第20話 夏休みの計画

 アルバイトも順調にこなせるようになった頃、窓の外では雨がしとしと降っていて、湿気で蒸し暑さが教室内を支配していた。


 学校では始めての期末試験に向けてとあるクラスメイトが四苦八苦している。なぜなら、ここで赤点を取ると夏休み期間中補習授業があるからだ。


 僕の後ろにいる彼は唸る。


 「あ~、駄目だ。全然わからねぇ。ってか何より蒸し暑くてやる気が起きねぇ」


 「暁彦、赤点とるとサッカー部の伝統で坊主頭にされちゃうよ。それにそこ、さっき教えた所だよね?」


 「そうだけどよー、それよりも何か楽しい事計画しようぜ。夏休みのイベントとかさぁ。目標があれば俺頑張れる気がする」


 連日続く雨の為、サッカー部の練習が休みの暁彦が勉強を教えてくれと、頼んできたので放課後の今に至る。暁彦が赤点を取ると、部活と補習にスケジュールが埋められて遊べなくなるかもしれない。それだけは勘弁して欲しいと僕は思い勉強を教えているのだ。


 僕だって夏休みには人並みに遊んでみたい。今まで誰かと、どこかに出掛けた事が無い僕にとってはかけがえの無いチャンスなのだ。目標があれば頑張れるというのであれば背に腹は変えられないと溜息を吐いた。


 「それじゃあ、計画立てようよ。僕も遊びたいし」


 暁彦の顔がみるみる晴れやかになっていく。なんと頭の切り替えが早い事だろうと呆れるのだった。


 「そう来なくっちゃな。でも、折角の夏休みだぜ? 暑い日差し、青い海、夜風に当たりながらの夏祭りと来れば足りないモノがあると思わないか?」


 目を輝かせた暁彦は少し興奮していた。言わずともそれが何を示しているかは僕にはわかった。暁彦の性格からして女子がいない事を言っているのだ。とは言え僕が声をかけれる女子は限られている。


 「あー、海崎さん達も交えて計画してみよっか?」


 「流石、レンレン! 話が早くて助かるぜ。あいつら確か文芸部だったよな、まだ学校いると思うから、呼んで来てくれないか? その間にパパっとこの問題全部解いておくから頼むよ」


 わかったよと暁彦を教室に残して、僕は文芸部の部室へと足を運んだ。彼女達の文芸部への入部は一華さんの要望が強く、本人曰く「楽そうだった」という理由だ。携帯ゲーム機を部室に持ち込んで遊んでいると海崎さんが嘆いているのを小耳にはさんでいた。


 文芸部のある特別棟へ行く為に渡り廊下を通る。校内にはちらほら人がいるだけで、室内で活動できる部活以外は皆帰宅している様子だった。しばらくして文芸部の表札がついた部屋まで辿り着く。


 軽くノックして「失礼します」と声を掛けて戸を開いた。初めて入る文芸部の部室からは紙の匂いと、長時間座っても腰を痛めない配慮か分からないが、三人掛けソファーが二脚と長机が置かれており、壁際には歴代の創作物が置かれているだろう本棚が鎮座していた。


 そのソファーにすっぽりと寝転がった一華さんを見つけた。話に聞いていた通りゲームをプレイしている。ちなみに、長机にはお菓子の空箱が散乱していた。


 「一華さんだけ? 海崎さん達は?」


 「ん、蓮か。珍しいな、あの二人ならトイレだからすぐ戻ってくると思う。何の用なんだ?」


 話が二度手間になるので揃ってから言うよと返しておいた。二人を待っている間に部活の事を聞くと、先輩はもうほとんど顔を出していないそうだ。来年の新入生が入って来ないと同好会になるらしい。道理で、我が家のような寛ぎ方なのかと納得がいった。


 待つ間にずっと立っているのも不自然だな。一つは一華さんが占領しているから反対側のソファにでも腰を降ろそうとしたら呼び止められた。


 「そっちじゃなくて、こっちに座れば良いだろ。そう離れられると寂しいじゃ無いか。一人分くらいは座れるだろ?」


 その後に「私が小さいからではない、ソファが大きいんだ」と付け加えていた。確かに座れそうなスペースはある。けれど、そのスペースは一華さんの生足が伸びていた。


 ごくりと息を飲む。良いのだろうかと言うのが最初に頭に浮かんできた。以前、海崎さんに飲みかけのお茶をせがまれた時も本人は気にする感じも無かった。僕が良く知らないだけで、女子達にとっては普通の事なのかもしれない。


 「う、うん。じゃあ、お言葉に甘えて」


 そっとソファに腰をおろすと、ゆっくりと腰が沈む。横目に一華さんの姿が映る。すらりとスカートから伸びた足は僕の太腿に微妙に当たっていた。


 う~んと一華さんは寝返りをすると、スカートが少し捲れて太腿をのぞかせる。自然と僕の鼓動は早くなる。見てはいけない、そう思いながらも自然と目線が引っ張られてしまう。


 次の瞬間、ぼくはびくりと震えるのだった。一華さんが僕の太腿の上に足を乗せてきたのだ。どういうつもりでこんな事をするのか、ゲーム機で顔が隠れている一華さんの表情は読み取れなかった。


 「ちょっと、一華さん――」


 仕方なく足をのけようとした時、ガラガラと文芸部の扉が開かれた。


 えっ? 聞き取れないくらいの疑問符が聞こえてきた。僕の視線の先には海崎さんと友原さん、その後ろには暁彦が佇んでいた。


 彼女達から見た光景は僕が一華さんを襲っているように映っている事だろう。


 「こっ、これは違うんだよ」


 「中々戻ってこないと思ったら、なるほどねえ」


 「――ケダモノ」


 「佐野君……学校でそんな事しちゃ駄目なんだよ」


 苦し紛れにそうは言ったけど信用は得られなかったみたいだ。暁彦はにやけ顔で眺めていて、友原さんは軽蔑の眼差しで僕の心を抉る。海崎さんは眉を寄せて、悲しみに似た表情を浮かべていた。


 「だから違うんだって! 一華さんも何か言ってよ」


 相変わらずゲームに夢中の一華さんは、ちらりと皆を見て呟いた。


 「つまんねぇな――」


 今度は僕が疑問符を浮かべた。その呟きは僕だけにしか届いていなかった様で、皆小首を傾げていた。もぞりと体を起こすと何事も無かったと言わんばかりに振る舞う。


 「それでみんな揃ったけど、話って何だ?」


 結局、一華さんからの弁解は特になく。誤解を解くのに時間が掛かったのは言うまでも無いだろう。


 とりあえず、そう言う事にしておくという話になり、早速本題の夏休みの計画について話し合う事になった。と言っても、どうやら海崎さん達もそのつもりだったようで、教室に僕達が残っている事を知っていたから呼びに行ったそうだ。僕とは入れ違いで教室に入って来た海崎さん達は暁彦を連れて戻って来た所で、僕の失態を見てしまったという事だった。


 「じゃあ、何かしたい事ある人。挙手お願いします」


 はいはーいと、先程まで勉強で項垂れていた人と同一人物とは思えない元気の良さで、手を挙げる人に火ぶたを切って貰う事にした。


 「やっぱり、川で遊びながらキャンプでしょ! 暗くなったら花火もしようぜ」


 「とか言って女子の水着を見に行きたいだけでしょ」


 「ち、ちげーし!」


 「その証拠に鼻の下伸びてるけど?」などと言うやり取りを友原さんと暁彦は繰り広げていた。何だかんだケンカっぽい事するけど、何気に仲が良いんだよなこの二人。


 そんな口論を繰り広げている間に、飛び交うイベント事をメモに取る。海に花火、夏祭りの花火大会、近くに出来た屋内プールも良いね等とメモ帳は次第に黒く染まっていくのだった。


 「ちょっと待ってよ。こんなに沢山全部やるつもり? 皆、部活もあるし佐野君はバイトがあるんでしょ? ある程度絞らないと」


 海崎さんは異常な盛り上がりみせる僕達を諭すように注意してくれた。その事については僕も思っていた。だけど、それは僕が一度も経験した事の無い心踊らされるものばかりで止めるには忍びなかったのだ。


 しかし、このままでは埒が明かないので一人ずつ候補を絞る事にした。暁彦はキャンプを選び、続けて友原さんは夏祭りを選ぶ。海崎さんは少し悩みながらも好きな海に決めたようだ。相変わらずゲームを片手に持った一華さんは、花火が出来るならそれで満足といった具合だ。僕は同じ時間を共有出来る事が、凄く嬉しくて皆がやりたい事が僕がやりたい事だと告げた。どれかを選ぶなんて僕には出来ない、全部やりたいのだから。


 その為には補習にならない事が大事、期末試験を頑張ろうと意気込む僕に対して、暁彦君は項垂れた所で賑やかな笑いが起きたのだった。

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