第22話 暁彦が壊れる

 見慣れた街並みを置き去りにして車は県境へと向かっていた。次第に高層ビル群は生い茂る樹木へと移り変わり、まばらに家が散らばっていた。


 「君達が暁彦の友達かい? たまに話を聞くんだよ」


 運転席から年相応の声色が聞こえてきて、視線を移すとバックミラー越しに僕と目が合ったような気がした。


 「暁彦とは仲良くさせて貰っています。オリエンテーションの時に火起こしが上手で助かりました」


 僕がそう答えると、隣に座っていた海崎さん達も相槌を打ってくれる。


 「ああ、そうなのかい? こいつも最初は下手くそでねぇ。前までべそを掻いていたんだがなぁ」


 しみじみと思い返した様子をみせると、すかさず助手席に座っている暁彦が後部座席に振り返りながら声をあげる。


 「最近の話みたいに言ってるけど、小学生の時の話だからな。恥かしいからやめてくれよ親父――」


 「ああ、そうだっけな? すまん、すまん。暁彦も成長しているのだものな」


 そこで車内には、暖かな笑いが充満したのだった。照れくさそうに前を向き直った暁彦は父親に少し悪態をつきながらも、満更ではない様子が伺えた。


 僕にも父親が居れば、こんな風にやり取りが出来たのかな? 僕の父親はどんな人なんだろうと想像したところで、その答えは出てこない。しかし、願わくば気さくな……友達のような父親だったら嬉しいな。


 「おっ! やっと見えて来たぜ。あれが、目的地だ」


 暁彦の呼び声に意識を戻すと見えてきたのは山に囲まれた場所にある一軒の家だった。


 車を家の目の前に止めた暁彦の父親は、徐に外へ出てぐっと背筋を伸ばしている。僕達も続けて車外に出ると、むわっとした暑さは不思議と無かった。どこかひんやりとしていて、空気が澄んでいるような気がする。


 「あれが聞いていた川ね! 早く荷物を運んで遊びに行きましょうよ!」


 出発するまで気だるげな様子を見せていた友原さんが、ここに来て一気にテンションをあげてきた。


 「女の子は奥の部屋で着替えておいで、バーべキューセットやらは私たちが運んでおくから」


 暁彦の父親はそう言うと、がしりと僕と暁彦の肩を笑顔で掴んできた。にこやかなその表情とは裏腹に「逃がさないぞ」という意思がその手には込められていた。


 暁彦は気だるげな返事をしていたが、僕は初めての経験で少し嬉しさを覚えたのだった。親父さんに教わりながら、ぎこちない手つきでバーベキューコンロを組み立てる。その傍では、暁彦が慣れた手つきで日よけのタープを張っている。


 何とかコンロを組み終わった僕は、火起こしに挑戦しようとオリエンテーションの時に暁彦から教わったように薪木を組み火をつける。細い薪から太い薪へと徐々に燃え移り見事火付けに成功した。


 「やるじゃないか。えー、確か佐野君だったね。暁彦よりも上手かもしれない」


 「そんな事無いですよ。前に暁彦君が教えてくれたから出来たんです」


 そう謙遜しながらも、嫌な感じはしなかった。


 「へぇ~、暁彦がねぇ。学校ではどんな様子なんだ? 好きな子の話とか聞いた事無いかな? もしかして、今日来ている子達のなかに――」


 矢継ぎ早に質問してくる親父さんに困惑していると、自分の事だと察した暁彦が間に割って入って来た。


 「ちょ、ちょっと、親父! 何話してるんだよ! そんな事知らなくて良いだろ?  それよりも設営終わったから俺達も着替えに行くからな」


 そう言い放った暁彦は、僕の腕を掴んで家の方へと引っ張って行く。


 振り返ると親父さんは、ふ~んと顎を触りながらニヒルな笑みを浮かべていたのだった。


 「お、親父の言った事気にすんなよな。別に気になるやつなんていねぇから」


 僕と視線を合わせようとしない暁彦を見て、僕は笑いが零れる。


 「な、なんだよ? 何か言いたい事でもあるか?」


 「だって、暁彦。変な嘘をつく時、僕とまったく目を合わせないから――」


 そう告げてあげると、暁彦の耳はほんのりと赤みを帯びるのだった。そんなやりとりをしていると、黄色い声が飛んできた。


 「じゃじゃ~ん! どう? 私達の水着姿は?」


 一華さんの両肩に手を添えて現れた友原さん達の姿があった。友原さんは性格通り明るい花柄の水着で、僕にはやや刺激が強く視線を外してしまった程だ。傍にいた一華さんを横目に見ると、可愛らしいスクール水着で僕の目は癒された。


 「どうかな? 似合う……かな?」


 もじもじと友原さんの後ろから出てきた海崎さんに僕の視線は釘づけにされた。特に目を見張る感じの水着では無いけれど、紺色の生地に白いラインが入っていて、海崎さんの肌の白さが際立っている。


「とても似合っていると思うよ」


 そう心の中で呟いていた筈なのに、友原さんが口笛を吹いて僕を指差していた。また、やらかしてしまったと助けを求めようと隣にいる暁彦に目を向ける。


 「ふ、ふつくしい――」


 そう言った彼は、鼻から赤いものを一筋流して、その場で崩れ落ちたのだった。その様子を傍で見ていた僕達が、騒然となったのは彼の知らないところだろう。

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