第23話 後生の願い
倒れた暁彦を親父さんと両脇で抱えて、なんとか家の中に運び込む事が出来た。
「ありがとう、佐野君。まさか、倒れるなんてな……。まぁ、こいつ今日が楽しみだったらしく遅くまで起きていたみたいだから、そのせいだろう。ここは私が見ておくから、佐野君は着替えて川に遊びに行きなさい」
暁彦を親父さんに任せて着替えを済ませた僕は、海崎さん達の元へ向かうと暁彦の事を話していた。
「あいつ、絶対夢莉の事見て倒れたんだよ」
「そんな事無いよ。トモちゃんの水着が――その刺激的だから」
そんな事無いと思うけど? といった具合に堂々と胸を張る友原さんの姿に僕は思わず目線を逸らす。水着のせいか、夏独特の雰囲気のせいか分からないが、高校生にしてはやけに大人っぽい雰囲気を感じさせる容姿に直視出来無かった。
「あっ、佐野君も来たし早速遊ぼうよ!」
僕に気付いた海崎さんの声に誘われて、皆して一斉に川へ飛び込む。外気とは裏腹に想像以上に川の水温は低く、笑い混じりの悲鳴が飛び交う。
一華さんは友原さんに川へ投げ込まれ、その拍子に水しぶきが空中を彷徨い僕達は頭からびしょ濡れになった。
怒った一華さんは家から持ってきていた水鉄砲を手に取り、ニヤリと口角をあげてこれでもかと言わんばかりに乱れ打ちにしてくる。笑いながら逃げ惑う僕達を追い掛け回すのだった。
「おーい! そろそろ、ご飯にしよう! 腹が減っただろう?」
親父さんが声を掛けられた事で、空腹が脳内を埋め尽くしていく。気付かない程に夢中になっていたのだ。
どの位遊んでいただろう? 真上にあった太陽は西寄りに傾き、薄っすらとオレンジ色に変わりつつあった。辺りが薄暗く変わりゆく様を見てどこか寂しさが残った。
家の方へ向かうと、バーベキューコンロには炭が宝石のように煌々としていた。その傍には暁彦が項垂れて椅子に座っている。まだ、調子が戻らないのかと覗き込こむと、何やらぶつぶつ口から漏れていた。
「折角女子と川遊びに来たのに俺はなんて事をしてしまったんだ! あんな事やこんな事を昨晩寝ずに考えていたんだ! それなのに……時間よ――巻き戻れ!」
一瞬どきりとした僕は苦笑いを浮かべて暁彦の背中を軽く叩いた。
「まだ夏休みは始まったばかりじゃないか、それに来年もまた皆と一緒に来たいな」
「レンレンは良いよなぁ。散々、海崎達ときゃっきゃ楽しんでたもんなー。そうだ! ここ夜になったら星が綺麗なんだよ。飯食ったら、特別な場所に連れて行ってやるよ」
頼むよ付き合ってくれよと、暁彦の目は捨てられた子犬のようだった。
「特別な場所? 面白そうね!」
日が沈むと少し冷えるからと親父さんに言われて、先に着替えを済ませた友原さん達が丁度帰って来た。皆頬が少し赤らんでいて、家のシャワーで温まったのが見て取れた。
「星空が綺麗な場所があるんだって、ご飯食べたら連れて行きたいそうだよ」
「私も見てみたいな」
僕が経緯を説明すると海崎さんが賛成してくれる。一華さんは? と目を向けると瞼が重そうな一華さんがポツリ呟いた。
「私は遠慮しとく」
「じゃあ、私達で行きましょう。一華ちゃんの為に写真いっぱい撮って来るわ!」
友原さんの気遣いに、一華さんは手で合図を送って返事を返したのだった。彼女もかなりはしゃいでたから疲れているのだろう。
それから、親父さんが用意してくれた食材をバーべキューコンロの上に並べて、野外での食事を楽しんだ。辺りは静まり返っており、僕達の声が響くばかりだ。友原さんと暁彦は肉の取り合いをして、海崎さんはその様子をみてくすくすと笑っていた。
途中、一華さんが舟を漕ぎだしてコンロに接触しそうになるハプニングがあったもののそれ以外は問題無く時が過ぎて行った。
「片付けは私がやっておくよ。皆も疲れているだろうから、程々で帰って来るんだぞ」
はいはいと、適当な返事をする暁彦に親父さんは呆れた様子を見せていた。僕たちは暁彦の親父さんに後片付けを任せて、暁彦を先頭に星空が綺麗な場所を目指してその場を後にした。
それぞれがランタンの灯りを頼りに、草木が生い茂る山の中へと進んで行く。風が吹く度に草木が擦れる音が聞こえていた。
僕の前を歩いている暁彦がちらりと後ろを振り返り小声で僕に話しかけてきた。
「なぁ、レンレン。このまま、真っ直ぐ進むと俺が言っていた場所があるんだが、二手に分かれないか?」
二手に――? どういう意味なのかと聞き返した。
「だから――その、あれだ。男女ペアにならないかって事だ。恥かしいから察してくれよ」
ああ、そういう事か。でも、誰と誰がペアになるのか? ふと、そうした疑問が脳裏をかすめた。すると、暁彦がさらに顔を近づけてきた。
「俺さ、友原を誘うからレンレンは海崎な。なぁ良いだろ? 後生だ! 良いよな?」
なんて大袈裟な言い方なんだ。でも、その言葉を聞いた瞬間に僕は少し安堵したのだった。
「わかったよ。今日はもうあまり時間が無いけど暁彦も楽しみの一つや二つあっても良いからね」
流石、レンレン分かってると言った具合に、暁彦は力強く頷いた。程なくして、ぎこちなさを前面に出しつつ暁彦は友原さんを、連立って脇道へと逸れて行った。
その様子を見ていた海崎さんは、呆気に取られている様子で不安そうに僕を見つめてくる。
「あー、このまままっすぐ行けば開けた場所に出るみたいだよ。僕達も行こうか」
「う、――うん」
彼女は何か感づいたのか知らないが、少し俯いて短く答えるだけだった。
五分も歩かないうちに視界が開ける。夜も更けてきているというのにランタンの灯りが必要ないくらいの明るさで、空を仰げば満天の星空、下を向いても同じ景色が浮かんでいた。周囲では蛍が浮遊して地上の星を灯していた。まるで、星空の中にいるような錯覚を受ける程に幻想的な場所。
「すごい綺麗な所だね。池に星空が映って不思議な感覚――」
彼女から零れる感想は僕のそれと同じだった。二人並んで眺めていると、そっと彼女は僕の手に自身の手を重ねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます