第16話 オリエンテーション合宿 ごめん

 その後、僕は午後から雨が降る事も忘れて宿泊施設の外で夢中になってサッカーを楽しんでいた。思い出した頃には既に遅かった。いつの間にか太陽が陰り、大粒の雨が僕達を襲ってきた。


 全身びしょ濡れになりながら部屋に戻った僕達は、風邪を引かない様に着替えを済ませた。あんなに転機が良かったのに急に降るなんてとクラスメイト達がぼやいているのが聞こえてくる。


 仕方なく、僕達は昨晩出来なかったトランプをして、集合時間まで過ごす事にした。集合時間間際になって、男子部屋の戸がいきなり開け放たれた。そこにいたのは、友原さんだった。


 彼女は苦しい表情をして一言呟いた。


 「やっぱり、ここにもいないわよね」


 僕は先程の話を思い出た。


 「ああ、一華さん探しているの? 男子部屋に匿っていると思っているなら――」


 「そうじゃない!」


 彼女は悲痛な面持ちで叫んで、その場にへたり込んですすり泣いてしまった。奥でトランプをしていた、暁彦君もただ事では無い雰囲気を察して、近づいてきた。


 「何? どうしたの?」


 「夢莉と連絡が取れなくて――」


 友原さんの話によると、集合時間が迫っているのに中々帰って来ない海崎さんを心配して、スマホを鳴らしても繋がらなかったらしい。海崎さんは写真を撮ると言っていたので携帯は持って出ていたそうだ。


 それを聞いた僕は、はっとこの出来事を思い出した。どうして忘れてしまっていたんだろうと、自分を強く責めた。


 あの日バスの出発が遅くなったのは、女生徒の一人が集合場所に現れなかった事が原因だった。その女生徒が海崎さんだ。


 「最後に海崎ちゃんを見た人は? 進君には言ったのか?」


 暁彦君が友原さんに尋ねている。友原さんは首を左右に振ってすすり泣くばかりだ。


 「ちょっと俺、その辺見て来る」


 そう言って、暁彦君は部屋を飛び出して行った。


 その間、僕は自分の記憶と戦っていた。きっと、海崎さんは見つかる筈だ。以前はそうだった――。いや、今回もそうだとは限らないのじゃ無いか? 一華さんが登校している時点で、前とは違う。一抹の不安が僕を追い詰める。考えろ、思い出せ、あの時田中先生はなんて言っていた? 確か、山の方……。そうだ、山の方で見つかったと言っていた。


 それをヒントに、彼女の行きそうな所を絞るんだ。彼女は海の写真を撮りたいと言っていた。当然、海岸沿いには、行っただろう。その彼女が何で山に? もしかして、僕がバスの中で言った言葉を頼りに、あの場所へ向かったんだ。きっとそうだ! 僕のせいだ、僕の――。


 「友原さん! 先生達に裏山を探す様に伝えてくれる? あっ、後、フロントに海崎さんが尋ねて来なかったか聞いて、分かったら僕に連絡して」


 僕は友原さんにそう告げて、電話番号を教えると、急いで裏山へと向かった。外は未だ雨が降っていて視界が悪い、先に出たであろう暁彦君の姿は、確認できなかった。仕方が無い、僕は一人、海が一望出来るあの場所を目指した。


 登山道は、雨で足元が取られる所もあり非常に歩きづらかった。折角着替えた服は、ものの数分で水を含んで纏わりついてくる。春先と言っても、まだ肌寒い。濡れたままではなおの事だ。早く海崎さんを探さないといけない。


 途中、足元を滑らせ体中泥だらけになりながらも、展望台へと辿り着いた。僕は息を整えながら辺りを見渡すも、この見通しの良いエリアに人影は無かった。すると、ポケットに入れていたスマホが鳴り響く。


 『もしもし、佐野君? フロントの件だけど、展望台に行く道を聞きに来たみたい』


 『ありがとう友原さん。今、その場所に来ているんだ。電話切った後に海崎さんの携帯を鳴らし続けて、もしかしたら近くにいるかも』


 やっぱり、海崎さんはここに来ていた。だけど、姿は見えない。どこだ? まさか、この展望台の下に――。


 ピリリリリ! また、携帯が鳴る。今度は、僕の着信音じゃない。友原さんが海崎さんの携帯に掛けてくれているのだろう。僕はゆっくりと音の鳴る方へ近づいてみる。先程、登って来た登山道付近の茂みにぼんやりと光る携帯が孤独に鳴いていた。


 僕はそれを手に取り天高く叫んだ。こんなに声を張ったのは生れて初めてかもしれない。


 「海崎さん! 聞こえたら返事して!」


 虚しくも雨粒の音に遮られて、あまり遠くまで聞こえないみたいだ。僕は、ふと目線を落とすと登山道の杭が途切れている事に気付いた。斜面側に設けられた杭が無くなっている? もしかしてと思い近づいて斜面を確認する。緩やかな斜面に一筋落葉が不自然に無くなっている部分を見つけた。その後を目線で追うと、古びた木製の小さな小屋があった。


 間違いない、あそこに海崎さんはいる。そう確信した僕は、足元に注意を払いながら斜面を滑り降りた。小屋に近づくと、微かにすすり泣く音が聞こえる。そっと扉を開くと、海崎さんは膝を抱えて震えていた。


 「やっと見つけた。大丈夫?」


 声を掛けながら近づいた僕に気付いた海崎さんは急に抱き着いてきた。彼女は肩を震わせながら、むせび泣いた。


 「あ、雨が降って来て……、急いで帰ろうとしたら滑って足挫いちゃって、それで、け、携帯も無くしちゃうし……」


 彼女の冷えきった身体に体温を奪われながらも、僕は何の抵抗もしなかった。曇天に覆われた薄暗い中、連絡手段も無くて動けずに一人きり、どうしようもなく不安だったのだ。


 「ごめん。僕が展望台があるなんて言わなければ、あの時一緒に散策に付き合ってあげていたらこんな事には――」


 僕は知っていた筈なんだ。彼女がこうなる事を――。それを否定するように彼女は大きく首を振った。


 「ううん、佐野君が謝る必要は無いよ。私がこうなったのは私のせい、だから気にしないで。ああ、またやっちゃったな――」


 眉を寄せて零れる涙をすくうと、大分落ち着いたのか彼女は少し笑みを溢していた。


 「あっ、ちょっと待って、今助けを呼ぶから」


 僕は自分の携帯で、友原さんに連絡を取り、海崎さんの状態も含めて居場所の説明をした。助けが来るまでの間、僕達は並んで座り他愛の無い話をした。


 海崎さんは小さい頃にも似たような事があったらしい。その時は友原さんが見つけてくれたそうだ。それ以来、友原さんはお姉ちゃん的立場なのだそう。僕にはそのエピソードがとても羨ましく思えた。


 「実はね……、一人で居る時、佐野君なら見つけてくれるかもしれないって思ってたんだよ」


 彼女は無邪気に上目遣いで顔を寄せてきた。彼女の顔はほんのりと赤みを帯びていた。僕はさりげなく顔を背けて聞き返した。


 「どうして僕なの?」


 「ふふっ、なんでだろう。入学式の時みたいな推理でとか思ってたのかも」


 横目に見た彼女の顔からは、白い歯が見えていた。そんな彼女の様子を見て心が締め付けられる。違う――そうじゃない。僕は過去に起こった事を知っていただけ、ただそれだけなんだ。


 「僕は――。そう、昨日約束したから、今度学校でジュース貰うって、約束は守って貰わないと」


 やはり言えない。彼女に言った所で変な奴だと思われるだけだ。僕はこの高校生活を終わらせたくはない。今の立場はとても心地が良い、絶対に失いたくない。


 おーい! 大丈夫かー! 小屋の外が騒がしくなり、僕は確認しに外に出ると、いつの間にか雨は止んでいた。登山道の上から先生達は、僕を見下ろしている。


 先生達の手伝いもあり、どうにか無事に海崎さんを宿泊施設へと連れ帰る事が出来た。宿泊施設前で僕達の帰りを待っていた友原さんは駆け足で、海崎さんとお互いに涙を流しながら熱く抱擁を交わしていた。その光景をみると二人の関係性が良く分かる。


 そんな二人を先生達に任せて、僕は濡れた服を着替える為に部屋へと戻った。戸を開けると暁彦君が一人座って居た。


 「暁彦君。他の皆は?」


 「もう、バスの中で待機してる」


 ああ、そうだった。わざわざ聞かなくても知っていた事だ。僕は濡れた服を脱ぎ、ジャージに着替える。


 「なあ、蓮。何で俺に一言声かけなかったんだよ?」


 振り返るといつもおどけていた暁彦君の姿は何処にもなかった。普段見た事の無い真剣な表情をしていた。


 「俺が出て行って、直ぐ蓮も出て行ったって友原から聞いた。あの時にはもう目星がついてたんじゃないのか?」


 「何となくは……。でも、確信が無くて」


 彼はがむしゃらに頭を掻きながら唸る。


 「あー、もう。そーじゃなくて、何でも良いから相談してくれよ! 一華ちゃんの時でも一人でやろうとして――。俺ら何なんだよ、友達だろ?」


 彼の言葉は僕の心に深く刺さった。僕が渇望した友達という枠組み、彼は僕という存在をちゃんと見ていてくれていた。そんな彼を僕は何処かで隔てりを作って避けていたのかもしれない。


 この胸の痛みは、冷たくて鋭いものでは無く、叩かれてヒリヒリと次第に熱く火照ってくる。そんな痛み。髪から滴る雫が目に入ったのか、分からないが目頭を熱くさせたのは間違いなかった。


 「ごめん! 本当にごめん。今度何かあった時は、相談に乗ってくれるかな?」


 「当たり前だろ。ああ、それと君はもういらないだろ?」


 「そうだね暁彦、それと今更なんだけど……。あの時、クラス委員を譲ってくれてありがとう」


 彼は何の話か分からないと言いながら、頭の後ろを掻いて誤魔化していた。


 「ほら、俺らもバスに行こうぜ、レンレン。そうだ、番号交換して無かったな」


 「うん、僕も教えるよ」


 そうして僕達はバスに乗り込んだ。田中先生の話では、海崎さんの足は軽いねん挫らしい、一応念のため親御さんが迎えに来て、そのまま病院へ行って帰宅するそうだ。


 僕達の乗ったバスは出発時間を大幅に過ぎてしまった。学校へ着くまでの間、山道を歩いた疲労から僕は熟睡してしまっていた。目を覚ました頃には学校に着いており、日も暮れて暗くなっていた。学校には他の生徒を迎えに来た車が、ちらほらと見て取れた。


 「何か今日は疲れたな、また明日学校でな」


 暁彦は、大きく欠伸をしながらバス停へ歩いて行った。


 「じゃ、僕らも帰ろうか一華さん」


 「あっ、ちょっと待って佐野君」


 友原さんが歩み寄って来て、すかさず僕の背後に身を隠す一華さん。そういえば、鬼ごっこの結果どうなったか聞いて無いな。あとで聞いてみよう。


 「どうしたの?」


 「夢莉の事……。見つけてくれてありがとう。そんだけだから、また明日!」


 友原さんの目元はまだ赤く腫れていた。それを隠すように照れくさそうに言い捨てて、彼女はバス停へと走って行った。それを見送って僕達も帰路につくのだった

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