急に胸が締め付けられるように不安になる。こんな事は、以前には起きた事が無い。それもその筈、僕は一度も皆とこの祭りに来た事は無いのだから。海崎さんの時とは状況が違う。


 決められた未来がある訳でも無く。全てが初めての時間であり経験だ、その過ぎていく時間の先には、色んな可能性があって絶対――という言葉は存在しない。


 「一華さん! どこにいるんだ?」


 そう思うと僕は自然と声を上げて走り出していた。


 祭り会場の端っこまで来ては携帯を取り出し画面を確認する。


 『こっちはまだ見つかってない』


 画面に出ていた海崎さんからのポップアップ通知にはそう表示されていた。他の二人も同様でまだ探しているようだ。


 いつの間にか、約束の三十分前になりそうだ。一体どこにいるんだ? まだ、僕が探していないのは鹿目神社の本殿か――。歩きずらい下駄で、一華さんがこの石段を上るだろうか?


 いや、今はそれよりも身体を動かすんだと、僕は顎についた水滴を拭い石段を一段ずつ上り始めた。徐々に祭りの灯りは無くなり、代わりに自然の光源が辺りをぼやりと照らしていく。


 石段を登り切った僕は息を整えるのに必死だった。それでも、首を振って周囲をくまなく見渡すと、一本の木の下に小さな影が佇んでいるのを見つけたのだった。


 「一華……さん?」


 暗がりではっきりと確認できなかった僕は、恐る恐るその影に声を掛けた。


 「やっぱり、レンが探しに来てくれた」


 木陰から踏み出してきた姿は、月明りに晒されてゆっくりと一華さんを映し出しす。特に乱れた様子は無く、誰かに襲われたという事は無さそうで胸を撫でおろす。


 「ほんとに心配したんだから皆も探してるよ。さあ、戻ろう」


 一華さんの手を掴んで歩き出そうとした時、「痛い!」 と後ろで声がして僕は振り返った。彼女が下の方を見ていたので、僕も目を移すと下駄をはいている筈の彼女は裸足だったのだ。


 「どうしたのそれ? 下駄は?」


 「石段を上るのに邪魔だったから、ここにある」


 そう言って後ろ手に持っていた下駄を僕に見せつける彼女に僕は溜息を吐いた。


 「なんというか一華さんらしいね。おんぶすれば降りられるかな? ただ、さっき石段上がって来たばかりだから、ちょっと休憩してからでも良い?」


 申し訳なさそうに首を縦に振った一華さんを見て、皆にSNSで連絡を取った。

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