第29話 手を取って


 『一華さんを本殿の方でみつけたから、皆安心して。もう少しで戻るよ』


 『おっ、やったなレンレン』


 『一華ちゃん大丈夫? 私達も行こうか?』


 『大丈夫、直ぐ戻るから。そうだ、一華ちゃん足を擦りむいているから、運営にキズ薬とかあるか聞いて貰えるかな?』


 『了解! 一人で無理そうなら言えよな』


 『そうだよ!! 無理しないで』


 「分かってるっと、これで皆にも伝わったよ。じゃあ、そろそろ行こうか」


 大分呼吸も整ってきたし、そろそろ降りられそうだ。一華さんをおんぶするために僕は前屈みにしゃがんだ。


 「蓮! もう少しここに居たい――。というか、蓮に話たい事があるんだ」


 遠くからはドンドンと、太鼓の音が聞こえてくる。僕達のいるこの場所では草木から虫達が鳴いている音が小気味良い。そんな、静かな場所で僕は聞き返すのだった。


 「えっ? 僕に話したい事?」


 そう言いながら、僕は一華さんに向き合った。何か……海崎さんの時にもこんな雰囲気だったようなと一人で身構える。


 そんな僕の心構えを感じたのか一華さんはやめてくれと声を掛けてきた。


 「蓮がそんなに身構えたら言いづらいだろ!」


 「そんな言いづらい事を僕に言うの?」

 

 僕の返しに一瞬たじろいだ一華さんは、意地悪な事を言うなと僕の腹を軽く小突くのだった。それによって、互いに緊張が解けて自然な感じで話し出したのだった。


 「――私が悪かった。先に謝っとく」


一華さんが謝るなんて珍しいな。そういえば、どうしてこんな所にいたのだろう。


 「どうして一人でこんな所に? 屋台も見世物も何もないのに」


 「それは……。蓮と二人きりになれるかなと思って……」


 僕と? じゃあ、途中でいなくなったのはわざとだったのか。皆に心配かけてまで僕に言いたい事って何なのだろう。そう思った瞬間に、自然と眉間に力が入る。


 「そんな怖い顔しないでくれよ――。だから、先に謝っただろ」


 「ああ、ごめん……。後で皆にも謝るんだよ。それで、話って何?」


 もじもじと、言いにくそうに彼女は少しずつ話し出したのだった。


 「この前、キャンプに行った時に私はすぐ寝ちゃっただろ。その時に海崎と何かあったのかな? って、翌日から二人の雰囲気が変わったような気がして――」


 なんとなく、そんな事を聞きたいんじゃないかと思っていたけど、やっぱりそれだったか。あれから様子が可笑しかったのは一華さんもなんだよな。SNSでスタンプばっかり送って来るようになったし。


 「別に何もなかったよ。一華さんにも写真見せたよね? 暁彦が綺麗な場所に連れて行ってくれたってだけで、他には別に――」


 あの約束は僕と海崎さんの間で交わしたものだ。暁彦にも特に言ってないし、他の人が入ってきていいものでも無いと思う――たぶん。友原さんは何か知っていそうだったけど、海崎さんが何か相談でもしたのだろう。


 「ふ~ん。蓮がそう言うならとりあえずはそういう事にしておいてやるよ。でも、最後は私を選ぶよ」


 「えっ? それって、どういう意味?」


 心臓が握られるような締め付けを感じて、思わず僕は聞き返す。最後は私を選ぶ?  一体何の話をしているの? 


 「私が蓮の事を知りたい。それが答えじゃダメか?」


 聞いた事のある言葉に僕は目を見開いた。どうして知っているんだ? と、頭の中で自問自答が始まる。あの時、まさか後からついて来ていたのか? いや、そんな筈は無い。暁彦の親父さんは、玄関先でずっと後片付けをしていたのだから家で休んでいた一華さんが出て行けば気付く筈。それに、あんなけもの道を案内無くして自力で進むのは困難だ。じゃあ、何故――。


 そんな僕を見て、急に一華さんは高笑いを始めるのだった。


 「驚いてる、驚いてる。私は蓮の事なら何でも分かってやれる。ずっと、蓮の事だけを考えて隣で一緒に歩いて行く事が出来るんだ。だって、一度は――」


 内臓を貫くほどの衝撃波が身体を突き抜け、一華さんの言葉を轟音が搔き消してくれた。その瞬間、僕は必死に石段を駆け下りていた。どのくらい走っただろう。気がつけば、大分祭り会場から離れた河川敷に息を切らして寝転がっていた。


 「くそっ! 何なんだ……、何なんだよ!」


 誰もいない河川敷で、花火の音にも負けないぐらい一人で嘆いた。ただ、がむしょらに地面に生い茂る草を無意味に引きちぎっては叫んだ。最後の一華さんの言葉が耳にへばりつく。


 「だって、一度は手を取ってくれただろ」


 そう言って僕に手を差し出してくる一華さんの姿が目に焼き付いて離れない。僕は途端に怖くなったのだ。あの差し出された手を取ってはいけない、あの場に止まってはいけない気がしてならなかったのだ。


 突如携帯が震えて、はっと意識を戻した。暁彦達からの着信やらメッセージやらで通知が埋め尽くされていた。ああ、一華さんをあの場所に放って来てしまった。皆にも連絡しないとな。


 でも、もう今日は楽しめそうにない。SNSで一華さんの場所と、気分が悪くなったと伝えて僕は帰ろう。後日、改めて謝らないといけないと思うと気が重いが、今日はもう色々とあって疲れた。


 一華さんを置いてけぼりにして、曖昧な返事で帰る僕は酷いやつだな。皆、許してくれるだろうか。明日になれば、全て無かった事になっていれば良いのにな。

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