第12話 オリエンテーション合宿 先生からの挑戦

 バスが動き出し見慣れた街並みの景色が流れて行くのを眺めていると隣に座っていた海崎さんがこちら振り向き話しかけて来た。


 「佐野君楽しみだね。宿泊場所ってどんな所かな?」


 「綺麗な所だよ。裏手に山があって、少し登ると開けた場所があって海が一望出来る――」


 途中まで言い掛けて、はっと慌てて口を噤んだ。案の定、海崎さんは訝しむように聞き返して来た。


 「えっ。佐野君、行った事あるの?」


 「いや、僕じゃなく先輩に聞いてたから……」


 「ああ、例の先輩かぁ。見て来たかの様に言うから驚いちゃったよ。そっか海が一望出来る場所があるんだ」


 そう言って彼女は鼻歌を奏でながら窓の外を眺め始めた。


 先程まで最終日の自由時間で起こった何かについて考えていたから、うっかり自然と言葉が走ってしまった。もう少し気を引き締めないといけない。


 僕は海崎さんとは反対の通路側の肘掛けに頬杖をついて考え込んだ。あの時、僕は集合時間まで宿泊施設の部屋で一人、本を読んでいた。何かあった事は、集合時間が来てバスに乗った時に先生から聞いた。それで、バスの出発が大分遅れたのは覚えている。だけど、それが何かは思い出せない、何かきっかけがあれば思い出せそうだけど。


 僕がもどかしさに悶々としていると、陽気に暁彦君が話しかけて来た。


 「着くまで暇だな~。なあ、トランプしようぜ」


 田中先生が隣に居るにも関わらず、おおぴらにトランプを差し出して来る。


 おい! そう田中先生が暁彦君に呼び止める。それはそうだろうと僕は感じていたが、田中先生から出た言葉は違うものだった。


 「俺疲れてるんだ。少し寝るから、やるなら静かにな」


 この人はそういう先生だったと改めて実感させられた。暁彦君は、早速トランプを配りだした。僕と海崎さんの後ろに居る友原さん達も交えて、到着するまでの間トランプで静かに盛り上がった。


 到着後、僕達は宿泊施設に着くと部屋に荷物を置いて、運動着に着替えを済ませた。


 部屋は大部屋で男子と女子に分けられている。寝る時は布団を並べて川の字に寝る。ちなみに女子はフロアが違うので一部の男子からは不満の声が上がっていた。当然、その中には暁彦君も含まれる。


 それはそうと、着替え終わった僕達は宿泊施設内の大広間に集合し、そこで合宿開催の挨拶が行われた。


 滞り無く開催の挨拶が終了すると、各クラス担任の指揮の元で建物外から出て、炊事場へと場所を移した。


 「それじゃあ、今から各班毎にカレーを作って貰う。食材は既に用意してある。不味く出来ても俺は知らないからな、残さず食べる様に。ちなみに俺は美味しそうな班の所で食べる事にする。以上だ」


 一言多い先生に対抗心を燃やしたクラスメイト達は、我らの班が絶対に美味いカレーを作ってやると息巻いて各班毎に散り散りになった。


 「こっちにはレンレンが、いるから不味くはならないな」


 暁彦君は僕に肩を回しながら、得意げに言ってきた。そんな事は無いと謙遜しながらも、頼られているこの感覚はとても気持ちが良い。


 すると、友原さんがずいっと前に出て来てこう言った。


 「何言ってるのよ。これは私達女子への挑戦状なのよ。あんた達はご飯でも炊いていなさいよ」


 田中先生の言葉を挑発と受け取った友原さん、持ち前の負けん気で豪語していた。その流れを阻止しようと海崎さんは言葉を選びながら慌てて口を挟む。


 「わっ、私は、皆で作った方が楽しそうだと思うな~。トモちゃんの料理もすっごく楽しみだけど、皆で作った方が――」


 しどろもどろした感じで、同じ事を繰り返す海崎さん。まったく何を言いたいのか伝わって来ない。その様子を見て、僕と暁彦君は不思議に思っていた。


 すると、海崎さんと友原さんの間を割って一華さんが入って来た。


 「私の腕前を披露する時が来た! 男達は静かに見ていれば良い」


 料理に対して相当の自信があるのか、いつもより横柄な態度で主張してきた。この論争においては、友原さんと意気投合したのか、互いに熱く握手を交わしていた。


 海崎さんはその様子を一人頭を抱えて唸っている。


 「何か良く分からないけど、カレーは海崎さん達に任せて、僕達はご飯を炊こうか」


 暁彦君にそう告げると、各々作業に取り掛かった。


 ご飯を炊くと言っても炊飯器が、ある訳じゃ無い。飯盒炊飯だから、まずは火を起こす所から始めなければならない。僕は適当に薪を積み上げて、着火口が長いライターで灯そうとするが、中々薪に燃え移らなかった。


 う~んと、悩んでいると後ろから声が掛かる。


 「レンレン、火起こしした事無いの?」


 僕は軽く頷くと、暁彦君は任せとけといった態度で、僕と場所を交代した。彼は、手慣れた手つきで、新聞紙を小さな棒状に捻りだした。


 その光景を僕は傍で考察に耽っていると、今度はそれを井桁状に組み上げていた。その隙間を覆う様に薪を積み上げて、中央に空いていた穴に火の着いた新聞紙を捻じ込んだ。


 「良し! 新聞紙が燃え尽きる頃には薪に火が移ってるぜ」


 彼が言うように、しばらく眺めていたら、パチパチと不規則に音を鳴らして火が大きくなっていった。


 「すごいよ! 随分慣れてたみたいだけど、誰に教わったの?」


 暁彦君は頭を掻きながら、照れくさそうにしていた。


 「ああ、親父がキャンプ好きで、良く連れて行ってくれるんだ」


 父親か……、僕にも父さんが居れば、教えて貰えたのだろうかと、ふと頭を過る。


 暁彦君は海崎さん達の方を見て、あっちも躓いているようだと手助けに行くのだった。

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