第13話 オリエンテーション合宿 カレー作り

 僕は早速米を炊く準備に取り掛かった。飯盒に米を入れて、軽く水で洗う。それを二度、三度繰り返した。次は内側に刻んである目盛りを目安に水を入れる。後は暁彦君が着けてくれた火を絶やさない様に、火の番をして炊き上がりを待つだけだ。


 一息ついた僕は、少し手持ち無沙汰になり、辺りを見回たした。暁彦君は他の班まで足を延ばして手伝っている様子が伺えた。それをみた他の班はここも、こっちもと声を掛けていて、暁彦君は対応に大忙しのようだ。


 カレー作りの方はどうだろう。海崎さん達の様子が気になり目をやると。


 海崎さんは、僕と同じ様に火の番をしながら、友原さんと一華さんの間を行ったり来たり忙しなく動き回っていた。カレーを作るのにそんなに動き回る必要があるのだろうかと思考を巡らせていると、微かに焦げた臭いが鼻孔に届いた。


 僕は慌てて、飯盒を火から遠ざけた。蓋を開けて中を杓子で確認すると、底の部分が少し黒く焦げてしまっていた。他は何とか大丈夫そう、少し混ぜて蒸らせたら出来上がりだ。焦げたさせた事は素直に謝ろう。


 カレーの方もある程度終わったのか、女子三人で火の番を交代でしていた。落ち着いた所で、海崎さんが僕に様子を聞いてきた。


 「ご飯の方はどうかな?」


 「ごめん、少し漕げちゃったよ。火加減が難しくて失敗した。カレーの方は?」


 「たぶん……、出来たと思う。うん、食べれると思うよ」 


 僕は食べれるかどうかを聞いたわけでは、無かったけれど、海崎さんは自分に言い聞かせている様に見えた。その言動に、僕は不安を感じざるを得なかった。


 火点け役で奔走していた暁彦君も合流し、雑談をしながら完成を待った。


 しばらくして、出来たと友原さんから声があがった。成し遂げた達成感から一華さんとハイタッチをしていた。


 僕達はテーブルにご飯を盛り付けた皿を用意して、その後友原さんがカレーを足して行った。その時、暁彦君はご飯が見えなくなる程の全かけを頼んでいる。海崎さんの歯切れの悪ささえなければ、僕も暁彦君と同じ様にお願いしていた。ただ、その事が引っ掛かかって口から言葉が出なかったのだ。


 各班似たり寄ったりの時間帯で完成した事も有り、担任が巡回して美味しそうな所を品定めを行っていた。


 「よーし、各班出来たみたいだな。正直見た目じゃ分らんな、皆の反応を見てから決める。片付ける時間もあるから食べて良いぞ」


 なんてせこい先生なのだろうかと、思ったが僕がその立場でも同じ事をしただろう。誰も好き好んで美味しくない物を食べたいとは思わないのだから。


 「早速食おうぜ、動き回ったから腹減ったぜ」


 そう言って暁彦君は一番に大口開けて、口の中へと放り込んだ。穏やかな表情のまま口を動かす。次第にその表情は疑問符を浮かべて、未知との遭遇をした面持ちになった。


 静まり返った空気を壊さない様にそっと暁彦君に感想を聞いた。


 「どう? 美味しい?」


 「どう表現したら良いんだろう――。とりあえず食べてみなよ」


 そう意味深に返されては、試してみるよりほかは無い。僕達は一口ずつカレーを食べた。


 スープカレーの様にさらさらとした見た目はしているものの、口に入れたそれは全くの別物だった。カレー独特のスパイシーな風味は薄く、言ってしまえばスパイシーなお湯。後味には強烈な甘さが舌に伝わって来る。野菜の甘味とは別の何かに感じられた。


 「これ――、何入れたの?」


 僕は素直に疑問をぶつけると、堂々とした返事が一華さんから帰って来た。


 「隠し味に持って来たチョコを入れてみた。甘いのは正義だからな」


 「一華さん、全然隠れてないよ。それにカレーの風味が無いのは何故?」


 今度は友原さんが、俯き気味に言ってきた。


 「こう……さらっとしたカレーにしたくて、水を多くしたのよ」


 「わ、私が早く気付いていれば――。味見したんだけど、どうして良いかわからなくて」


 海崎さんは二人を庇う様に伝えて来た。先程慌ただしく動いていたのは、その為だったのかと腑に落ちた。


 そんな僕達の姿を見ていた担任は、僕達の視界からさっと見えなくなっていた。


 「まあ、これくらいなら何とかなるよ」


 僕は神妙な面持ちの皆に一言、声を掛けた。


 鍋に残っていたカレーを確認して、暁彦君に火を起こして貰った。ルーを追加して入れる事により、薄味の風味は元に戻るだろう。煮詰めてコクを出せばチョコの甘味も気にならない程度にはなる筈だ。そうだ、さらにバターを入れよう。味も濃厚になり、甘みも出るし、チョコの甘味も誤魔化してくれるに違いない。


 既にご飯にかかっているルーは、最早どうする事も出来ないから、成るべく相殺出来るように濃いめに味付けをした。


 こうして出来上がったルーを、被せる様に再度継ぎ足した。


 「おお、何かそれっぽいぞ」


 「わあ、こんなに変わるんだ」


 「見た目は合格ね。問題は味よ、味」


 「その通り、私の審査は厳しいからな」


 暁彦君達とは反対に、何故か僕に対抗心を燃やす友原さん達、気恥ずかしさからなのだろうか。それは置いといて僕は、皆に食べる様に促す。


 第一陣は、暁彦君だ。彼は匙を手に取り一口食べる。先程の憂鬱な表情は晴れてさらに二口と、続け様に食べていた。その様子を見ていた女子達も食べ始める。


 「美味いな! さっきのとは比べ物にならないぜ」


 「ほんと美味しい。佐野君すごいよ」


 「くっ、美味しいじゃない。悪かったわよ、謝るわ」


 「ううん、美味しいけど甘さが足りないな」


 一華さんは少し不満そうだけどそれ以上甘くしたらスイーツになっちゃうからね。僕にはこれくらいしか出来ないから、皆の為に何か出来た事が素直に嬉しかった。


 その後、海崎さんから聞いた話によると、どうやら友原さんは料理音痴と言うのが分かった。プリンを作れば着色された砂糖水へと変貌した話などを笑みを浮かべて密かに教えてくれた。話を聞く限り全く出来ない訳でなく、何処か欠けているようだった。何か機会があれば教えてあげようとその時考えた。


 片付けも終わり、少し腹休めしていると田中先生から集合の合図が掛かった。

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