第11話 オリエンテーション合宿 出発

 校門を出た僕達はあの大通りの信号が変わるのを待っていた。この大通りでの出来事があって、今の僕がある。そして、本来学校に来るはずの無かった一華さんが、こうして僕達の目の前にいる。


 わからない、実際には知りえない人とこうやって会話が出来て、跳ね返ってくる。ますます、僕の置かれた、この現象には謎が深まるばかりだ。


 「佐野君! 信号変わったよ」


 その呼び声で僕の意識は考察の海から浮かんできた。海崎さんが対岸から手招きで僕を呼んでいる。横断歩道の信号は青く光を放っていた。横断歩道の中ごろに差し掛かると均等に点滅しだし、僕は慌てて駆け出した。


 この大通りを起点に、僕達の帰り道は様々だ。暁彦君と友原さんはバス通学、海崎さんと一華さんは徒歩、そして僕は自転車通学だ。


 暁彦君と友原さんとはここで別れだ。僕達三人は別れの挨拶を交わして、歩き出した。どうやら、返る方向は概ね同じで僕が一番遠かった。


 海崎さんは一華さんを朝迎えに行く為に、わざわざ学校から遠ざかっていた事をこの時初めて知った。


 住宅街の十字路に差し掛かった所で、海崎さんとは別れて、今は一華さんと二人きりになった。海崎さんが居なくなり、互いの足音だけがやけに大きく聞こえた。


 その空気に耐え切れなかった僕は、何気無い言葉を掛けた。


 「一華さん、今日の学校どうだった?」


 少し空を見上げて、何かを考えている素振りをみせる。頭の中で整理が付いたのかゆっくりと話し出した。


 「うるさい奴ばっかりだけど、まぁ、悪くは無かった。私の事を生意気だと言う奴もいなかったし……」


 「それは言葉遣いに問題があるんじゃない?」


 「うっさい! ずっとこうしてたんだから直ぐに治るか!」


 彼女はそっぽを向いてそう吐き捨てた。一華さんは一歩を踏み出したばかり直ぐに変わる事は出来ないだろう。僕も以前の自分から少しでも変われたのだろうか? 僕を取り巻く環境に変化はあるけれど、僕自身はどうなのだろう――。


 「なあ、蓮。あり――」


 びゅうっと、流れた風が僕の耳を塞ぎ一華さんが何か言っていたのを聞き取る事が出来なかった。


 「えっ? 何か言った?」


 「またなって、言ったんだ」


 そう言い放って一華さんは目の前に見えていた自宅へと駆けて行った。去り際の彼女の顔は夕日に照らされて仄かに赤みを帯びていた。


 その後も一華さんは普通に学校へ登校してきた。


 週が明けてオリエンテーション合宿当日、前日にボストンバッグへ荷物を詰め込んだ僕は玄関にそれを置き朝食を食べていた。正面に座る母さんは涙を浮かべながら僕が泊りがけで出かける事を嘆いていた。


 「着替えは入れた? ハンカチ持った? ママへの愛情忘れてない?」


 「全部持ってるよ。大げさだよ、一泊したら戻って来るのに」


 「ママ、妹の修学旅行の時もこうだったよね」


 妹は既視感を覚えたのか呆れた物言いだった。


 「つれない言い方をするのね。これが親離れって言うやつかしら」


 感慨深く訳の分からない事を言い始めたので、行ってきますと言い残して玄関を出た。外は晴れ晴れとしていたが、少しばかり肌寒かった。


 ボストンバッグを背に背負い自転車に跨って風を切る。程なくして、旅行バッグが足を生やして歩いている異様な光景が飛び込んできた。


 「おはよう、一華さん」


 その呼びかけに答えて、旅行カバンに上半身が隠れた一華さんが姿を現わせた。一泊するだけだと言うのに凄い荷物だ。


 「荷物多いね。良かったら自転車の荷台に乗せようか?」


 「助かった! 祖母ちゃんがあれも、これもって入れて来て重かったんだ」


 不貞腐れ気味に僕に愚痴を溢していた。お婆さんの不安と嬉しさが見え隠れする話だった。


 そこで自転車を降りた僕は、一華さんの荷物を荷台に乗せて落ちない様に、一華さんに見て貰いながら学校へと向かった。


 学校前の大通りに出た僕達を見つけて、海崎さんと友原さんが声を掛けて来た。


 「おはよう、佐野君に一華ちゃん。凄い重そうな荷物、どうしたのそれ?」


 俺と同じ質問をする海崎さんに、一字一句同じ返答をする一華さん。友原さんは、今日は珍しく一華さんを見ても味気ない反応だった。僕は不思議に思い海崎さんに尋ねた。


 「友原さんどうしたの? 何かいつもと様子違うけど」


 「ああ、今日カッター訓練があるでしょ。トモちゃん昔から船苦手でね」


 どうやら、友原さんは船酔いするみたいだ。


 カッターとは十数人で動かす大型の手漕ぎボートだ。波の状況にも寄ると思うけど、かなり揺れる。


 そう考えると、いつも一華さんに飛びつく友原さんの元気の無さにも頷ける。


 友原さんが元気が無い事に安堵したのか一華さんは、しめしめといった表情をしていた。僕達が校門を通ると中には観光バスが三台待機していた。一学年に三クラスあるから、一クラスに一台計算だ。


 教室に入るとこれから始まる行事に期待を膨らませた、クラスメイト達の賑わいが飛び交っていた。


 「やっと来たかレンレン。今晩の為にトランプやウノ持って来たんだぜ。必ずやろうな」


 暁彦君は机の上に遊び道具を並べてニヤリとしている。


 「それも良いけど、勉強道具も持ってきてるの? 明日の午前中は勉強会するって言ってたよ」


 わかってるよとカバンを開いて中身を見せて来た。確かに勉強道具も入っているけど、遊ぶ道具も同じくらい入っていて、僕は苦笑いを浮かべるのだった。


 しばらくして、田中先生が来て簡単なホームルームが始まった。今後のスケジュールの確認が主な内容だった。


 初日の予定は、表に止まっていた観光バスに乗り込み、昼前に海岸沿いの宿泊施設に到着する。その後に班ごとに野外施設でカレー作りをして昼食を取った後に、例のカッター訓練がある。


 前と同じ内容だ。翌日は勉強会が終わって昼食を宿泊施設で取ってから、帰りの時刻まで自由行動だ。確かその時に何かあった様な気がする、急に雨が降って来てそれから――。


 「それじゃあ、説明終わり。荷物持って校門前に集合だ。あっそうだ、クラス委員は班長から出欠の確認を取っておいてくれ。確認できた班からバスに乗り込むんだぞ」


 担任のその合図と共に僕は校門へと移動した。僕達が乗り込むバスの前で、僕と海崎さんは各班の班長から欠員が居ないか確認を行った。他のクラスでも同様のようだ。


 急に田中先生が言うから、自分が楽したいだけかとも思ったけれどそうではないようだ。


 確認が終わり、先生の後に続いて僕達もバスへと乗り込んだ。


 座席を見ると最前列の二席しか空きは無く友原さんは一華さんと、暁彦君は田中先生と座っている。一華さんは必死に友原さんから逃れようとしていたが通路側を占領されていては後の祭りだ。僕と海崎さんは開いてた席に腰を降ろして、しばらくした後にバスはゆっくりと学校を背に走り出した。

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