第17話 もぎたて果実を振る舞って
あれからすぐあたしは営業部へと戻った。
先輩たちに取られてしまったから新しい顧客を得るために走り回り、今までの信頼を取り戻すべく担当していた会社へと足を運び毎日ヒイヒイ言いながら働いている。
スニーカーに慣れてしまった足にはヒールを履いて街を歩くのは正直ツラい。
初夏を迎え日差しは強いし、汗でべたべたになるし。
それでもずっと開発部に閉じこもっていた頃より断然楽しい。
色んな人と話したり、外で美味しいもの食べたり、新しいお店のお菓子やケーキを買って帰ったり。
刺激がいっぱいあって開放的だよね。
厄介な宇宙人もいないし?
脳内で噂しただけなのにピロン♪と音がしてスマホを確認したら金光さんからだった。
画像が添付されていますという表示に胸がきゅんっと高鳴る。
「はわぁああ!ほんとポエむんさん神だわ!」
開いてみると美麗なイラスト。
ほのかちゃんと錦くんがさくらんぼ狩りに来ている様子が細やかに描かれている。
艶々としたさくらんぼと同じ唇をしたほのかちゃん。いつもの制服じゃなくてTシャツにパーカー姿で帽子を被っているのがまた可愛らしい。
錦くんはぱくりとさくらんぼを食べておいしそうに微笑んでいる。スポーティーな服装がまた意外で、でもとても似合っていてかっこかわいいなぁ。
金光さんはこうしてネットに上げる前に必ずあたしのところにイラストや漫画を送ってくれるんだよね。
だからめいっぱい推しを摂取できたことへの感謝を伸べ、褒めたおした上で眼福でしたありがとうございましたとお礼で締めくくるんだ。
「幸せ!うん。今日は帰りに手土産持って開発部に顔出ししようっと」
前々から目をつけていたパッケージとデザインがめちゃくちゃかわいいと評判のお店の缶入りクッキー。
図々しいかもしれないけど三か月ちょっとお世話になっていたんだから一緒につまんだって文句は言われないと思うしね。
「そうと決まればあと二社回るだけだし、急いですませよう」
気分が上がっているときのあたしはとことんついている。
回った二社で契約を取り付けホクホク。
人気店なのに並ばずにクッキー缶をゲットして帰社した。
「こんにちは!お疲れさまです」
「あれ?桐さん」
開発部のみなさんは久しぶりっていって好意的に迎え入れてくれた。金光さんはいないのできっと研究室に入り浸っているんだろう。
サンダーソニアが医療品として商品化されることに決定し、来年の春には売り出される予定らしくその準備や打ち合わせで開発部は忙しいって黒岩が言ってた。
つまり金光さんは別の研究に精をだしているってわけ。
自分が関わった製品が世に出るってすごいなぁ。
頑張って売り込みにいかないとね!
実体験を語れる強みはバンバン使っていきたい。
「桐」
「あ、黒岩お疲れ」
女性陣とクッキーを味見していると黒岩がひょこひょこやって来た。
目の下に隈ができているからずいぶんとお疲れみたいだな。
「はい。どうぞ。甘いものは疲れに効くからね」
「ああ、ありがとう」
缶ごと差し出すとチョコレートが挟まったクッキーを選んでパクリと食べた。一番数が多いものを選ぶ当たり黒岩は割と気使いだよね。
ほんとはナッツ系が入った厚めのザクザクしたやつが好きなのに。
「ほらこれも食べなよ」
「…………」
遠慮している黒岩に最後の一枚を取って渡すとなんとも言えない表情で躊躇ったあとおずおずと受け取って。
そんな様子を開発部の女性陣が微笑ましそうに眺めている。
もちろんあたしも。
「おいしい?」
「おいしい」
「そ。よかった」
もぐもぐ食べている姿はまるでハムスターみたいだ。
かわいいね。
「そうだ。今日帰りに家に寄れるか?」
「黒岩の家に?寄れるよ?」
「実家からさくらんぼが大量に送られてきて、処分に困ってる。日持ちがしないから急いで食わないといけなくて」
「なるほど」
女性人たちも黒岩からお裾分けをもらったらしく「毎年いただくけど美味しいのよね」と嬉しそうだ。
「そうか。黒岩って山形出身だったね」
定時にあがって迎えに来るよって伝えると嬉しそうに黒岩がするから、あたしもにまにまとだらしない顔になっちゃうんだよなぁ。
まあ彼女が迎えにくればどんなに忙しくても定時で帰っても許されるだろう。
ちょっと色々溜まってるみたいだし癒してあげようではないか。
山形の新鮮なさくらんぼを振る舞ってもらわなくちゃね。
え?
サンダーソニアをその後使っているかどうか聞きたい?
それはね。
そっち方面に商品化を断念したことから察してほしいんだけど、あれヤバすぎるからさ。
あとは察してください!
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