第10話 新たな推し


 次の駅で変態野郎を駅員につきだして、そのあと警察が飛んできて事情聴取された。

 その間に黒岩が会社に連絡してくれて。

 ようやく解放されたのは始業時間を一時間以上過ぎてからだった。


 はぁ、疲れた。

 働く前からとんだハプニングだよ。


 しかも。


「あの野郎、あたしがやらしい声だしてたから触ってやったんだってどんな理由なのよ!」


 まぁ確かにポエむんさんの神イラストを見て切ないため息ついたし「はぁああん、しゅてき」とか言ったけども!


「それはけっしてお前のためにではない!断じてないのにぃ!」

「わかった、わかったから。落ちつけ」


 会社へと向かう道すがら黒岩はずっと渋い顔だ。

 ひとり興奮してるあたしがバカみたいだよ。


 でもさ。


「落ち着いたら触られた感触とか事実とかがもどってくるんだよ。だからこうやってムカつく!ってやってないと」


 震えてきちゃうんだよ。

 嫌悪感と惨めさで。


「……悪い。触られる前に止められてれば」

「どうして?黒岩がいなかったらあいつ捕まってなかったよ」


 サンダーソニアで共有してたから黒岩が異変に気づいてくれて。

 あの大きな駅が黒岩が通勤に使ってる駅だったこと、待ってた車両にあたしが先に乗ってたこと、そこで痴漢が触ってきたこと。


 こんなことってある?ってくらい、たまたま偶然が重なって。


「さすがに女ひとりじゃ逃げられただろうし、怖くて、つき出せなかったよ。助かった」

「それでも、いや……」


 黒岩は言い淀んで自分の尻をごしごし擦った。

 結構な強さだったからムッとして抗議する。


「ちょっと、感覚共有してんだからやめてよ」

「あぁ、悪ぃ……触られたとこが気色悪くて」


 心底嫌そうだったので怒るのは止めておくか。

 同じ思いをしたんだと思ったらかわいそうだしね。

 しかも黒岩は同性から触られたってことになるわけで。


「……悪いよねぇ、ほんと。痴漢も同じ思いをしてみたらいいんだよ。こうさ。ムキムキのマッチョにニタニタ笑われながらやらしく触られたら少しは改心したりするかな?」

「どうだか。また新しい性癖開花させて喜ぶんじゃないのか?」

「ふむ。変態は死んでも治らないのか」


 捕まって社会的に死んだも同然なんだからそれでよしとしておくしかないのかね。


「しかし、まだ切れてないのか」

「サンダーソニア?」

「ああ……さすがに長すぎる気がする。これ以上持続するなら金光さんに中和剤もらおうな」


 黒岩が歩調を合わせてくれてるから共有してる違和感は少ないけど、それでも足が動く時の筋肉とか衝撃とか歩き方とかは違うわけで。

 そういうのでまだ繋がってるって伝わってくるよね。


「別に飲まなくてもよくない?急がなくてもそのうち切れるんだし」


 そもそもどれくらい持続するかを金光さんは知りたいんだしさ。


「嫌じゃないのか?」

「なにが?」

「さっき変態野郎に触られて気持ち悪かっただろうに、異性であるおれと感覚共有されてるってのは、桐的に、嫌じゃ、ないのか」


 ぶつ切りされた後半に黒岩の動揺というか、照れくささを感じて胸がきゅんとした。


 はぁあ?

 なにそれ。


「かわいいかよ」

「は?」

「んんっ!いやごめん。ちがう。だいじょうぶだよ」


 口元を押さえてニヤニヤ笑いを隠す。


「今さらじゃない?黒岩と共有されてるのにはちょっと慣れたっていうかさ」


 頬に力をいれて平然とした表情を取り繕ってから黒岩を見上げた。

 あたしと目が合うと視線が左右に小さく揺れてそっと伏せられる。


 あれ?

 黒岩意外とまつ毛長いなぁ。


「朝ごはん食べたのもトイレ行ったのも全部伝わってたからね。今朝」

「!?」


 あ。

 驚いた顔してるとこ見ると忘れてたな?

 サンダーソニアで繋がってること。


「あ、それは……すまん」

「いいよ。あたしも生理のとき迷惑かけたしさ」


 お互いさまだ。


「だから今さらなんだってば」


 ふふん。

 ちょっと赤くなってる黒岩は新鮮だなぁ。


 現実に実体を持った推しがいるってのもなかなかいいかもしれない。


 うん。

 そういう目で見ると黒岩悪くないなぁ。

 わりとかわいい。


 新しい楽しみが増えて人生に潤いが出てきたよ。


「推しが尊いっていいね」

「なんじゃそりゃ」


 呆れた顔もいいぞ。

 黒岩。


 できればもっと色んな顔を見せてほしい――なんて、オタクを通り越してあたしも十分変態なのかも知れないなぁ。


 気をつけなきゃ!

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