第27話 金魚

 この街には鹿目カナメ神社と呼ばれる江戸時代から続く由緒正しい神社がある。普段は気にも留めないというか、僕からしたら行く用事が無いので風景の一部になっていたがこの日だけは違う。


 周辺を屋台が立ち並び、人が集まり活気に満ち溢れている。特に男女のペアが良く目に付いた。鹿目カナメ神社が縁結びの御利益があるそうだ。


 「そこの兄ちゃん! 焼きそば旨いよ。買っていかないかい?」


 「いやいや、こっちでくじ引きでもどうだ? 最新の家庭用ゲーム機が一等だよ!」


 「何言ってんのさ。兄さんはうちで金魚を掬って好い人にあげるんだよ」


 活気に満ち溢れた屋台群を抜ける間に、僕は景品や料理を手に持ち切れないほど抱えてしまっていた。


 「こんな事なら、暁彦と一緒に来れば良かった」


 両手に持った荷物を眺めてため息が出てきた。暁彦は「俺準備あるから一旦家に帰って来るわ。先に待ち合わせ場所のやぐらがある所に行ってて」って言い残して颯爽と帰るし。


 この祭りに来るのは初めてだから――なんて言える隙間も無かった。


 普通に考えてやぐらは高いからすぐ見つかるだろうと思いきや、全然そんなものは見当たらなくて、屋台の人に聞いて回っていたら「買ってくれたら教えてあげる」とか言いたげな雰囲気を出してくるしで、この有様だ。


 何とか教えて貰った通り進んで行くと、神社へ続く石段の下に大きく開けた場所にそれはあった。


 まだ、やぐらは組み上がっておらず額にタオルを巻いた男達が、せっせと動き回っていた。


 「あっ! みんな、佐野君が来たよ!」


 声がする方に振り向くと、浴衣姿の友原さんが両手を振り回している。浴衣の模様もあって、さながら蝶々が羽ばたいているようだった。


 「遅いぞレンレン! って、あれ? どうしたんだよ? その荷物!」


 「やぐらを探してたんだけど見つからなくって……」


 その結果がこの姿だよと両手の荷物を掲げて見せた。


 「なんだレンレン来た事無かったのか? さっきまで一緒だったんだから言ってくれれば良かったのに。今年はやぐらの組立が遅れてるんだってさ」


 「ふーん、佐野君と昼間一緒だったんだ? それ私は聞いてないけど?」


 「なんでもねぇよ」と取り繕う暁彦に対し、訝しむ表情で詰め寄る友原さんの姿があった。


 「折角だし、レンの手を軽くしてあげる」


 そう言って僕の手から袋を掴み取る一華さんは、悪びれもせずにを頬張った。それに続いて暁彦に友原さん、そして海崎さんが僕に群がる。


 目当ての品を各々手に取り、大分僕の腕は軽くなった。最後に残ったのは金魚掬いのおばちゃんがくれた残念賞で、黒い小さな金魚だけだ。


 「その金魚。佐野君がいらないなら私が貰っても良い?」


 小首を傾げながら聞いてくるのは海崎さんだ。淡い水色の浴衣に身を包んだ彼女の姿に一瞬目を奪われてしまった。


 「うん――。もちろん良い――」と、僕が言いかけた所で一華さんが割って入って来た。


 「私、金魚が欲しい!」


 珍しく大きな声を上げた一華さんに対して皆一様に驚いた。普段は素っ気無いというか、余り自分が率先して行動する事が無い一華さんが自己主張をしたのだ。僕は海崎さんに「渡しても良いかな?」と、手に下げた金魚が入った袋を動かした。


 彼女はこくりと頷くだけで言葉は発しなかった。どこと無く寂しそうな表情した海崎さんを見て僕は、後で金魚掬いに行こうと心に決めたのだった。


 「はい、一華さん。大事に育ててね」


 一華さんは当たり前だろと言わんばかりに、僕が差し出した金魚を両手で包み込む様に受け取っていた。


 その時初めて一華さんの浴衣姿をまじまじと見た僕は、少し一華さんが大人っぽく見えた気がした。いつもの子供っぽい感じが無いのは一華さんが、髪を上げて簪を挿しているからだろうか、雰囲気がいつもと違って見えたのだ。


 あっ! こういう時は、何か言ってあげた方が良いんだった。確か前に海崎さんに教えて貰ったな。


 「一華さん浴衣似合ってるね。それにその簪も一華さんっぽい」


 あげた金魚を嬉しそうに眺めていた一華さんは、僕の不意をついた言葉に耳を赤く染め上げたのだった。


 「そうだろ! ばあちゃんに着付けて貰ったんだ。それより、早く屋台で遊ぼう」


 そう言って慣れていないであろう下駄を鳴らし駆け出した。


 「一華ちゃん転んじゃうよ~。私達も行こう!」


 友原さんに続いて暁彦も一華さんの後を追って屋台群へと入っていった。残ったのは僕と海崎さんだけ。僕達も早く行かないと暁彦達を見失ってしまいそうだ。


 「僕達も行こう。暁彦達が行っちゃうよ」


 「……私には何も無いんだ?」


 「えっ? 何て言ったの?」


 彼女は首を左右に振って「ううん。行こうか」と、ぽつり呟いて歩き出した。どうしたんだろう? 少し怒っているような、やっぱり金魚が欲しかったのかな。


 ぱたぱたと進んで行く海崎さんを追って僕も屋台群へと再び戻って行くのだった。

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