第12話 推しへの好きと恋愛の好きの違いとは


 淹れたてのお茶を飲もうとしてアチッとびっくりした顔をした黒岩を見てニヨニヨしていたら嶋田さんがスッと寄って来て「なに見てんの?」と耳打ちしてきた。


 やめてください。

 変な声出るでしょうが。


「今日も推しは可愛いなぁと思って」

「推し、ねぇ」


 あれから”らぶふる”のきよかちゃんにドはまりした嶋田さんから「ここはどうしたらいいの?」「このアイテムなに?」「好感度ってどこチェックしたらいいの?」という怒涛の質問を受けてすっかり仲良くなってしまった。

 今では”らぶふる”のウェハースでかぶったカードを交換したり、休日にグッズを買いに行くほどの仲である。


 共通の話題があるってすごいね。


 ちなみに現実世界の推しとして急上昇した黒岩についても報告済みだ。そうじゃないと推し(黒岩)について誰とも話せないとかツラすぎる。


「一応確認しときたいんだけど。推しの好きと恋愛の好きってどう違うわけ?」

「どうって」


 ウェハースをぼりぼり食べている嶋田さんをじっと眺める。


「関係ないですけど今は休憩時間じゃありませんよ」

「いいんだよ。糖分入ってないと頭回んないから。効率を上げるために必要なことはお仕事の一環なの」


 そうですかって答えてあたしのデスクの上に散らばったウェハースの残骸を手で集めてゴミ箱へパンパンしておいた。


「まったく食べるなら自分の机でどうぞですよ」

「悪いね。で?どう違うか教えてくれるかな?」


 ふむ。

 流されてくれなかったかぁ。


「推しへの好きは尊いのでその相手とどうこうなりたいなんて思わないんですよ。なんなら幸せそうな姿を眺めていたいので誰かステキな人とお付き合いしてもらってきゅんきゅんしたい」

「ほう」

「応援したいという気持ちが大きいんですよね」


 二次元の世界にばっかり比重を置いてきたから、三次元の推しに対する接し方なんて分かんないんだよね。

 実は。

 もっとアイドルとか俳優さんとかにうつつ抜かしておけばよかった。


「伝わってます?言ってること」

「あー、うん。伝わってると思う」

「よかった」

「じゃあさ。黒岩とはできなくても俺とは恋愛できるってことだよね?」


 うん?

 できるかできないかという質問なら。


「できるんでしょうけどあたしにその気はないですが」

「はっきり言うなぁ」

「こういうことははっきり言っておかないとあとあと面倒なことになるので」

「ふむ。それなりに経験済みか」

「なんですか。それ。まるであたしが恋愛したことないみたいな言い方やめてください」


 いっぱい経験したかといわれると返答に困るけど、一応彼氏いたことあるし、それなりに男の人に誘いをかけられたことだってあるんだよ。


 オタクだってバレなければね。


 特別美人ではないけど普通にしてればかわいいとは言われるので。

 はい。


「でも、あたしがオタクだって分かったうえでお付き合いしたいって言ってもらえるのは嬉しいですが」

「お?頑張ればいける?」

「いまんとこはないですね」

「ちぇ」

「嶋田さんはきよかちゃんを頑張って落としてください」

「きよかちゃんは可愛いけど、キスしたりハグしたりはできないでしょ」

「そこが甘いんですよ」


 拗ねた顔したって色よい返事はできませんよ。

 だって恋愛って面倒臭いんだから。


「二つの手で美味しいものは食べられないんです。どちらか片方ですよ」

「………なら俺はきよかちゃんじゃなくて桐さんがいいな」

「しつこい」

「なんで?一緒にデートもしたじゃん」

「それはデートではなくグッズを買いたいっていうから付き合ってあげただけです」

「え~?俺はデートのつもりだったけど?」


 おっと次は良い笑顔。


「そういうのほんと迷惑なんで他所当たってください」

「まあ”いまんとこない”ってことはこれからその気になる可能性もあるってことだしね。俺は諦めずに頑張ろう」

「無駄な努力ですよ」

「どうかな?」


 その自信はどこから来るんだろう。

 嶋田さん喋りも上手だし女性の扱いも慣れてるから結構遊んでそうだしな。


 そういうとこちょっと苦手だ。


「ほら!推しを見習え」

「やだよ」


 ちょうど女性職員に話しかけられた黒岩がつっかえつっかえ答えているのを見てほっこりと和む。

 かわいいよねぇ。

 あたしと話しているときには見られない姿なのでありがたく拝んでおく。


 はあ……尊い!


「ねえ、桐さん」


 またしても耳元で囁かれてさすがにイラっとする。

 邪魔しないでよ。


「なんですか!」

「サンダーソニアのもうひとつの売りのやつ。お試しするときは俺としようね」

「は?」


 いやいや。

 嶋田さん。

 それね。


 もうアウトだわ。


「セクハラです。最低」

「え?セクハラ?」

「近すぎるし、耳の近くで喋るとかほんとないですから」

「え、桐さん。ごめん」

「許しませんので。しばらく話しかけないでください」


 立ち上がり一睨みしてから廊下へ出た。

 嶋田さんは青くなっていたのでやりすぎたって反省してくれただろうけど。


「親しき中にも礼儀ありだろっ」


 あたしがちょっと気を許しすぎたせいかもしれない。

 職場で”らぶふる”について語れることが嬉しすぎて浮かれすぎた。


「……相手は男なんだから」


 失念していた自分を叱ってしっかりしなくちゃと気合を入れなおした。




 

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